幸福と不幸について考えるとき、いつも思い出す人がいる。
彼女は港区にあるタワーマンションの最上階に住んでいて、ほかにもいくつか不動産を所有していた。美人でスタイルもよく、爪も膝も肘も髪の毛一本にいたるまで完璧に手入れされ、いつ見ても新しい服を着ていた。どこにいくにもタクシーか運転手のいる車で異動し、飛行機に乗るときは必ずビジネスクラスだった。何十万もするブランド品を買って、飽きると可愛がっている年下の女の子に気前よくあげた。人にご飯をご馳走するのが好きで、プレゼントを贈るのも好きだった。「仕事が忙しい」と言うと、差し入れだよとお菓子を送ってくれた。
そんな人だからいつもたくさんの人に囲まれていた。彼女のアドレス帳にはビジネス界の大物だけでなく、芸能人や文化人やアーティスト、海外セレブのものまでが登録されていた。誕生日には、誰もが知るアイドルからプレゼントを貰ったりもしていた。
優しい旦那さんと、それからたくさんの犬に囲まれて生活をしていた。二十代の頃にはじめた仕事は大成功を収めていて、日本のみならず世界各国にも支社を持っていた。その頃の武勇伝は本当に面白く、彼女が運だけではなく努力する性格と忍耐力をも兼ね備えていることを証明していた。
でもわたしには、彼女はいつも不幸そうに見えた。
もちろん人前にいるときはにこにこと微笑んでいるし、冗談も言うし、よく笑った。だから彼女が「不幸だ」なんて、わたし以外の人は思っていなかったかもしれない。
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愛の病
恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。