予想もしなかったことが次々と起きる今、これまでの常識を当たり前と思い込んでしまう態度は、最大のリスクでしかありません。10月8日に『稼ぐ人は思い込みを捨てる。』を発売した著者の坂口孝則さんがビジネスの現場で感じてきた「思い込みの罠」とそこから自由になることのおもしろさをご寄稿くださいました。
3万円くれたら何でもやります
私はコンサルタントで企業に入り、プロジェクトを組んで目標達成に猛進する。この仕事をはじめて10年になろうとしている。私は思い込みがあった。コンサルタントになる前は、自分の知識と理論があれば解決策を導けると思っていた。
困っている人がいる。解決策を与える。しかし、現実は違った。というのも、困っている人はいないのだ。奇妙に感じるかもしれない。困っていたり問題意識を有したりしているのは企業のトップだ。現場には問題意識はさほどない。
トップから「困っている」と聞かされて、現場に入ると「困っていない」といわれる。だから最初の仕事は、現場の社員に理解してもらうところからはじまる。いや、極端な話、動いてもらうのが大半の仕事になる。
そして、もはや古い手法ではあるが、現場の社員と打ち合わせや食事を重ねると、じょじょに本音を話してくれるようになる。そこで私が「なぜそんなに非協力的なんですか」と質問する場合がある。すると「やっても給料があがらないから」といわれる。
これは素直な意見で尊重するべきだ。あくまで一人ひとりの社員は自分の合理性で動いている。経験は給料よりも貴重だ、という意見には私も納得するものの、大半はそうではない。
私は続けて「それなら、いくら給料があがったらやるんですか。部長か役員に私が相談してみましょうか。少なくとも、匿名でそのような意見があったと言ってみましょうか」と提案する。そうすると口ごもったあとに「そうですね……。じゃあ月に3万円とか5万円とか」といわれる。
私は3万円とか5万円が取るに足らない金額とは思わない。しかし、その差がゆえに、仕事をやりたくない、とは思わない。これも私の思い込みで、ちょっとのインセンティブで人は動いたり、動かなかったりするのだ。
自分に起業はできない、という根拠ない確信
私は、その続きで「いやー。その3万円とか5万円を動機にできるのであれば、いっそうのこと、起業すればいいのではないでしょうか」と提案する。そうすると、「私なんか無理ですよ」と返ってくる。
そのときに「私はできない」という根拠なき自信を披瀝される。その理由のトップ3は、次のとおりだ。
1. 起業のアイディアがありません
2. やってもすぐに潰れる
3. そもそも日本人は起業しない
まずは1.だ。
メディアは、革新的なアイデアをビジネスに結びつける起業家の姿が報じる。あのような記事を読むと自分には無理だと思い込む。もちろん世界的な経営者になろうという野望があれば別だが、ほとんどの起業は革新的ではなくてもかまわない。
一見、革新的だと思える事業も、かならずしも奇跡的なアイデアで成り立っているわけではなく、改善や改良を繰り返したものだ。
Googleは最初の検索エンジンではなかった。Facebookも世界初のSNSではなかった。iPadも初のタブレットではなかった。一説によると、Googleは12番目、Facebookは10番目、iPadは20番目だったという。重要なのは画期的なアイデアではなく、先駆者のモデルをブラッシュアップすることだ。
この事実は私にとって安心感を与える。
いまでは行くことがなくなったものの、夜の街あたりに出かけてみればいい。「社長!」と声をかければ7割くらい振り向くに違いない。あくまでも私の肌感覚だが、新宿歌舞伎町あたりには不動産業の社長が多い。ビジネスモデルを訊いてみると、あまり差別化できているものではなく、営業力で仕事を獲得している。
誤解しないでほしい。営業力が無意味といいたいわけではなく、むしろ逆だ。営業力という古くて普遍的なスキルでじゅうぶん起業できるのだ。
10年で会社は潰れるのはほんとうか
そして「2.やってもすぐに潰れる」だ。
