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高学歴エリート女はダメですか

2020.10.04 公開 ポスト

#8

身を屈めて生きるより、背伸びするほうがずっといい【再掲】山口真由

華やかな学歴・職歴、野心をもった女として生きるときの、世の中の面倒くささとぶつかる疑問を楽しく描いた『高学歴エリート女はダメですか』(山口真由著)は、女性だけでなく、男性読者からも共感を得ながら、絶賛発売中。本書から試し読みをお届けします。

山口真由著『高学歴エリート女はダメですか』幻冬舎刊

「俺がもらってやってもいいよ」ほど腹が立つ言葉はない

この間、お友達のお食事会に呼ばれた。遅れて登場した経済産業省の官僚は、どう見ても三枚目の外見だった。小柄で色黒。だからこそ、口を開いた彼がおもろなことをいう気配もなく、二枚目を気取って話しはじめるのには驚いた。そうか、そうきたか。そういう自己認識ね。

実家は、新潟の造り酒屋だという。地方のそれなりに名家の出身で、成績優秀、長じてエリート組織の仲間入りをした男。ってここまでだったら割とわかりやすいんだけど、重ねて容姿がお世辞にもイケメンとはいえないとなると、その自己認識は軽く引き裂かれる。結果として、場合によっては、異常にプライドの高い男に成り果てる。コンプレックスのある男は、逆に相手へのあたりが強くなるもの。

会話の流れの中で彼に聞かれた。

「で、料理とかするの?」と。

(写真:iStock.com/Kineartespilot)

私の友人の中には、この手の質問を嫌がる人が多い。そこで「料理をしない」というと確実にバカにされる。かといって、「料理をする」に対して「ふーん。そうか、そうか、よしよし」みたいな顔をされても癪しやくに障るという。料理するのは自分のためで、あなたのためではないのだからね、確実に。

私も料理をしないわけではない。帰国したばかりの数か月は、まな板も包丁もないという極限状態で、唯一、ふるさと納税で手に入れたレミパン(平野レミが監修したお鍋でフライパンとしても使える便利品。デザインもかわいい)だけを片手におろおろする毎日だった。

人参、トマト、キャベツ……冷蔵庫の中の野菜を見るたびに、

「ちぎるべきか? はたまた、かじるべきか?」

という困難な選択に頭を悩ませた。つまり、ちぎってレミパンで炒めるか、そのままかじって食べるかの二択しか、当時の私にはなかったってことね。もうここまでいいたくなかったな……。開き直ってるわけではなく、恥じらいは少なからずある。

だが、そんな暗黒時代は過去のこと。生活の基盤が安定した今は、基本的には家で自分で料理している。とはいっても、平日は料理できないことも多いので、日曜の9時から近所のスーパーの朝市に買い出しに出かけ、数品の料理とスープを作り置きしておいて、朝晩それを食べる。つまり、何がいいたいかというと、私は最近、人間として女としてずいぶん成長したのだ。で、アホな私は調子に乗ってちょっと自慢したくなってしまった。だから、冒頭の経産男にとうとうと説明した。挙句の果ての反応がこれ。

「ふーん……。ま、それでも俺はいいけどね」

うむ……。いろいろと間違いすぎている反応に対して、人は正そうとするよりスルーしたくなるらしい。めんどいしね。人生長しといえども、この男とは二度と関わらないだろうしね。

「俺、ハイスペ女子とか、全然、いいと思うよ」というのはよくある「褒め言葉」だ。前に、50代の私の上司が「俺、黒木瞳とか全然いけるよ。まだきれいだと思う」とのたもうていたときには、自分の耳を疑った。このおじさんの脳内で、いったいご自分はどんな存在になってるんだろう?

