「暮らしのおへそ」「大人になったら、着たい服」の編集ディレクターであり、『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』『面倒くさい日も、おいしく食べたい!』『大人になってやめたこと』などの著者である一田憲子さんの最新作が『暮らしの中に終わりと始まりをつくる』です。
コロナウイルスの影響で生活スタイルが変わり、家事や掃除のやり方について改めて考えた方も多いのではないでしょうか。本書では、数多の暮らし上手な人を取材し続けてきた一田さんが実践している、生活をリセットしていく小さな習慣をたくさんご紹介しています。
未曽有の状況でまだまだ不安定な日々ですが、本書で自宅時間を少しでも発見のあるものにして頂けたら幸いです。
1日の終わりに、湯気のたった湯船に身を沈めると思わず「は~」と声が出ます。冷え性なので、入るのは寝る直前。このお風呂からベッドに入り寝入るまでが、至福のひとときです。お風呂に持って入るワンセットがあります。タオル、本、ノートとペン、歯ブラシの5つ。
まずはお風呂のフタを広げ、その上にタオルを敷いて準備完了。湯船に浸かりながら、ノートを広げます。これは、前田裕二さんの『メモの魔力』(幻冬舎)を読んで始めた習慣。普段、本を読んだり、誰かと話をしながら、ふと心に留まった言葉や文章をメモしておきます。そして、お風呂タイムに読み返し、思ったことを違う色のペン(青色)で書き込んでいきます。もちろんまったくメモをしない日もあるので、過去にメモした内容を読み返すだけのことも。私は、記憶力が恐ろしく悪いので、たった2~3日前にメモしたことも、「そうそう、そうだった!」と改めてうなずいたり、「なるほど~」と感心したり。つまり、たった10分ほどですがお風呂でのノートタイムは、私にとって、「過去を振り返る」時間になっているというわけです。
朝起きると、新しい1日が始まります。初めて行く場所、初めて会う人、初めて聞く音楽、初めて読む本……。いろんなものが目の前に現れて、それを受け止め、咀そし嚼やくし、消化するだけで大忙し。でも、どんなに感動しても、日にちが経てばどんどん忘れていきます。せっかく心に留めた大切なことを垂れ流しにしないように……。お風呂のフタの上で広げるノートは、日々の「蓄積」のための大事なツールになっています。
その後の約10分間は読書タイム。普段電車の中などで読むより、温かいお湯に浸かりながらの方が、1行1行をじっくり味わえる気がするから不思議。平野啓一郎さんの著書に『本の読み方』(PHP文庫)という1冊があります。この中に書かれているのが「スロー・リーディング」のすすめ。1冊の本にできるだけ時間をかけ、ゆっくりと読む、ということです。つまり量より質の読書ということ。「速読家の知識は単なる脂肪である」という強烈な一文にアイタタタ! と我が身を反省しました。仕事で読まなければいけない本も多く、つい要点だけをつまみ食いしてしまいがちなのですが、この平野さんの本を読んでから、なるべくゆっくりゆっくり……とページを繰るようになりました。
最後に歯を磨いてから、湯船を出ます。お風呂で歯を磨くようになったのは、大雑把人間の私は洗面所でだと、ちゃっちゃといい加減にすませてしまうから。お風呂の中では、4~5分かけて隅々まできちんと磨くことができるようになりました。
ノートを見返し、本を読み、歯を磨く。お風呂の中でのこの3つの習慣に共通しているのが、「急いで前へ進まない」ということです。湯船に浸かることで、日中のテキパキモードのスイッチがオフになり、温かいお湯の中で別次元の時間の世界へと入っていけるような気がします。
私は幾つになってもなかなか自分に自信を持つことができませんでした。「これでよし」と自分にOKを出すことが大の苦手。まだまだ若輩者で、何にもわかっていなくて、学ぶことがたくさんあって……。ずっとそうやって言い訳をしてきた気がします。でも、「まだまだ」と思っているだけでは、人生が終わってしまう!「まだ持っていない」ものを探すのではなく、「私は、何を持っているのだろう?」と点検し、「これとあれを組み合わせたらどうなる?」と考え、蓄えてきたものを、今度は「使う」人生を送らなくちゃもったいない!
そのために必要なのが、帆を緩め、減速し、じっくりゆっくり時間を過ごし、自分に向き合うということでした。とはいえ仕事をしていれば、どうしてもドタバタと過ごしがちです。だから、せめてお風呂の中だけでも「効率」や「成果」を手放して、前には進まず、「ここにあるもの」に向き合いたい。5つの道具を持ってお風呂のドアを開ければ、「時間」という枠の外側にある「もうひとつの時間」が始まります。
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暮らしの中に終わりと始まりをつくる
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