インターネット上で飛び交う、「ネトウヨ」「パヨク」といったワード。しかし、そもそも「右翼」「左翼」の違いをきちんと理解しているのでしょうか? 評論家、浅羽通明さんの著書『右翼と左翼』は、フランス革命から現代へといたる歴史をひもときながら、その定義や「ねじれ」を鮮やかに解説した一冊。知らないで使っていると恥ずかしい、「右翼」「左翼」という言葉の本当の意味がわかる本書から、一部をご紹介します。
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気分的で観念的な「ウヨク」たち
「かつて右翼的とされた考えが、今や社会常識に近くなってきたとは言える」
国際政治学者の藤原帰一東大教授は、小泉純一郎政権の五年間を総括検証する「毎日新聞」9.14付(夕刊)のコラムへ、こんなコメントを寄せました。日本が「右傾化」「保守化」しているという認識を、教授もこうしたかたちで、肯定するようです。
精神科医香山リカ氏の『いまどきの「常識」』(岩波新書)も、抵抗ない他人へのバカ呼ばわり、ためらいなき厳罰主義肯定、身も蓋もない金銭万能、男女平等批判や結婚願望肯定、自己責任論での勝ち組肯定、メディア情報に対する懐疑心の喪失、そして「反戦」「平和」を古臭いとし再軍備ナショナリズムを普通で健全とする感覚などが、「社会常識」となりつつある現状を紹介、警告しています。これらを一言で括れば、要するに「右傾化」「保守化」となるのでしょう。
しかし、です。これらの現象から、本当に日本が「右傾化」「保守化」しているといえるのでしょうか。
藤原教授は、右のコメントの前提として「靖国参拝などへの支持は右翼が強くなったというより『日本は良い国と思いたい』気分から生まれているのではないか」と、安易な右傾化強調論を戒めています。同じ日付の紙面には、自民党の総裁候補三人の秋葉原駅頭での街頭演説を、香山氏がレポートした記事も掲載されていました。
演説を聴き安倍、谷垣ら候補者と握手した誠実で優しそうな私大学生は、改憲、集団的自衛権、再軍備等の肯定派です。しかし、では徴兵制の可能性を考えるかとの質問には、考えたこともない、戦争に参加するのは嫌だとあっさり答えるのです。
どうも「常識」として蔓延しつつある「右傾化」「保守化」は、相当に「気分的」「観念的」なものでしかないようです。韓国や台湾では「常識」である、嫌だけど国のためなら兵役へ赴いて当然、覚悟はしているという決然たる覚悟にはまずお目にかかれません。
「サヨク」も人のことは言えない
ここ十年来の「右傾化」がいわれる際、よくその源泉とされる小林よしのり氏の『新ゴーマニズム宣言』は、「公」と「私」を中心的なテーマとしています。
それゆえ小林氏は、どうしても戦わなければならない時が来れば、わし自身も銃を取り戦うし、仮に日本が征服されればテロによるレジスタンスも辞さないと明言しています。そして氏の『戦争論』が1998年に刊行された際、行なわれたファンの集会では、「戦争行きます!」と絶叫する若者たちの声援があふれました。
しかし、その後、自衛隊のイラク派兵反対の声はあっても、彼らのみにリスクを負わせるな、徴兵制復活が先だという主張が、当事者である若者から上がったという報道は聞きません。
このありさまは、日本社会党など、非武装中立を唱えてきた「左翼」が、もしそのプランが理想的に実行された後、日本が侵略された場合の対策を、ほとんど考えないできた事実と好一対です。
七〇年代終わりの有事談義では、映画監督の大島渚氏が、TVの討論番組などでそのときは、ばんざいして降参すればいいと叫んでいました。現在では、大塚英志氏が、被征服のリスクは、非武装の憲法を選択している論理的な帰結としては負うべきであり、それだけの価値があると発言していました(「わしズム vol.19」)。
日本共産党は逆に、かつては日米安保解消後は改憲、徴兵による国民軍創設を訴え、現在も解釈改憲による再軍備論を捨てていません(不破哲三・井上ひさし『新日本共産党宣言』光文社)が、これらは、むしろ例外です。
「右傾化」していると見做される若者たちの多くには、藤原帰一教授がいうように「日本は良い国だと思いたい」という現状肯定への欲求はあっても、自分たちの世代が苦難を引き受けてでも、「自分たちが日本を強い国へと変えてゆこう」という将来へ向けた積極的な意志は見当たらないのです。
「右傾化」を憂える「左翼」も、「これまで通りが続いてほしい」という願望はうかがえても、無抵抗で殺される栄誉を引き受けて、本気で日米安保を撤廃し、非武装日本を実現するという前向きの倫理的意志は見えません。
右翼と左翼
インターネット上で飛び交う、「ネトウヨ」「パヨク」といったワード。しかし、そもそも「右翼」「左翼」の違いをきちんと理解しているのでしょうか? 評論家、浅羽通明さんの著書『右翼と左翼』は、フランス革命から現代へといたる歴史をひもときながら、その定義や「ねじれ」を鮮やかに解説した一冊。知らないで使っていると恥ずかしい、「右翼」「左翼」という言葉の本当の意味がわかる本書から、一部をご紹介します。