漫画家わたなべぽんさんのコミックエッセイ『さらに、やめてみた。』と、編集者の一田憲子さんによる『暮らしの中に終わりと始まりをつくる』。コロナ禍で世間がざわめく時期に刊行された2冊には、自分の暮らしを見つめ直して、「新しい習慣」を作っていくという共通点がありました。
外の世界の秩序が大きく変わっていく中で、わたなべぽんさんと一田憲子さんははどんな風にステイホームの期間を過ごしたのでしょう? 暮らしを通して自分を保つために心がけたことについて、おふたりにお聞きしました。(構成・文 阿部花恵)
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自分を責めずに、ゆるめよう
ぽん 『暮らしの中に終わりと始まりをつくる』、最初から最後まで穏やかな気持ちで読ませていただきました。私は自己肯定感が低いせいか、普段から「自分はだめだ」と感じることが多いんです。ちょっとサボったりすると、すぐ罪悪感を抱いてしまう。でも「サボる日があるから、『やった日』の爽快感をより深く味わうことができる!」という一田さんの言葉に出会えて、そういう考え方もあるんだ、と気が楽になりました。
一田 私も自己肯定感は低いし、「こうあらねば」みたいな考え方をしてしまいがちなんです。でもそうなると理想と現実の落差が激しくなって、どうしても自分で自分を責めてしまいますよね。
ぽん 「こんな自分はダメだ」と勝手に自分で自分を追い込んでしまって。多分、親や学校から「決めたことはやり遂げなさい」と教わってきた世代だからかもしれません。でも、そういう思い込みをそろそろ少しゆるめてもいいのかな、と考えられるようになりました。
一田 私、普段は漫画をほとんど読まないんですが、「やめてみた」シリーズはどれも「あるある!」ネタばかりで面白く読ませていただきました。絵から伝わる生活のディテールも楽しいし、言葉の一つひとつにも共感できて。思考のプロセスが自分と似ている気がして、親近感も湧きましたね。いつもどんな風にネタを見つけているんですか?
ぽん 生活の中の「これ面倒だな」「ちょっと不便だな」「本当に必要かな」と疑問を感じたことは、メモを取るようにして、そこから発想を広げていく感じです。この不便をなくすためにはどうすればいいだろう? と自分なりに工夫をするのが大好きで、もうクセになっているんですね。漫画家になるずっと前からそうでした。
一田 なるほど。私の場合は、編集者として色んな人のお家に取材に行くので、そこで見た素敵なことを真似してみよう、と思うことが多いんです。自分の暮らしに当てはめて、「ここはあの人みたいに」と考えてやってみることがすごく楽しい。もちろん、いざやってみたら全然続かなかった、という場合もありますが。
穏やかな時間が流れたステイホーム期間
ぽん 一田さんはステイホームの期間はどんな風に過ごされましたか。
一田 わが家は夫婦ともにフリー同士なので、ずっと家にこもって仕事をしていましたね。大人のふたり暮らしだからなのか、意外なほど穏やかな日々でした。
ぽん 普段は喧嘩をすることも?
一田 もちろん。私が原稿に追われているときはしょっちゅうイライラしちゃって。でも今回は、今までにない事態が起きたことを一緒に受け止めてくれるパートナーがいて心強かった。いつもよりゆっくりと時間が流れていたように感じました。お子さんのいる家庭は大変だったと思うんですが。
ぽん わが家も夫とのふたり暮らしなのですが、冷静に行動しようと思う一方で、私の心が現実についていけない部分もあって。その反動か、「家の中を居心地よくしよう!」と思い立って忙しく動き回っていました。レンタルしたスチームクリーナーでキッチンや浴室をピカピカにしたり、床にワックスがけをしたりして、「あー、スッキリした!」って。
一田 私も、本棚からクローゼットまで、大物を夫婦で一緒に整理整頓して、家中の色々なものを捨てました。でも一番変わったのは自炊まわりかな。それまでは晩御飯を作るのに、毎日買い物に行っていたんです。でも外出も減らしたほうがいい状況になってからは、1週間分の食材をまとめ買いして、あるもので献立をつくっていくやり方に切り替えました。最初は無理かなと思っていたのですが、意外とやればできるものですね。同じメニューが続いても、「まあいっか」と思えるくらいになりました。
皿を洗う私を応援して!
ぽん うちの夫は会社員なのですが、緊急事態宣言下ではリモート勤務に切り替わったんです。それまではずっと家にいる私がほとんど家事をしていたのですが、「ふたりとも家にいるのに私だけ家事をしてる」ことに段々とモヤモヤするようになって。それで、夫に言ったんです。「応援してくれ」って。
一田 応援?
ぽん 私が今から洗い物をするので、そばで声援を送ってほしい、と。そしたら本当に「がんばれー!」って応援してきたんですよ。
一田 旦那さん、かわいい(笑)。
ぽん でもさすがに「応援だけじゃ申し訳ない」と感じたらしく、その後は「俺も家事やるね」と自分からやってくれるようになりました。そこからは私がトイレ掃除するからお風呂よろしく、みたいにスタートを決めて一斉に取り掛かる家事タイムをつくったら、不平等感がなくなって家事が楽になりました。
外の秩序が崩れたとき、生活から自分を取り戻す
一田 人生って一度にガラッとは変えられないけど、暮らしの中のことなら気軽にやめたり始めたりできますよね。私、「自分の暮らしを良い方向に変えてくれるものは何だろう?」と考えるのが好きなんです。それが新しい自分になるための一歩に繋がっていくから。
ぽん すごくわかります。自分にとっての「心地よさ」を積み重ねていくことって、大事ですよね。私、この時期に突然編み物がしたくなったんですよ。例年なら秋冬の趣味として楽しむのですが、「いや、やりたいことを我慢してストレスをためるのはやめよう」と思い直して、何を作るでもなくなんとなく編み始めたんです。ただひたすらに細長く編み続けて。
一田 面白い。精神の修行っぽいですね。
ぽん そういう効果もあったと思います。規則正しく編み目が並んでいくこと、それから触れると感じる毛糸の柔らかさに、すごく気持ちが落ち着いたんですね。外の世界の今までの秩序が崩れた時期だったからこそ、自分なりに生活のリズムを取り戻そうとしたのかもしれません。(後編に続く)
「新しい習慣」の見つけ方
『やめてみた。』シリーズ著者・わたなべぽんさんと、『暮らしの中に終わりと始まりをつくる』著者・一田憲子さんの新しい暮らし対談です。