浅原ナオトさん待望の新作『#塚森裕太がログアウトしたら』。
書評家の藤田香織さんが書評を寄せてくださいました。
(小説幻冬11月号より)
* * *
読書の楽しみはいろいろあるけれど、最大の魅力はやはり知らないことを知ることだ。
と、今まで何度も思ったし、繰り返し書いてきた。自分の経験だけでは知り得ない世界の扉を開く。見たことのない景色に感情が揺さぶられる。考えて、想像して、初めて気付くことがあり、ぐぐっと視野が広がったような気がするあの感じ。そうした意味で本書『#塚森裕太がログアウトしたら』は、最上級の魅力を備えた物語だ。
そうか、そうだよね、そうなんだ。発見があり、納得があって、理解して心が動く。あぁ凄い。読んで良かった! と閉じたばかりの本を胸に抱えたくなる。
でも、同時に途方にくれたような心地にもなる。ごく身近なところにまだ知らないことがこんなにもあるのだと知らされるからだ。
中学一年の春に同性愛者だと自認して以来、それを隠し続けてきた塚森裕太は、高校三年生になったある日、突如インスタでカミングアウトする。<今日、俺は大切な友達に、自分が同性愛者であることを明かしました>。容姿端麗、成績は優秀で運動神経も抜群。性格は気さくで優しい努力家。誰からも愛されている、強大な求心力を備えた塚森裕太は、その告白にある種の勝算があった。そして実際、「大切な友達」には、ゲイであることなど大した問題ではなく、「お前が誰を好きでも、お前はお前だろ」と受け入れられた。
けれど関係性や距離感が異なれば、スタンスも変わる。物語はまず、その余波を受けた四人の視点から綴られていく。
裕太の一学年下の地味系痩せ眼鏡オタク男子ゲイ清水瑛斗。十四歳の娘がレズビアンらしいことに苦慮する高校教師の小山田貴文。裕太の「ファン」だと自称している後輩の内藤まゆ。昨年インターハイでの裕太の活躍を見て強烈に憧れ、同じ高校に入学してきたバスケ部一年の武井進。それぞれの立ち位置で見えているものは異なり、「大切な友達」ポジションでは肯定できた裕太の言動に、どうしようもなく嫉妬や嫌悪を抱いてしまう気持ちも、無自覚で無遠慮な発言も、否定しきれなくなる。
更に最終章で描かれる、非の打ちどころのない人気者・塚森裕太からログアウトして「本当の自分」を曝け出した裕太の苦悩と葛藤が追い打ちをかける。核にあるのは性的指向を超えた「本当の自分」って何? という人生の永久課題で、むき出しになった傷口に塩を塗り込まれるような痛みが続く(バスケ部顧問の梅澤先生の言葉がめちゃくちゃ沁みる!)。
友人が、知人が、肉親が性的マイノリティであるとわかったとき、自分ならどう接するか。本書を読んで考えたことに、正解はない。知らなかった、ということを知るのは恥ずかしくもあり、怖くもあり、痛みが伴うこともある。でも、それでも。ページを閉じたとき、知りたいと思う気持ちを持ち続けたい、と思うだろう。
世の中の出来事も、誰かの気持ちも、「本当の自分」のことも。
#塚森裕太がログアウトしたら
高3のバスケ部エース・塚森裕太は自分がゲイだとInstagramでカミングアウト。それがバズって有名に。
このカミングアウトが、同じ学校の隠れゲイの少年、娘がレズビアンではないかと疑う男性教師、塚森を追いかけるファンのJK、塚森を崇拝しているバスケ部の後輩へと変化をもたらしていく。そして塚森自身にも変化が表れ…。
作り上げてきた「自分」からログアウトしたら、「本当の自分」になれると思っていた――痛みと希望が胸を刺す青春群像劇。
- バックナンバー