あえて説明すれば、ハイスペ女子の問題は「需要がないこと」ではなく、「需要と供給が見合わないこと」にある。仕事を第一に考えている女にとって、自分の目指すその先にいる人、つまり仕事ができる男がかっこよく見える。だが、ハイキャリアの男は、えてして専業主婦志向が強く、かつ、競争率が高い……。で、勉強はできても恋愛スキルのないハイスペ女子は高確率であぶれている。長々と紙幅を割いたが、相手を選ばなければ需要自体がないわけでは決してないということがいいたかっただけ。

それにもかかわらず、「ハイスペ女子」=「モテない」と型にはめて、「俺がもらってやってもいいよ」くらいの寛容さで、突き出たお腹にテーブルを食い込ませられると、私は正直カチンとくる。でも、だいたいは「え~、そんなこといってくれる人、珍しいですよ」といって受け流す。

だって、私だけならまだしも、黒木瞳だってまとめて「全然いい」みたいな上から目線なんですよ? たぶん、これは、物心つく前から、ママに「賢い、かわいい、カッコイイ」といわれて、勘違いしたまま、大人になっちゃったんだろうなぁ。人生の相当初期から何かを間違いはじめたであろう男を、そこまで一緒に戻って、丁寧に認識を解きほぐしていくなんて、ママでもなければツマでもない人にはできるはずがない。かつ、するいわれもない。

目の前で「この子」呼ばわりされる屈辱

だが、上から目線なのは決して男ばかりではない。

先日、ある立食パーティで、私が財務省の参事官と話していると、40代前後の日本人女性が、「〇〇さ~ん」とその参事官の名を呼びながら、ぐっぐっと私たちの間に、文字通り割り込んできた。そのまま彼女は、右脇の私をねめつけ、おもむろに財務省の参事官のほうを向くと、「それでね、私、この間お話ししたかもしれませんけど、今度、アメリカのシンクタンクに勤めることになっちゃって……」と、私の存在を完全に無視したまま、左脇の参事官だけを一心に見てぺちゃくちゃとおしゃべりをしはじめた。

立食パーティには奇妙な人もいる。だが、ここまであからさまな人ははじめてだ。外からは3人で話しているように見えるかもしれないが、私は完全に手持ち無沙汰。気まずさにちょっと料理か飲み物でも取りに立ち去ろうとして、

「この子みたいな若い世代は……」

というその女性の言葉を耳にする。

(写真:iStock.com/Kineartespilot)

そばにいるのに、直接話しかけるでもなく、「この子」呼ばわり。むむっ、かなりの上から目線。「二階から目薬」って、こういう上から目線の中でも、特に、超がつくほど上から目線ってことをいうのかしら? 二段上から目薬差すだけでびっくりするけど、それをはるかに超えて二階からって、あなた(ちなみに、このことわざの意味を調べてみたら「二階にいる人が階下の人に目薬を差そうとしても、遠すぎて難しいことから、物事が思うようにいかずもどかしいさま」だって。今の今まで誤解してたわ)。それはいいとして、こともあろうに、目の前にいる私を、会話の仲間に入れてくれないばかりでなく、会話の対象にするとは! これってかなり失礼!!

だが、あとで件の財務省参事官が、取りなすように

「アメリカが長いから、ああいう感じなんだよ。でも、あれだと日本はもちろんアメリカでも難しいよね。彼女のスタイルはアメリカ人の真似なのかもしれないけど、本家にはもっとタフでエレガントなのがいっぱいいるからね」

といってくれたとき、私はなぜか彼の言葉のほうに反感を覚えた。

日本で実績があり、プライドの高い女性が、アメリカで生きていくのは難しかったに違いない。自分の意見をいわない、曖昧に笑う、すぐ謝る。そういう日本人のステレオタイプを押しつけられる。それをはねのけるために被った気の強い仮面は、明らかに不自然だった。生まれたときからその土地に強く根づき、自分の根源に自信がある人は、いつも自然体であるもの。誰かに優しくすることも、みんなの意見を聞くこともできる。過剰なまでの攻撃性は、そうしないと自分を守れない弱さと表裏一体。「日本人女性は聞き分けがよい」といわれるたびに「御しやすいとバカにされた」と騒ぐのは、そうしないとなめられてしまうような自信がない人だけだろう。

仮面を被るのはいつも弱い人で、その弱さを隠すために、自分ではない何かを演じ続ける。そして、この演技は確実に見抜かれている。通りすがりの私にだって、目の前の男にだって、あなたがバカにしているであろう大衆にだって。この手の仮面に、人は冷酷なほど敏感だから。だが、精いっぱいの武装を、その涙ぐましい強がりを、男どもは決して笑うべきではないと、私はそのとき思ったのだ。

