浅原ナオトさん待望の最新作『#塚森裕太がログアウトしたら』。
花田菜々子さんから書評をお寄せいただきました。
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一人の男子高校生が、ある日、ゲイであることをSNSでカミングアウトする。仲間は「みんなお前の味方だ」と団結し、家族は励まし、学校ではスター扱い、教師たちは否定的な発言をしないようにと職員会議で気を引き締める――。「#塚森裕太がログアウトしたら」は、そんな2020年らしい舞台設定の中、このカミングアウトに揺さぶられて人生が少しだけ変わる5人(当事者含む)の1週間を同時中継的に描く青春小説である。
しかし、この5人がなかなかそれぞれに面倒くさい。いや、しかしながら、リアルにいきいきと描かれる彼らの面倒で複雑な感情こそが、この小説最大の魅力でなのある。塚森と同じくゲイであり、年上の男とすれた性的関係を持っていることに密かな優越感を感じながらも、塚森に苛立ちを隠せない清水。娘がレズビアンであることを知り、力になりたいと言いながらも勘違いの言動ばかりで周りに疎まれる教師、小山田。塚森のファンであり、それは恋愛感情でないと言いながらも塚森の特別な存在になりたいと苦心するまゆ。塚森への憧れゆえに塚森に反発し、自分の心の醜さに苦しむ後輩の武井。そして前向きで誰からも愛される「塚森裕太」を演じてしまい、カミングアウトしてもまだほんとうの自分をさらけ出せないことに苦しむ塚森本人。
彼らの逡巡をこれでもかと言わんばかりに詰め込みながら、読み終えてみるとまるで雨上がりの空のようなさわやかさが心にひろがる。他人のカミングアウトを眺める観客でしかなかった4人が観客であることをやめ、自分の物語を走り出す瞬間を著者は鮮やかに切り取る。そしてこれはあなたの物語なんだ、あなたが自分の闘いをすることだけがあなたの人生を切り拓くんだよ、と何度も語りかけてくる。はじめは疎ましく思えたいびつな登場人物たちが、次第に自分の分身のように思えて、応援したくなってくる。
そしてSNSのアカウントのように盛った自分を、「#ログアウト」できずにいる塚森裕太。だが、私たちは《皆からどう思われるだろう》と気にしながら生きているとき、自分と向き合えていないだけでなく、目の前の誰かとも向き合うことができていないものだ。《皆》とは他者ではなく、霧のような幻想なのである。
近年、同性愛者への理解は急速に進みつつある。「差別に立ち向かい自分らしく生きる同性愛者を応援しよう」というスローガンには100%賛同するものの、行き過ぎれば、同性愛者はポジティブな善人であれ、と感動ポルノを強制することにもなりかねない。それは単純に非当事者から当事者への視線だけでなく、ときに当事者自身を自ら縛り付けてしまうこともあるのだろう。塚森もゲイであることだけがアイデンティティーではないのに、「#ゲイ」というタグが自分を覆い隠してしまいそうで苦しむ。
現実世界で、はたして私たちはログアウトすることができるのだろうか。善人の鎧を脱ぎ、塚森はどんな自分に出会うのか。それはもしかしたら、出会ってしまえばびっくりするくらいシンプルな答えかもしれない。でも自分で出会うまではその答えは見えない。もしあなたが自分の物語をうまく走れていない気がするなら――。性指向とアイデンティティーの問題が詰め込まれたこの本をぜひおすすめしたい。
#塚森裕太がログアウトしたら
高3のバスケ部エース・塚森裕太は自分がゲイだとInstagramでカミングアウト。それがバズって有名に。
このカミングアウトが、同じ学校の隠れゲイの少年、娘がレズビアンではないかと疑う男性教師、塚森を追いかけるファンのJK、塚森を崇拝しているバスケ部の後輩へと変化をもたらしていく。そして塚森自身にも変化が表れ…。
作り上げてきた「自分」からログアウトしたら、「本当の自分」になれると思っていた――痛みと希望が胸を刺す青春群像劇。
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