今、日本は第4次韓流ブーム真っただ中。3次ブームまでと違うのは、その渦の中に男性もいること。1年の約3分の1を韓国で過ごし、主に最新の韓国情勢や日韓比較文化論、サッカー関連の分野で活躍するライター、吉崎エイジ―ニョが韓国エンタメを通して探る、“近くて遠い”韓国の歴史と文化。連載コラム、スタート。
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新型コロナ禍のなか、すっかり韓流ドラマにハマってしまいました。世にいう「第4次韓流ブーム」というやつです。男性もドラマにハマるという。
これまでは女性主流という印象も強かったドラマを、男性目線で語ってみます。
ただし、筆者の視点はちょっと特殊です。韓国語歴27年の書き手。コロナ前は月1回のペースで渡韓していました。言葉を解することに加え、ノンフィクションも多く書いてきたので、ストーリーの面からも少し語らせてください。※ネタバレ、お許しを。
「愛の不時着」のリ・ジョンヒョクと「梨泰院クラス」のパク・セロイ。
言うまでもなく、ふたりは似ているでしょう。好きな女性や仲間を徹底的に大切にする。いっぽうで自分の信念を侵す敵が出てきたら、徹底的に戦う。しかもふたりとも前髪を下げています。少なくとも髪型ではカッコつけない。心の内側に強い意志を秘めた男です。
ふたりがメインで描かれたドラマが韓国で大ヒットした。そして日本でも共感を読んでいる。それはまず、現代の韓国女性が共感できる物語だからでしょう。
ドラマと同じく、女性をメインターゲットにするK-POPの作曲家にインタビューしたことがあります。TWICEの楽曲を多くプロデュースしてきたブラックアイド・ピルスンという男性作曲家ユニットです。彼女たちの代表曲「T.T」も作った人ですね。6人組の人気女性アイドルグループApinkなどにも提供しています。
「世界に進出」というイメージもあるK-POPですが、ピルスン先生は「まずは国内で売れること」を最重点に考えていると言います。
そして近頃、こういった現代韓国女性像を描くことをより考えているのだとか。
「相手をリードできる強い女性像」
「自分から先に男性に好きだと主張できる女性像」
90年代までなら「あなたが好きでたまらない」「耐えて愛する」内容がメインだったのが、今は「自分から好きだ」と言えること、リードできることが重要なのだと。
このユニットが手掛けたTWICEの他の楽曲「CHEER UP」では、サビの部分で、
同じくTWICEの有名曲「Like OOH-AHH」の「OOH-AHH」は漢字の「優雅」の韓国語読み。「私を優雅な気持ちにさせてよ」と主張する。
またK-POPでは近年、「ガールクラッシュ(女性が憧れる女性)」がトレンドなんですが、そのトップランナー、チョンハという歌手には「すでに12時」というタイトルの楽曲を提供しています。好きな相手に「夜の12時だけど、まだ帰らないでよ」と。待つんじゃなくて自分から仕掛けるのです。
「相手への愛情の主張」という点で見ると、「愛の不時着」のユン・セリと「梨泰院クラス」のオ・スアも似ているところがあります。自分からも強く気持ちを見せながら、相手に好きと言わせる。強い。「梨泰院クラス」ではスアの方から部屋に誘うシーンがあるでしょう。あれは最たるものです。「愛の不時着」のソ・ダンが一番古いですね。何を10年も待ってんの? と……ああ、彼女は北朝鮮の人でした。
「梨泰院クラス」のチョ・イソはちょっとタイプが違う。好きだと自分から一番強く言う。でもその内容は「尽くす」というものです。それでいて「自分が相手の主導権を握る」という面もある。最先端とクラシカルの混合体です。「梨泰院クラス」では、そんなイソが最後に恋のレースでも勝ってしまう。韓国女性目線を想像するのなら、そこにも痛快さがあるのではないでしょうか。
そんな彼女らのパートナー(候補)としてふさわしいのが、「闘志を内に秘めた男」なのです。ジョンヒョクのように黙ってコーヒーを入れてくれ、アロマキャンドルのようなものを準備してくれる人。セロイに至っては「所信をもって生きる男」という軸をもっています。男にはそうあってほしいと願う。
