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本屋の時間

2020.10.15 公開 ポスト

第96回

荒波を進む船辻山良雄

先週までずっと冷房をつけていたかと思ったら、ここ数日はぐっと冷え込み、温かい飲みものが身にしみる季節になった。人がマスクやフェイスシールドをつけるようになっても、周りの自然はいつものように変化を続け、そのたゆみのなさが今年はとりわけありがたく感じる。

 

二年前の秋、仕事で八戸を訪れた。大型の台風が日本を縦断しており、東京に帰る日の明け方近くが、ちょうど台風の青森県を通過する時間にあたった。こま切れの浅い眠りのなか、古いホテルはぐらぐらと揺れ、窓の外からは地鳴りのようなごうごうという音が、この世の終わりのようにずっと鳴り響いていた。

翌朝スマートフォンを見ると、何件かの着信履歴と1件の留守番電話が入っている。その見覚えのない番号は、店の近所に住む大家さんからだった。

道を歩いていた人から警察に、本屋さんのシャッターが風にあおられ、ぶらぶらして危険だから何とかしたほうがいいと通報があった。ちょうどこの辺りを見回っていたら、警察官がロープと土のうでシャッターを固定しているところに出くわし、その話を聞いた。とりあえずは大丈夫だと思うから、明日警察に電話して、土のうを返してほしい。

着信は深夜1時だったから、同じ台風が青森にくる4時間前くらいのことだろう。その時は大家さんに電話をして、よくよくお礼を言ったあと、妻に店を見に行ってもらった。

台風一過の午後、店に戻ると中村さんがいた。説明するのが難しいのだが、中村さんは個人で工事を請け負い、自ら職人として作業をする一方、電気や水道、左官、内装など専門の業者を必要に応じて手配もする。Titleはこの中村敦夫さんに工事を任せ、その後も何かメンテナンスの必要があれば、すぐに電話をして来てもらっている。

ダメだね、これは。シャッターが風でゆがんじゃって、上まで巻き上げられないのよ。ちょっと色は変わるけど知り合いのシャッター屋に同じ型の板があったから、しばらくはそれでがまんしてよ。

中村さんはこころなしか声がはずんでいる。トラブルとあらば燃えるタイプなのだ。

中村さんにカフェでコーヒーを飲んでもらっているあいだ、警察に電話をした。するとすぐに男性二人がやってきて、あっという間に土のうとロープを片付けた。若いほうの男性に話を聞くと、「今日はずっとこんな仕事です」と大きなよく通る声で答え、帰ってしまった。

 

雨の降る日、風が吹く日、店はそこに立っている。ぼつぼつと天井を激しく叩く雨音を聞いていると、この古い建物自体が荒波を進む船のようにも思える。

激しい夕立が降った夏の日の夕暮れどき、そこに居合わせたお客さんが不安そうな顔をしていた。

大丈夫ですよ。古くて沈みそうに見えるけど、そう簡単には沈みませんから。

そんな思いが伝わったのかはわからないけど、彼女は引き返してカフェの席に座った。そこで時間が過ぎるのを待つのだろう。

 

今回のおすすめ本

『それから それから』中野真典・絵 高山なおみ・文 リトルモア

ふってもふっても
あめふりやまず
あめのむこうに
はくりゅううまれた

水は集まり川となって、それから、それから、わたしのところまで運ばれてくる。ずっとそこにあったような、叙事詩のような物語。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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