3500人を看取ってきたホスピス医・小澤竹俊さんのエッセイ集『苦しみのない人生はないが、幸せはすぐ隣にある』。”病理医ヤンデル”(@Dr_yandel)こと医師・市原真さんからの書評をお届けします。
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世の中には膨大な数の本がある。しかも毎日増え続けている。今日も、とてつもない量の新刊が本屋に並ぶ――。
などとおなじみの書き出しを選んだはいいが、少なくとも私は、ここ何ヶ月もまともに本屋に行けない状態が続いている。まったく、新型コロナウイルス感染症というのはほんとうにやっかいだ。「出かけてもいいけど気を付けて、医療者のリスク管理は自己責任だからね」などと言われてしまっては、おちおち外出も出来ない。書店が恋しい。ついでに居酒屋も恋しい。
しょうがないのでネットで本を注文しているけれど、本棚で吟味できないと、見知った作家の本ばかり買ってしまう。たまには違う刺激が欲しくなり、ツイッターを覗いても、目に飛び込んでくるのはいわゆる「バズるタイプの本」ばかり。
これでは偏る。どんどん凝り固まっていく。
そんな折、信頼できる編集者から、一通のメールが届いた。「この本を読んでみませんか」。一見、単なる宣伝のメールのようにも読めてしまうが、彼はめったにそういう連絡をしてくる人ではないので、おやっと思ったし気になった。「ホスピス医の小澤先生が、苦しむ人、(そして)苦しむ人を支えたい人に向けて書いた本です」。
うん、おもしろそうだ。
でも、私は正直疲れ果てていた。世界の変化に、圧の高まる毎日に。ベストセラー著者の医療本ということだが、果たして今の私はスラスラと読めるのだろうか。Amazonでポチりはしたものの、つらくなったら読むのをやめようと密かに思いつつ、本書の到着を待った。
いざ届いた本は、信じられないほど読みやすかった。心に余裕がなくても、文章が飛び込んでくる。おまけに、今はやりの自己啓発的ワンフレーズ本とも違うのだ。曼荼羅の複雑さを一言でふわりと語る、徳の高い僧のような語り口。感心しながらどんどん読み進めていく。
序盤から中盤にかけて、特に目を引いた言葉を少しだけ引用しておく。特筆すべきはその中庸感。
「私はホスピス・緩和ケアに関する講演会では、美しいエピソードだけを紹介することはしません。それは、表面的なエピソードだけでは、 困難な中で生き続けることは難しいと感じていたからです。」(075ページ)
「(医師免許などの)資格の有無は、あくまで限りのある範囲の中であり、それを超えた世界では、まったく通じないことを、看取りという現場で、ありありと感じ、学んできました。」(108ページ)
「(患者)本人の代わりに医療内容を決める人(医療代理人)の後悔を少なくするためには、一人で決めないこと、専門家の言いなりにならないこと、一回で決めないことが大切です。」(116ページ)
世界に病魔が巣くい、医の言葉が氾濫している昨今、医者の経験談をただ押しつけられてもうっとうしいだけだったろう。その点本書は控えめだ。背景には膨大な臨床知があるはずなのに、過剰に押しつけようとしてこない。
そして、本書の後半の第3章(実践)がとにかくすばらしかった。高い知性が、一貫して平易な言葉で語られる。熟慮した末にここはあえて引用を控える。ぜひ手に取って読んでみてほしい。
小澤先生は、「心が苦しくなった人が読めるような言葉」を用いられている。「よかったらこの話を読んでみてください」「一緒に考えてみませんか」と、肩の力を抜いて超然とそこにいる感じ。「小澤先生に何かを教わっている」のをいつしか超えて、「小澤先生に話を聴いてもらえばわかってもらえるのではないか」という気分にさせてくれる。読み手が著者に語りたくなる読書体験だ、すごい。
参ったな。ぼくはこういう書き方ができないぞ。微笑んでしまう。苦しさがあってもなお「やっていける」という気持ちになれそうだ。……ああ、タイトルの通りということか。
札幌厚生病院病理診断科 市原真
苦しみのない人生はないが、幸せはすぐ隣にある
3,500人以上を看取ったホスピス医が語る希望の物語。『今日が人生最後の日だと思って生きなさい』(アスコム、24万部突破)著者最新エッセイ集、試し読み。がん、突然の事故、新型コロナ……理不尽な世界にも、かならず救いがある。