ちなみに男性目線でいうと、個人的に一番ロスが大きいのは、「梨泰院クラス」のイソです。ラストシーンを比べてみてください。「愛の不時着」は富豪とエリートがスイスの湖畔で抱擁する。ああいう風にはなかなかなれないですよね。でも「梨泰院クラス」はその辺の芝生のうえで、イソがちょんとセロイの上に乗っているでしょ。ああ、イソがいてくれればと思う。セロイの10歳年下というのももしかして、もしかしたら手が届くかも……と希望だけは持たせてくれる。実際には大変難しいことでしょうが。
ドラマが幻想の世界で完結するのか、あるいは現実の生活と繋げようとするのか。ドラマを観る習慣が浅い男性は、後者の傾向があるのではないでしょうか。異論・意見・批判をお待ちしています。女性が主流だったドラマの世界に男性も加わる。これが第4次韓流ブームなので。
南北、東西、左右、上下、男女。分裂して孤立する、生きづらい韓国社会
では、なぜそういう男性にニーズが出てくるのか。
韓国社会の深刻な分裂の証左だと思うんですよね。ネットのニュースでもよく見るでしょう。文在寅大統領が国内で反対派に攻撃されている、という内容。はい、筆者も書いています。
分裂。目を覆うような社会問題です。その深刻さは現在の韓国社会を切り取るキーワードでもある。
女性の話に入る前に、まず大前提として「南北、東西、左右、上下」の分裂がある。
「南北」=韓国と北朝鮮。
「東西」=全羅道と慶尚道の対立。歴代大統領に慶尚道地方出身が多く、重工業の開発起点などがこの地方に置かれた点などに起因。ここから政治的な左右の対立関係が生まれた。全羅道地方は伝統的に左派が強い。
「左右」=保守と革新。2017年の朴槿恵前大統領弾劾からさらに火がついた。今は逆に右派の市民団体が現政権の下野を狙っている。首取り合戦。
「上下」=格差やパワハラ体質。今、一番韓国社会で忌み嫌われるもの。大韓航空の“ナッツリターン姫”の事件などが最たるものです。“甲質(カプチル)”とも呼ばれています。
そこに「男女」が加わります。
特に2018年から国内のフェミニズム運動が強い影響力を持ち始めるのです。この年の7月7日の女性主体のデモは社会に衝撃を与えた。参加者が「男性嫌悪」を叫び、「大統領の死」までを要求する内容だったのです。女性の容疑者が容姿の整った男性モデルを狙い、男性トイレに盗撮カメラを仕掛け、ネット上に画像を流布した。この点の捜査・身柄拘束が非常に速いスピードで行われた点への抗議でした。これまで女性が被害となる性犯罪が幾多も起きているのに、男性容疑者への捜査はそうではないと。
この前後に、女性の生きにくさを描いた小説『82年生まれキム・ジヨン』がロングセラーとなりました。2016年10月に上梓された作品です。
ただでさえ分裂している社会。そこで「娘」「妻」「母」として生きる息苦しさを描いています。ありふれた名前の「ジヨン」は出産を機にこれまでのキャリアを断絶されてしまうのです。韓国の革新系の大物国会議員の論評が、簡潔に作品を説明しています。
――「男性こそが最高のスペックである大韓民国の、多くの制度・文化・習慣を壊すために、違いを差別にしてしまう野蛮さから脱出するためにも、多くの男性がこの本を手にしなければならないと思う」
さらに、ここに「世代ギャップ」が加わり……つまり今の韓国社会は、かなり生きづらいと認識されています。分裂して、孤立している。日本でも新型コロナ禍において、ネット上での左派・右派の分裂を目にしたかもしれません。これがもっと深刻なのです。
そんな時代には、相手を慮る優しさがあり、かつ戦うときは戦う男がカッコいい。これが時代のスター。現代韓国女性の理想像。さらに女性は自分で主導権を握りたい。そんなことを考えつつ見ていました。
もちろん、世の男性(第4次韓流ブームに加わった男性陣)はジョンヒョクとセロイの言動から大いに学ばなければなりません。ただし、ああなるのは難しいですよ。現実世界の男性陣のメンタルはぶれまくりだし、ケンカも弱い。髪型に必要なのはボリュームですしね。まず何よりもイケメンじゃないし……。
じゃあ現実的に何が参考になるか。「愛の不時着」でのク・スンジュンです。ソ・ダンやダンのお母さんに対し「あなたの魅力が何なのか」をはっきりと自分の言葉で表現できるでしょう。ダンが一番弱っている時に、橋の上で彼女を褒め始めましたよね。ダンの表情がパッと代わり、「もっと」と褒め言葉を促すシーン。最高でした。あれは男性目線で見ると学ぶべきポイントです。相手にとって必要な時を察して、言葉にして、考えをちゃんと伝えよう、と。
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