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中高年ひきこもり

2020.11.22 公開 ポスト

ひきこもりを「犯罪者予備軍」と見なすのは完全に間違い斎藤環(精神科医)

「ひきこもり」といえば、若者というイメージを持っている人も多いだろう。ところが今、40~64歳の「中高年ひきこもり」が増えているという。その数、推計で61万人。「8050問題」とも言われるこの状態を放置すれば、多くの家族が孤立し、親の死後には困窮・孤独死にまで追いつめられていく……。そう警鐘を鳴らすのは、この問題の第一人者である斎藤環さんだ。斎藤さんの著書『中高年ひきこもり』より、一部を抜粋しよう。

*   *   *

ひきこもりは「非社会的行為」

ひきこもりを「犯罪者予備軍」と見なすのは完全に間違いです。まずはそれを断言しておきましょう。

そもそも典型的なひきこもりは、社会との接点がないのが特徴です。そして他者を巻き込む犯罪は、ネガティブな形ではありますが社会へのコミットメントにほかなりません。犯罪が「反社会的行為」であるのに対して、ひきこもりは「非社会的行為」ですから、いわばベクトルが正反対。したがって、ひきこもりの人は本来、ふつうよりも犯罪を起こしにくい人たちなのです。

(写真:iStock.com/show999)

ところが、2000年に起きた新潟少女監禁事件と西鉄バスジャック事件によって、ひきこもりが犯罪を起こしやすいかのような誤解が生まれました。そこで突如ひきこもり問題への関心が高まったので、多くの人は直感的に「ひきこもり=犯罪者予備軍」という図式で見てしまったのです。

そのため当時はマスメディアでも、起きた犯罪そのものへの怒り以上に、ひきこもり自体を激しくバッシングする声が聞かれました。

しかし、本書でひきこもりの定義を知った方は、新潟の事件を「ひきこもりによる犯行」と見ることに違和感を抱くのではないでしょうか。家族以外の人間と接点や関係を持てないのが、ひきこもっている人の特徴です。

ところが新潟の犯人は、当時9歳だった少女という他者を誘拐して自分の部屋に連れ込み、9年以上もの長きにわたって監禁していました。非常にいびつな形ですが、彼は他者との関係を望んでいた。

 

こんな許しがたい行為を「社会参加」と呼ぶことには違和感を抱かれると思いますが、それを通じて彼が社会とコミットしたことは間違いありません。典型的なひきこもりであれば、あのような犯罪を実行することは著しく困難でしょう。

また、西鉄バスジャック事件の場合、犯行の引き金は「強制入院」でした。不本意な入院を強いられたことを恨んだ少年が、外泊中に暴発したのです。

しかも、親が本人の了承を得ずに医療保護入院を決めた直接の理由は、ひきこもりではなく家庭内暴力でした。不登校でもあったので、ひきこもり的な部分が皆無だったとは言えませんが、決して典型的なひきこもりではありません。

彼らは「モンスター」ではない!

また、この2つの事件が多少なりとも「ひきこもり的」な側面を持つ人間によるものだったとしても、その後そういう凶悪事件は2019年まで発生しませんでした。

その19年のあいだに、ひきこもりとはまったく関係のない犯罪者が無数の凶悪事件を起こしてきたことを考えれば、むしろひきこもりの人たちというのは犯罪率が極端に低い集団だと言えるでしょう。

(写真:iStock.com/taa22)

たとえば「会社員」「公務員」「教員」といった属性を持つ人たちのほうが、よほど犯罪率は高いでしょう。だからといって、会社員や公務員を「犯罪者予備軍」と見なす人はいません。誰でも、そんな解釈はバカバカしいと思うでしょう。ひきこもりを犯罪者予備軍と考えるのは、それ以上にバカバカしいことです。

でも、そんなバカバカしい先入観はなかなかなくなりません。おそらく実情をよく知らない人々にとって、ひきこもっている人が得体の知れないモンスターのような存在に思えてしまうのかもしれません。物事の考え方や行動パターンなどが自分とはまったく違う、常識の通用しない異様な人格の持ち主──といったイメージが独り歩きしている印象があります。

 

ここで1つ付け加えるなら、ある集団が、ほかの集団よりも統計的に犯罪率が高いという事実があったとしても、その集団を「犯罪者予備軍」と呼ぶことは差別でありヘイトスピーチにあたります。実際にはひきこもり状態にある人の犯罪率はきわめて低いわけですが、仮に高かったとしても、差別やヘイトが向けられるべきでないのは言うまでもありません。

練馬で元農林水産省事務次官がひきこもりの長男を殺したとき、「よくやった」などと加害者を賞賛する声がネットで聞かれたのも、そんなイメージがあるからでしょう。恐ろしいモンスターが野に放たれて通り魔などになる前に食い止めた父親は立派だ、というわけです。

こんな見方が出てくることには、戦慄を覚えざるを得ません。「ひきこもりは犯罪者予備軍だから誰かを殺す前に殺してしまえ」というのですから、これは殺人の教唆です。

繰り返しますが、そもそもひきこもりはそんな危険な存在ではありません。もし、このような誤解を政府までが共有してしまったら、ひきこもり問題を解決するために強制収容所をつくるような発想にもなってしまうでしょう。ひきこもり対策がそんな愚かしい方向に進まないようにするためにも、正しいひきこもり理解が必要なのです。

関連書籍

斎藤環『中高年ひきこもり』

内閣府の調査では、40〜64歳のひきこもり状態にある人は推計61万人と、15〜39歳の54万人を大きく上回る。中高年ひきこもりで最も深刻なのは、80代の親が50代の子どもの面倒を見なければならないという「8050問題」だ。家族の孤立、孤独死・生活保護受給者の大量発生――中高年ひきこもりは、いまや日本の重大な社会問題だ。だが、世間では誤解と偏見がまだ根強く、そのことが事態をさらに悪化させている。「ひきこもり」とはそもそも何か。何が正しい支援なのか。第一人者による決定版解説書。

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中高年ひきこもり

「ひきこもり」といえば、若者というイメージを持っている人も多いだろう。ところが今、40~64歳の「中高年ひきこもり」が増えているという。その数、なんと61万人。この状態を放置すれば、生活保護受給者が大量発生し、日本の社会保障制度を根幹から揺るがすことになる……。そう警鐘を鳴らすのは、この問題の第一人者である斎藤環さんの著書『中高年ひきこもり』だ。まさに「決定版解説書」といえる本書より、一部を抜粋しよう。

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斎藤環 精神科医

1961年、岩手県生まれ。医学博士。筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学、精神分析、精神療法。「ひきこもり」ならびに、フィンランド発祥のケアの手法・思想である「オープン・ダイアローグ」の啓蒙活動に精力的に取り組む。漫画・映画などのサブカルチャー愛好家としても知られる。主な著書に『戦闘美少女の精神分析』『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』(以上、ちくま文庫)、『アーティストは境界線上で踊る』(みすず書房)、『「社会的うつ病」の治し方』(新潮選書)、『世界が土曜の夜の夢なら』(角川文庫)、『承認をめぐる病』(日本評論社)、『人間にとって健康とは何か』(PHP新書)、『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)などがある。

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