どんな作家にもデビュー作がある。
それが華々しいときもあれば、静かな船出であることもある。
いずれにせよ、みな、書き出し、書き終え、世に問いたい、と願ったのだ――。
<今回の執筆者>
八重野統摩(やえの・とうま)
1988年生まれ。北海道札幌市出身。立命館大学経営学部卒業。電撃小説大賞への応募作が編集者の目に留まり2012年、書き下ろし長編小説『還りの会で言ってやる』でデビュー。2019年、ミステリ『ペンギンは空を見上げる』で第34回坪田譲治文学賞受賞。他の作品に『プリズム少女』『犯罪者書館アレクサンドリア』『終わりの志穂さんは優しすぎるから』がある。
情け容赦ない鬼の巣窟で生きたい
私は昔から読書が好きで、それが高じて小説家に――というタイプではまったくない。
自分が将来何者になりたいかというビジョンが爪の先ほどもないまま大学受験をすることとなり、その受験勉強からの逃避として本を読み始め、たちまちその奥深さにハマり、何故か次第に「頑張れば自分でも書けるのでは?」という甘い考えを持つに到った。全ての始まりは、そんな実にふわっとした軽いものだった。
大学に入ってからは、花の学生生活を謳歌することなど微塵もしないで黙々と文学賞に投稿を続けた。大学に行くのは基本的には週に2回だけ、1限から5限まで隙なく詰め込むことで効率的に単位を稼いだ。アルバイトのとき以外は朝から晩まで小説を書いていた。おかげで留年しない程度には大学にも顔を出していたにも関わらず、大学の知り合いから退学したのだと思われていたこともあった。複数回あった。軽い決意で始めたわりには、思えばあの頃はなかなかに頑張っていた。
そんな生活を3年ほど続け、落選が20回記念を迎えるか否かというところで受賞を逃した出版社の編集氏から連絡があり「新人賞は残念な結果だったが、これから一緒に頑張ってみないか」とお声がかかった。正直、あのときばかりは布団の上を転げ回るほど喜んだ。
だがしかし、そのような苦労の末にデビューを果たせば薔薇色の作家生活が待っているというわけでは当然ない。しかも私は新人賞を受賞したわけでもないので、私のデビューなどそれはそれはひっそりとしたものだった。重版も一切かからなかった。
また、止せばいいのに酸素を求め水面に顔を出す鯉のようにデビュー作についての感想を求めてネットで検索をかけ、なかなかに辛辣な酷評を目にして心に深い傷を負ったこともあった。ただ、その新人作家にはあまりに手厳しい感想を自分の目で見たときに「これが小説を世に送り出すということなのだな」と不思議と納得したものだった。
そんな具合でデビューして、気づけば今年で8年目になる。世に出した作品はたった5作品だけであり、まだまだ小説家としてこれからどうなっていくのか自分でもわからない。
それでも少なくとも今のところは、小説家という道を選んだことに対する後悔は全くない。確かに私は、軽い意思と甘い考えから生まれた綿菓子並の作家なのかもしれないが、それでも今ではこれが天職だと思っている。
自分の作品を世に送り出すときはいつも喜ばしいし、大げさかもしれないが小説を書いているときはなんとも生きた心地がする。その小説が誰かに褒められたり貶されたりするのを何かの拍子に目にするのもまた、猛烈に生きていることを実感する。お褒めの言葉も辛辣な批判も、五臓六腑に染み渡る。
個人的に、この業界はひたすらに実力主義で、情け容赦のない鬼の巣窟だと信じて疑わないが、それでも綿菓子作家なりの矜持とべたつきで、今後もなんとかこの場所にへばりついていければと心底から願っている。