予想もしなかったことが次々と起きる今、これまでの常識を当たり前と思い込んでしまう態度は、最大のリスクでしかありません。コンサルタントの坂口孝則さんは、日本にまつわる12の通説を広範なデータで覆し、自分の見ている現実に囚われない思考法を『稼ぐ人は思い込みを捨てる。』において伝授しています。その中から、冒頭部分をご紹介。コンサルタントも愚かさを露呈させた「思い込みの罠」について。
新型コロナウィルスが明らかにした私たちの弱さ
コンサルタントは馬鹿者の集まりかもしれない。私も例外ではない可能性がある。
新型コロナウィルスが中国を襲いはじめたのが2019年12月。そして、翌2020年。まだ牧歌的だった1月が嘘のように3月には日本にも多大な影響を及ぼしはじめた。
観光業、飲食店からはじまり、ひととひとの対面を前提とする業種すべてに広がった。そのあたりから、私の仕事であるコンサルタントや士業のひとたちからも悲鳴があがってきた。
「仕事がすべてキャンセルになった」
「いまの契約が終了したら、継続はできなくなった」
コンサルタントは、クライアントの会社に出向き、議論を重ね、インタビューを繰り返し、なんらかの提案書をまとめあげる。あるいは集団にたいし講義をしたり、講演をしたりする。まさに3密の典型だ。
しかし、コンサルタントや士業は、東日本大震災のあと、口癖のように企業経営者にたいして「未曽有の危機に備えを」「リスクマネジメントこそ大事」と叫んできたはずだ。クライアントよりも、そのようなコンサルタント・士業が危機を迎えているのはとても象徴的だ。
なお、私はこの新型コロナウィルス危機において、行政からの公的な支援や助成金、補助金などを否定しない。むしろ実施するべきだろう。ただ、公的な支援とは別に、自由な経済活動を行う前提として、強い活動基盤が必要なはずなのだ。とくに、言葉や思考法で生きていたはずのコンサルタントや士業が、机上の空論で済ましてよいはずがない。
新型コロナウィルスは、大きな教訓を与えてくれた。その教訓とは、「思い込みを排除し、見たくない事実を見続けろ」という、目を背けたくなるものだ。その教訓の普遍性について考えていきたい。
主張(1)「街灯の下でカギを探すな」
好きな小咄(こばなし)がある。
ある男が、真っ暗な深夜0時に、一人、街灯の下でカギを探していた。ささやかな街灯が照らす道路で、カギを落としたと困っていた。そこに警官が通り掛かる。警官も一緒になって街灯の下を探した。それでも、どうしても見つからない。
「ほんとうに、カギを落としたんですか」
「実はここでは落としていません。落としたのは、あっちの暗闇のほうです」
男は、暗闇に入る勇気がなく、街灯に照らされた場所から離れられなかったのだ。
とても教訓的な話だと思う。人間は、見たくない現実を見続けられない。見続けるどころか、暗闇に入る勇気すらない。そこに問題が潜んでいると理解しつつ、どうしても見たい現実を見てしまう。街灯の下ではカギを落としていないにもかかわらず、明るい場所を求める。
だから、重要なのは「街灯の下でカギを探すな」と心しておくことだ。
私はコンサルティングの現場で、こういうことを顧客に質問する。
「いまの売上が半減したらどうしますか」
「いまのコストが倍増したらどうしますか」
「いまの顧客や調達先が潰れたらどうなりますか」
こういう質問はだいたい評判が悪い。危機ばかりを煽る間抜けと思われる。
たいていの場合は「そこまで考えても仕方がないでしょう。えへへ」と薄ら笑いをもらう。しかし、SARS、MERS、新型インフルエンザ、新型コロナウィルス感染症などの疫病だけを見ても、それが数年に一度、売上の半減をもたらすのは自明だ。さらに日本では自然災害もある。巨大地震のリスクも高まっている。
また、数年前にネット広告に売上を依存している企業は多かったが、すぐさまネット広告費は倍増していった。まさに、薄ら笑いは、街灯の下でカギを探す態度にほかならない。
新型コロナウィルスは基礎疾患がある患者を重症化させるケースが多いという。なるほど、それであれば、個人でも会社でも、重症化するのは仕事上の基礎疾患がある場合だろう。その基礎疾患として、私があげたいものは、前述の「見たいものしか見ない」態度、「街灯の下でカギを探す」態度にほかならない。
日本人は事実を軽視すると思われている
2019年。仕事でイスラエルに行ったとき、あるベンチャーキャピタリストと話す機会があった。「ヨニーと呼んでください」。テルアビブの高層ビル61階の会議室。スタートアップ企業がひしめいていた。共通の知人を介して知り合ったヨニーさんは若いころ、世界中を遊び回った、といい、完璧な日本語を話した。
イスラエルは、地政学的には危機にさらされ続けてきたにもかかわらず、明るい国民性が印象的だ。ヨニーさんは、開口一番「この国には900万人しかいません。国内の市場は存在しません。水もありません。資源もありません。敵には囲まれています」と笑って話した。「絶望的な状況を直視しなければなりません」