SNSなどでは、起業を勧めるセミナーや教材であふれている。必ずといってもいいほど、宣伝文章に「せっかく起業しても10年後に生き残るのはたった数%です。だから正しい起業法を学びましょう」などと書いてある。
また、現在の私には起業家の知人が多いため、「今年でついに会社設立10年目を迎えます。これで1割に残りました」といった書き込みを見かける。
しかし、もちろん、倒産する企業はあるといえども、10年で9割が消えるとは、なんとなく実感にあわなかった。事業承継や放漫経営によるものはある。しかし、それなりに努力しているひとたちは、会社組織を作ったあと、かなりの割合が食えている。
そんなに会社は倒産するだろうか。
中小企業白書は、たまにこの話題を扱う。大手企業の存続年数を計算するものがあるが、もっとも面白いのは、2006年版だ。やや古いデータだが紹介してみたい。
ここでは創業後1年経った時点での生存率、2年経った時点での生存率……と平均値が書かれている。もちろん、個人事業所や会社では率が異なる。さらに時代背景にもよる。しかし、中小企業白書に記載されている、会社の数値生存率値を使って計算してみると、10年経った時点での会社の生存率はなんと36%にもなった。
さまざまなひとが起業しているはずで、そこには玉石混交、有象無象、海千山千が入り交じる。勉強熱心ではない人もたくさんいるはずだ。そのなかで、10年が経っても、3分の1以上の確率で生き延びて食っているとしたら、これは希望の数字ではないだろうか。少なくとも私にとってはそうだ。
日本人は捨てたものではない
最後に「3.そもそも日本人は起業しない」だ。
統計を見ると、開業数を見てみると、24万件となる(法人だけではなく個人を含む)。そして、米国は60万社となる。もっとも、国によって、こまかな会社の定義も異なるため、厳密な比較はできない、と各種統計も語っている。この数字をあえて使えば、次のようになる。
日本:人口1億2000万人、24万社→一人あたり開業率は0.2%
米国:人口3億3000万人、60万社→一人あたり開業率は0.2%
上記のようになる。なお労働人口で計算してみると次のようになる。
日本:人口6720万人、24万社→一人あたり開業率は0.4%
米国:人口1億6200万人、60万社→一人あたり開業率は0.4%
意外な結果だが、米国人と日本人の起業率にさほど変化がないと結論づけられる。
なお、この結果にたいして、「開業率は、個人の開業する小商いではなく、多人数の会社で比較するべきでは」といった意見もあるかもしれない。しかし、いくつかの先行研究でも、日米差は見られない(たとえば松本和幸さんの「企業数と新規開業率の国際比較」では「従業員 5人以上の事業所の新規開業率は低く日米で大差はない」としている)。
さらに「その多くが美容室、学習塾、飲食店、小売店などであれば意味がなく、ITなどの業種ではないといけない」という意見もあるかもしれない。私はこの意見にとくに反論はない。
ただ、大企業の美容チェーン、学習チェーン、小売チェーンも、さいしょは小さな一軒からはじまっている。また、特定の業種だけを持ち上げる気には、私はなれない。
思い込みから脱した先にあるもの
この世の中には思い込みにあふれている。もしかすると、冒頭で紹介した社員は「私はこういうものだ」という思い込みにがんじがらめになっているかもしれない。
そして私もいまだに思い込みをたくさんもっていると思う。しかし、それに自覚的なことによってこそ、思い込みを少しずつでも剥がしていけたらと考えている。そしてじょじょに自分が規定した枠から脱することが、私にとって自由を意味する。
起業に限らず、社会、政治など、ネットには思い込みにあふれている。自分の考えすらもどこまでも疑うような態度。そして自分の考えが間違っていたとわかったときの愉悦。
新刊『稼ぐ人は思い込みを捨てる。』では、まさにその愉楽を私は発している。
稼ぐ人は思い込みを捨てる
10月8日発売の『稼ぐ人は思い込みを捨てる。』にまつわる記事を公開します。