漫画家わたなべぽんさんのコミックエッセイ『さらに、やめてみた。』と、編集者の一田憲子さんによる『暮らしの中に終わりと始まりをつくる』。コロナ禍で世間がざわめく時期に刊行された2冊には、自分の暮らしを見つめ直して、「新しい習慣」を作っていくという共通点がありました。
年齢を重ねたからこそ見えてきた風景、そしてコロナ禍がもたらしたいい変化とは?「定着しない習慣は、今のあなたの暮らしには必要ないもの」と肩の力を抜いて考えられるようになったおふたりの対談をお届けします。(前編はこちら)(構成・文 阿部花恵)
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20代は自己否定がエンジンになったけれども
一田 ぽんさんは私よりずっとお若いですが、年齢を重ねていくと「できないものはできないんだ」というのがわかってきませんか?
ぽん わかります。自分もそうですし、友人を見ても感じますね。変えられるところともあるけれど、変えられないところもある。
一田 若いときはそのことを認めたくないんですよね。頑張ればできるんだ、と信じたい気持ちが大きいから。自己否定によって自分にエンジンを焚きつけるやり方で、若いときはやっていけるんです。でも年齢を重ねていくと、自分にダメ出しをすることさえもしんどくなる。体力もなくなってくるし、もういいか、みたいな。でもそうなったらそうなったで、今ここにいる自分のままでできることを考えられるようになるんです。
ぽん 「やめてみた」シリーズも、それに近い考え方かもしれません。時々、誤解されるのですが、私は「やめる」ことを推奨しているわけじゃないんです。シリーズ1作目の『やめてみた。』で炊飯器をやめて土鍋にしたというエピソードを描いたのですが、読者さんからの「子育て中ですが炊飯器をやめられません。どうしたらいいでしょう?」という手紙が結構あって。
一田 きっと真面目に「本に書いてある通りにしなきゃ」と思っちゃうんでしょうね。
ぽん みんなが炊飯器をやめる必要なんてまったくないんです。土鍋が正しいとか炊飯器が間違っているとかではなくて、あくまでこれは私のパターンであって、私は私の、あなたはあなたの生活があるから、それぞれ工夫して自分なりのやり方を見つけていきましょう、ということを伝えられたらな、と思っています。
真似してできなくても、ダメじゃない
一田 真似してみたけど、できなかった。だから自分はダメだとは思わないでほしいですよね。私も素敵だなと思って真似してみたけど、続かなかったことはたくさんありますから。その人が、そのときにできることでいいと思う。
ぽん 何かをひとつやめてみると、別の何かが新しく始まりますよね。たとえば私、夏にサンダルを履くことをやめてみたんです。そしたらスニーカーを履く頻度が増えて、「スニーカーってどう洗う?」「組み合わせる服は?」といろんなことが付随して新しく始まって、それが意外と楽しかったんですよ。そんな風に楽しめたり、自分に合っているなと感じられたりすると、習慣になっていくのかな、と感じています。
一田 新しいことを生活に採り入れると、そこからいろんなことが変わりますよね。ドミノ倒しみたいにパタパタと変わっていく。その変化が自分や生活にどんな影響をもたらすのか、それを観察するのが私は楽しい。無理だと感じたらやめちゃえばいいし、定着しない習慣なら今の自分の暮らしには必要ない、と考えればいいと思います。
ぽん そういえば、うちでひとつ意識的に「習慣にしよう」と思って始めたことがあるんです。今のマンションに引っ越したとき、浴室の鏡がすごく大きかったんですよ。だからウロコ汚れがついたら嫌だなと思って、夫と相談して「お風呂上がりには必ずT字型ワイパーで鏡の雫を取ること」を決めたんです。
一田 そうするとウロコがつかなくなるの?
ぽん そうなんです。最初は「面倒くさいな~」と言っていた夫にも、「雫取りまでがお風呂です!」と根気よく言い続けて。そしたら10年以上経った今も、1個もウロコ汚れがないんですよ。特別に磨いたりとか全然していなくても。
一田 すごいなぁ。ちゃんと習慣になったんですね。
ぽん 夫婦で続けられて、10年超の実績ができた。そういう成果が出ると、続けていくモチベーションになりました。夫も一生懸命やってくれています。
一田 きっと浴室の鏡の雫取りは、ぽんさん夫婦のチャンネルに合ったんでしょうね。人それぞれ、好きで得意なジャンルがあるじゃないですか? たとえば、ファッションがすごく好きな人は、トレンドのものが出たらすぐチャレンジしますよね。そんな風に、こういうジャンルなら自分は取り入れられる、という直感が大人になるほど磨かれていく気がします。
ぽん そうですね。私の場合はものづくりがずっと好きなので、「やってみたい」という気持ちも湧きやすいし、飛び込むハードルも低いんです。でも全然接してこなかったジャンル、たとえばマラソンとか筋トレとかは、面白さを感じられるかどうか自信がないですね。
変化から、新しい繋がりが生まれる
一田 そうはいっても、必要に迫られた結果、学べることもたくさんありますよね。Zoomを使っての打ち合わせとかインスタグラムのライブ配信とか、なんとかかんとかやってみたら「あ、できるじゃん!」って。私はライター塾をずっとやっているのですが、「じゃあZoomでのライター塾もやってみようかな」とトライしたら、これまでとは明らかに違う層の方々が参加してくださったんです。まだ赤ちゃんが小さい主婦の方が2人いましたし、仙台・新潟・大阪・福島・名古屋にお住まいの方々も。そういう変化がもたらされたことは収穫でした。
ぽん 不安や不自由さはもちろんありましたが、変化が起きたことで新しい繋がりも生まれますよね。私たち夫婦は近くに親族がいないのですが、自粛期間中も田舎から送られた野菜をご近所さんにおすそ分けするついでにちょっと雑談したり、友達が「庭にバラが咲いたからあげる」と持ってきてくれたりして、そういう小さなことにずいぶんほっとできました。
一田 東京でそんなお付き合いができるなんて、いいですね。
ぽん ご近所に猫を飼っているお一人暮らしの女性がいるんです。彼女は60代くらいなんですけど、「もし私がコロナに感染した猫をどうしよう」と心配していらしたので、「じゃあそのときはうちでお預かりします。逆に私たちが感染したときは、別のお願いごとをしてもいいですか?」というお話をしたんですね。些細なことでも、頼み合える、助け合える人が近くにいるのは心強いな、と再確認できた気がします。
一田 生活のこともそうですし、そういった周囲との関係性を受けて自分がどう変化していくか、そのプロセスを楽しんで生きていきたいですね。「自分はこれができるか/できないか」のジャッジを下して落ち込むよりも、「試しにやってみて、どんな変化が起きるのかな?」と観察してまるごと楽しんでみる。そのほうがきっと人生を楽しめるんじゃないでしょうか。
「新しい習慣」の見つけ方
『やめてみた。』シリーズ著者・わたなべぽんさんと、『暮らしの中に終わりと始まりをつくる』著者・一田憲子さんの新しい暮らし対談です。