ヨニーさんは、イスラエルの徴兵制について教えてくれた。「私はプログラマーでした。徴兵に行ったとき情報局に配属されました。いきなり『半年以内にイランのサーバーをハッキングしろ』といわれたんです。『ミサイルの発射を止めろ』ってね。マニュアルがあるかと訊いたら、そんなものありはしません。死にもの狂いでやっていました。退役後にビジネスをやったら、軍に比べて、こんなに楽なもんかと思いました」
日本人のお金を受け取りたくない企業が増えています、とヨニーさんは教えてくれた。検討する、内部に持ち帰る、と日本人はいう。しかし、ファクトベースの情報はすでにもっており、あとは根回しと空気の醸成だけだ。それは、ただただ意味のない時間の引き延ばしにしかイスラエル人には映らない。
イスラエル人にとって、日本人は事実を軽視し、雰囲気のみを重視する国民にほかならない。
フィリピンのカジノVIPルームにて
2018年。私は、フィリピン・マカティの中華料理店で遅い夕食を囲んでいた。時間は22時になろうとしていた。私、ビジネスパートナー、知人、ミスター・ホンの四人だった。ミスター・ホンはフィリピンのカジノで働いていて、私の知人を担当していた。VIPをアテンドする仕事で、韓国で生まれながら、完璧な日本語と中国語を話した。
話の内容は、フィリピン経済から日韓関係や日本の景気浮揚策にまで及んだが、私が訊きたかったのは、その夕食前に見た奇妙な光景についてだった。カジノのVIPルームでは一度に信じられない金額が賭けられるが、その隣を清掃するスタッフの給料は月3万ペソ(約6万円)だという。
「どういう気持ちで清掃しているのでしょう」。私の問いに、紹興酒を飲みながら、醒めたような声でミスター・ホンはいった。「何も考えているはずはありません。これは仕事です」
「世の中には、金持ちと貧乏人がいる。貧乏人はどんな仕事だってやる必要がある。それだけのことです」。その声は、事実を伝えているだけのようにも聞こえたし、何かひどく乾いたものにも感じられた。
多くのカジノでは一般客が入場する入り口と、VIP用の入り口がわかれている。当然、VIPになるためには紹介か、多額のカネをつぎこむ必要がある。私の知人は少なくないカネを「投資」していた。
VIPルームはかなりの広さで、バカラに興じることができる。しかし、面白いのは、プライベートルームに行くと、スタッフがバカラに興じているように見える点だ。
「天井を見てください。カメラがあります」。この状況はウェブを通じて実況され、スタッフは遠い国からの指示を受けて、代理で賭けているというわけだ。そこにはプラスチックのバーが何十枚も置かれていた。「この一枚が1000万円以上します。だから、いまの時点で何億円ものお金が賭けられています」。この場に来るVIPたちは大金を背負ってやってくるという。「現金を運んでくるわけですか」。「いろいろなやり方があります。たとえば、ロレックスを何個もクレジットカードで買って、その場で、わずかな手数料で買い戻してくれる店があったらどうでしょう」。ミスター・ホンは笑いながら教えてくれた。「さまざまな方法があるんです」
ミスター・ホンは饒舌(じょうぜつ)だった。「VIP客は、親の遺産を食い潰していない限り、やはりビジネスをもっていてキャッシュが入ってくるひとがほとんどですね」。彼は遠くの一人を指差し、韓国の有名な起業家だと教えてくれた。
その場では、私たちの会話を気にするようなひとたちは誰もおらず、何億円もの掛け金が次々と飛んでいっていた。その光景を、私はうまく理解できずにいた。ただ、その場で見たVIP客たちの下卑た微笑だけは、なぜか脳裏に焼き付いた。
話は、中華料理店の晩餐に戻る。
ミスター・ホンは、VIP客の特徴について話した。「ある中国人の起業家VIPから、訊かれました。あなたは文系かと。そうだと答えたら、あなたは金持ちになれないねといわれました。数字で考える癖がないからです。あるとき、そのVIPがブログを見せてくれました。驚愕しましたね。そこにはカジノの確率論について、学者並みの分析が書かれていました」
その興奮しながらも冷静な口調に、私はミスター・ホンも、その資格があるのではないかと思った。率直にそれを伝えると、さらに微笑してくれた。
「結局は、冷たく計算するひとたちが、ここに集まってくるんです」
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続きは、『稼ぐ人は思い込みを捨てる。』をご覧ください。
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配信も行います。アーカイブの視聴も可能です。
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