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植物はなぜ毒があるのか

2020.11.18 公開 ポスト

白身魚の鮭の身がピンク色なのは植物のせい?健康長寿を支えるアスタキサンチンとは田中修/丹治邦和

ジャガイモ、アジサイ、ビワ……。いずれも私たちにとって身近な植物ですが、実はある共通点があります。それは「毒」を持っていること。実際、これらを食べたことによる食中毒被害が毎年のように起きているそうです。一体なぜ、植物に毒が宿るのか? そしてその毒を、人間はどのように怖れ、またどのように有効活用してきたのか? 自然の偉大さがよくわかる『植物はなぜ毒があるのか』より、一部をご紹介します。

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100歳超えの人が好きなものは?

毎年、国民の祝日に定められている9月の第3月曜日の「敬老の日」が近づいてくると、100歳以上の人の数が話題になります。2019年には、全国の100歳を越えた人数が7万1238人と、厚生労働省から発表されました。

そして、「100歳を生きるための秘訣は、何だろう」と興味がもたれます。その中でも、100歳を越える人は、どのようなものを食べているのかについて、アンケート調査などが行われ、その結果が発表されることがあります。

よく食べられているものの中には、豚肉や鶏肉、豆腐やキャベツなど、健康に良いといわれているものが並びます。その中に、特に気になるものがあります。それは、「サケ」と書かれています。

(写真:iStock.com/zepp1969)

昔から、「お酒は、百薬の長」などといわれていますから、100歳を越える人が飲んでいても納得できます。と同時に、お酒の好きな人たちの中には、「日本酒やビール、ワインなどを飲む大義名分ができた」と、心の中でほくそえむ人がいるかもしれません。

しかし、残念ながら、アンケート調査に出てくる「サケ」は、酒の「サケ」ではなく、魚の「サケ(鮭)」なのです。「なぜ、『魚』とか、『刺身』とかではなく、『鮭』という魚の一種の名前があがってくるのか」と不思議に思う人も多いはずです。

多くの種類の魚の中から長寿の人が食べている魚として、サケの名前があがってくる理由はわかるような気がします。それは、本来は、白身魚であるサケが身につけている「アスタキサンチン」とよばれる色素のためです。

サケは本来「白身魚」だった

赤身魚といわれるカツオやマグロの赤身のもとは、主にミオグロビンという赤色のタンパク質です。ミオグロビンは、人間の血液中に多くあるヘモグロビンという赤色のタンパク質と同じようなものです。そのため、カツオやマグロの身は赤いのです。

(写真:iStock.com/IPGGutenbergUKLtd)

ところが、サケの身の色は、カツオやマグロの身のように濃い赤色ではなく、薄い紅色です。この色が、アスタキサンチンという色素の色です。また、これは、エビやカニの甲羅の色でもあります。ですから、この色は、サケだけのものではないのですが、サケの英語名である「サーモン」をつけて、サーモンピンクといわれます。

サーモンピンクといえば、「ふつうのピンク色に少しくすんだ感じが加わった色」と表現されます。といっても、生身のサーモンの色か、焼いた切り身の色かで、微妙な色の違いがあります。日本工業規格(JIS)の色彩規格では、「やわらかい黄みの赤」とされています。

サケのからだにはピンク色がありますが、本来は、サケは白身魚なのです。「なぜ、白身魚といわれるのか」との疑問があるかもしれません。でも、実際に、サケは白身魚なのです。

 

この話は、一見、植物と関係なさそうで、「サケの身の色と植物に、どんな関係があるのか」と思われるかもしれません。実は、サケのサーモンピンクは、植物由来の色素の色なのです。

サケの身が薄い紅色をしているのは、主にオキアミという、海に浮遊している小さな動物性の生き物を食べるからです。オキアミは動物性の生き物ですから、サケの身の色であるアスタキサンチンと植物とは、まだ結びつきません。

オキアミは、植物の一種である緑藻類のヘマトコッカスなどを食べて生きています。近年、分類学では、「藻類は、植物ではない」とされることがありますが、「光合成をして、自分で栄養をつくり出して生きているものが植物である」という従来の考え方によると、緑藻類は植物と考えて差し支えはありません。

ヘマトコッカスは、海の中にいる緑藻類で、本来、緑色です。でも、栄養の不足や渇水、あるいは、強い光や高温などのストレスに出会ったときに、アスタキサンチンをつくって真っ赤になります。

アスタキサンチンは、ヘマトコッカスがストレスに抗ってからだを守るためにつくり出す物質なのです。サケの身の薄い紅色は、ヘマトコッカスがつくるアスタキサンチンが、オキアミを介して伝わってきたものなのです。

 

サケは、からだにもっているアスタキサンチンを次の世代に生きる子ども(卵)に託します。それがイクラです。イクラというのは変わった名前ですが、ロシア語で「魚の卵」という意味です。サケの卵であるイクラには、アスタキサンチンが詰まって色がついているのです。

サケは、次の世代を卵に託して、「いろいろなストレスに負けずに生き抜いてほしい」との願いを込めて、多くのアスタキサンチンを卵に与えているのです。そのため、サケ自身は、卵を産んだあと、白身に戻って死んでいきます。

関連書籍

田中修/丹治邦和『植物はなぜ毒があるのか 草・木・花のしたたかな生存戦略』

トリカブトのようなよく知られたものだけではなく、じつは多くの植物が毒をもつ。例えばジャガイモは芽のみならず、未熟な状態や緑化した状態で毒をもち、毎年食中毒被害がおきる。それらは、芽や、成長に必要な部分を食べられないための植物のしたたかな生存戦略だった。過去10年の食中毒被害データを中心に、生き残るために植物がつくり出す様々な毒と特徴を紹介。また、古より植物の毒を薬に転じてきた人間の知恵と最新の医学情報まで、有毒植物と人間の関わりを楽しく解説。

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植物はなぜ毒があるのか

ジャガイモ、アジサイ、ビワ……。いずれも私たちにとって身近な植物ですが、実はある共通点があります。それは「毒」を持っていること。実際、これらを食べたことによる食中毒被害が毎年のように起きているそうです。一体なぜ、植物に毒が宿るのか? そしてその毒を、人間はどのように怖れ、またどのように有効活用してきたのか? 自然の偉大さがよくわかる『植物はなぜ毒があるのか』より、一部をご紹介します。

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田中修

1947年、京都府生まれ。農学博士。京都大学農学部博士課程修了。米国スミソニアン研究所博士研究員などを経て、甲南大学特別客員教授・名誉教授。専門は植物生理学。『植物はすごい』『植物のひみつ』『植物はすごい 七不思議篇』(以上中公新書)、『植物のあっぱれな生き方』『ありがたい植物』(以上幻冬舎新書)、『日本の花を愛おしむ 令和の四季の楽しみ方』(中央公論新社)、『植物はおいしい』(ちくま新書)など著書多数。

丹治邦和

1969年、京都府生まれ。神戸大学農学部卒業。東京大学農学系研究科修士課程修了。弘前大学医学部脳神経疾患研究施設神経病理部門助手、米国テキサス大学内科学教室博士研究員、米国MDアンダーソンがんセンター博士研究員を経て、現在は弘前大学大学院医学系研究科脳神経病理学講座助教。

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