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ホームレス消滅

2020.11.17 公開 ポスト

東京オリンピックとホームレス村田らむ

最近、路上生活者(ホームレス)の姿を見かけなくなったと感じることはないだろうか? 実際、各自治体の対策強化により、ここ10年でおよそ70%も減少したという。『ホームレス消滅』は、そんなホームレスの現状を取材歴20年のライター、村田らむさんが体当たりでレポートした1冊。決して他人ごとではない、彼らの生活のリアルが伝わってくる本書から、印象的なエピソードをいくつか紹介しよう。

*   *   *

2021年、新型コロナウイルスの世界的感染拡大で延期された東京オリンピック・パラリンピックが開かれる予定だ。

ホームレスに話を聞いていると、よく出てきた単語のひとつがこの「東京オリンピック」だった。ただ、1964年の東京オリンピックのことだ。

「いやあ、東京オリンピックの時がいちばん景気がよかったね。仕事はいっぱいあったし、賃金も高かった。それ以降はずっとダメだ」

そう語る高齢者ホームレスが多かった。

僕は1972年生まれなので、東京オリンピックの空気はまったく知らない。だから、1980年代のバブル景気の時のほうが景気はよかったんじゃないかと思ってしまうのだが、「バブル景気の時は、今よりはよかったけど、あんまり日雇い労働者には関係なかったね。東京オリンピックの時は、大きな箱(体育館などを指す)だけじゃなくて、土手の整備とか、道路の整備だとか、とにかくいっぱい仕事があったんだ」とのことだった。

たしかに開催が決定した1959年以降、建設ラッシュだった。東京では競技施設やホテル、東京をはじめ国内では首都高速道路、東京モノレール羽田空港線、東海道新幹線などの交通網の整備が進んだのだ。

 

一方、オリンピック前には野宿生活者や不法占拠している人に対して、立ち退きや排除の圧力がかかった。オリンピック時に海外から来る外国人を意識し、不衛生な環境を恥じ、「首都美化運動」が展開された。当時の東京の総人口は1959年時点で約908万人(*19)だったが、道路や河川はゴミや汚物で溢れており、公共の場を汚さないという意識が共有されていなかった。壊れた公衆トイレは「浮浪者の住居と化したものもある(*20)」状況だったという。

1959年7月14日付の朝日新聞によれば、浮浪者の総数は警視庁の調べでは、1958年時の春で4180人。その中には「都有地などに木切れやトタンなどを集めて小屋を作り、集団で住みつ」く人や「はいかい浮浪者」もいる状況で、とりわけ後楽園に接近する「都公園緑地部などの所有地に住みついている約330人の“住民”たち」には勝手に違法建築を法務局に申請して登記してしまう人もいたらしく、問題になっていたという。これに対して「警視庁では『オリンピックまでに住宅問題にからむ浮浪者対策をスッキリすべきだ』との意見が強く出てい」たようだ(カギカッコは記事引用部分)。

1964年3月16日付の朝日新聞では、その前の1960年にローマで行なわれたオリンピックで、「物乞いといかがわしい女性を市内から隔離したことを紹介し、オリンピック開催時には近県から推定500人の物乞い、浮浪者が東京に集まってくる」ということで、「施設への強制収容も考えるべき」だと主張している(*21)。

これは、本章で触れた1990年代に起こった新宿駅西口地下街からの立ち退き問題と構図が似ている。オリンピックが行なわれる近代的な国家に、ホームレスなどがいては見栄えがよくないということだ。

(写真:iStock.com/J2R)

そして、前の大会から半世紀経った2021年、2回目の東京オリンピックが開催される予定だ。これを受け、僕のもとにも、ジャーナリストやライターから電話があり、「東京オリンピック・パラリンピックが行なわれることによって、ホームレスが排除されるのではないか?」という質問を複数の人からされた。

もちろん、まったく排除がないわけではないだろう。実際、渋谷の宮下公園に隣接のホームレス村に住んでいた人は、オリンピック・パラリンピック前の開園を目指すMIYASHITA PARK設立のために立ち退きに遭った。現在、高速道路の高架下等にひっそり住んでいる少数のホームレスが、期間中は個別に立ち退きを迫られることもあるだろう。

加えて、東京都は、2024年度までに、ホームレスをゼロにするという長期ビジョンを掲げている。自立の意思を持つすべてのホームレスが地域生活へ移行するという目標のもと、今後も政策実施していくようだ。

しかし、ここまで書いてきた通り、2020年現在、東京の都心部で立ち退きをしなければならないほど大きなホームレス集落はすでに見当たらない。ホームレスは、東京オリンピック・パラリンピック開催が決まった2013年時点で、もうすでに一掃されていたともいえる。

2019年1月1日現在で東京都には1385万7443人がいる。一方、減少の一途をたどるホームレスは、同年1月現在、東京都には1126人しかいない。東京の人口に対して、わずか0.01%以下。まさに“絶滅危惧種”といえる。

*19─東京都の統計「総人口の地域別人口の推移(昭和31~平成31年)

*20─『東京都公文書館調査研究年報』第四号(東京都公文書館 2018年3月)収録の「東京都における「街をきれいにする運動」(昭和29年)に関する基礎的考察」(小野美里)の孫引き『都政人』(1954年5月号 都政人協会)収録の「街を美しくしよう」38頁

*21─『江戸川大学紀要』第28号(江戸川大学 2018年)収録の「東京オリンピックと日本人のアイデンティティー 1964年東京大会と首都美化運動、マナーキャンペーン」(斗鬼正一)の孫引き

関連書籍

村田らむ『ホームレス消滅』

現在、全国で確認されている路上生活者の数は4555人。年々、各自治体が対策を強化し、ここ10年で7割近くが減少した。救済を求める人がいる一方で、あえて現状の暮らしに留まる人も少なくない。しかし、ついに東京は2024年を目標とした「ゼロ」宣言を、大阪は2025年の万博に向け、日雇い労働者の街・西成を観光客用にリニューアルする計画を発表。忍び寄る"消滅"計画に、彼らはどう立ち向かうのか? ホームレス取材歴20年の著者が、数字だけでは見えない最貧困者たちのプライドや超マイペースな暮らしぶりを徹底レポート。

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村田らむ

1972年、愛知県名古屋市生まれ。ライター兼イラストレーター、カメラマン。ゴミ屋敷、新興宗教、樹海など、「いったらそこにいる・ある」をテーマとし、ホームレス取材は20年を超える。潜入・体験取材が得意で、著書に『ホームレス大図鑑』(竹書房)、『禁断の現場に行ってきた!!』(鹿砦社)、『ゴミ屋敷奮闘記』(有峰書店新社)、『樹海考』(晶文社)、丸山ゴンザレスとの共著に『危険地帯潜入調査報告書』(竹書房)がある。最新刊は20年にわたって取材し続け、ホームレスの今後を予測する『ホームレス消滅』(幻冬舎)。

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