一生懸命に背伸びしてる人って、いつもとてもいじらしいじゃないか。

目線の高さを過剰に気にするミタパン

この間、アナウンサーのミタパンこと三田友梨佳さんが「上から目線に聞こえてしまうかもしれませんけど……」と前置きをして、テレビでコメントしていた。正直、どこらへんが上からなのかまったくわからないくらい普通のコメントで、逆にあっけにとられた。この人にとって、「上から目線」に思われてしまう懸念ってそれだけ強いんだ。

(写真:iStock.com/Tom Kolodotschko)

っていうか、料亭のお嬢さん育ちで、海外経験もあって、フジのアナウンサーになるくらいかわいくて、さらに「パンシリーズ」を引き継ぐエースアナがですよ、「上から目線」も何もないだろう。ナチュラルに生きていれば、大衆よりよっぽど高い目線持っちゃうでしょ、普通。

もともと上から目線を地でいく強い人間は、逆に、下から目線を上げてぶりっ子するようになるらしい(笑)。ありのままの目線を隠す不自然さは、私の目にはいじらしいより、いやらしく映る。

少なくとも、私はミタパンよりは、アメリカ人コピー女のほうが好きだ。アメリカ人コピー女っていってる時点で、まだ恨みが残ってるんだけど、それでもどっちも嫌だけどどっちかなら断然コピー女! 背伸びする女が、身を屈めようとする女よりもいじらしく感じるのは、私自身が背伸びしてきたから。今もし続けてるから!

ソフトバンクの社長室で働いていた男性が、孫社長は社員の前でもものすごく酔っぱらい、そのたびに、

「お前らに日本人になる喜びがわかるか。日本人に生まれなかった俺は、日本人にしてもらったときには本当にうれしかった。だから、この国に感謝しているし、役に立ちたいと思っているんだ」

といって大泣きするといっていた。

本心でそう思っている部分もあるだろうし、それ以上に誇張してあえて語っている部分もあるのだろう。だが、弱みを明かすことで、人は彼に惹きつけられる。強いはずの人間が明かす弱みというのは、自分にだけ心を開いてくれたかのようでたまらないのだ。

孫社長は、若いときにはそれなりのコンプレックスがあったのかもしれない。強い人間になっていく過程で、自分の弱みを吐露する術を覚えたのだろう。自信がついてくると、人は自分の弱さを他人に見せることを恐れなくなる。リーダーは強くなくてはならない、そして、弱くなくてはならないのだ。

24時間鎧の中に閉じこもっていなくちゃ落ち着かない弱い人も、いつか自分の弱さを誰かに打ち明けられるようになるのだろうか……。

そう、私は、この場所で自分の弱さをさらす練習をしているの。何回も読み直して、「ここまでは出せる。ここからはまだ出せない」というのをコントロールしながら。これって「ネット弁慶」の一種なのかな。とにかく、相変わらず弱い人間ですみません……。

関連書籍

山口真由『高学歴エリート女はダメですか』

いい大学も出てキャリアも積んだ。恋愛もして人生のパートナーを見つけようとがんばってきた20代、30代のはずだった。けど気づくと37歳の独り身で、結婚はこのまま無理かもな……と思ったら、なんだか急に寂しくなった。どうしてこうなったのか? 走れども走れども幸せのゴールが遠のく気がするのはなぜ? 等身大の女子たちや、女子アナ、芸能人まで下世話に観察、おおいに自省しながら、ハイスペック女子の幸せをあれこれ模索してしまう“ひとり茶話会”的エッセイ。

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高学歴エリート女はダメですか

華麗なる学歴はもとより、恋も仕事も全力投球、成功への道を着々と歩んできた山口真由氏。ある日ふと、未婚で37歳、普通の生活もまともにできていないかもしれない自己肯定感の低い自分に気づく――。このままでいいのか? どこまで走り続ければ私は幸せになれるのか? の疑問を抱え、自身と周囲のハイスペック女子の“あるある”や、注目の芸能ニュースもとりあげつつ、女の幸せを考えるエッセイ集。

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山口真由

1983年、札幌市生まれ。東京大学法学部卒。財務省、法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。家族法を学ぶ。2017年にニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学し、2020年に修了。博士(法学)。現在は信州大学特任教授。「超」勉強力』(プレジデント社、共著)いいエリート、わるいエリート(新潮社)、『高学歴エリート女はダメですか』(幻冬舎)、「ふつうの家族」にさようなら』(KADOKAWA)など著書多数。 
山口真由オフィシャルTwitter

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