作り上げてきた「自分」というアカウントからログアウトしたら、「本当の自分」になれると思っていた――
ゲイも、少年少女も、おじさんも、自分を生きるために明日への一歩を踏み出していく。痛みと希望を詰め込んだ一冊『#塚森裕太がログアウトしたら』。その冒頭を試し読みとして公開いたします!
前回「ツイッターで知り合った三十三歳の男の人に抱かれにーー同族、清水瑛斗(2)」
* * *
放課後、みんなと同じように学校を出て、みんなと同じようにバスに乗り、みんなと同じように電車に乗って、みんなと違いセフレに会いに行く。
付近の住民しか使わないような小さな駅で電車を降りて、バスロータリーに出る。味気ない街並みが視覚を、ディーゼルエンジンの排気ガスが嗅覚を刺激し、記憶を引き出してズボンの中のペニスを硬くする。条件反射。パブロフの犬。「淫乱ワンコめ」。いつか耳元で囁かれた声が、脳内で鮮やかに蘇った。
古びた四角い建物が立ち並ぶ団地に入る。棟に入ってエレベーターに乗った時、スーパーの買い物袋を提げたおばさんと一緒になって少しヒヤリとした。見かけない顔と制服ね。どこに行くのか見届けてやろうかしら。そんなことを思われていないか心配して、だけどおばさんが先に二階でエレベーターを降りて、ほっと胸を撫で下ろす。
四階でエレベーターを降りる。共用廊下の隅で大きな蛾が干からびて死んでいるのを見て、ちょっと気分が落ちた。部屋のインターホンを押すとドアはすぐに開き、無精ひげを生やして髪をぼさぼさに散らかした男が現れる。
「入れよ」
タバコ焼けした声が、鼓膜と股間にじんと響いた。言われた通り中に入ると、男がドアを閉めて鍵をかける。そしてすっかり勃ち上がっている僕の股間をわしづかみにし、耳に顔を寄せて囁いた。
「変態」
脊髄に甘い痺れが走る。どう考えたって男子高校生を自宅に呼びつけてその股間を揉んでいる男の方が変態だけど、そんなことはどうでもいい。男が僕のことを変態と呼ぶならば僕は変態なのだ。それがこの場のルール。
男がスウェットの下を、下着ごと膝まで下ろした。赤黒い先端が露出した、いかにも肉の塊といった風体のペニスが現れる。僕は学生鞄を床に置いて男の前にしゃがみ、ペニスの先端を口内に受け入れた。生臭い香りが外側と内側から鼻の奥を撫で、駅のロータリーで嗅いだ排気ガスの臭いと、それを嗅いで勃起したことを思い出す。
子どもの頭を撫でるように、ペニスの裏筋をちろちろと舐める。呼応するように、男が僕の頭を優しく撫でる。僕はこの時間が好きだ。僕で興奮してくれている。それを褒められている。その二つを同時に感じることのできる、この時間が。
「よし」
男が額をぐいと押し、ペニスから僕を引き離した。唾液とカウパー腺液の混ざった粘っこい液体がぽたりと玄関に落ちる。挨拶はおしまい。ここからが本番。男がスウェットを上げて部屋の奥に向かい、僕もローファーを脱いで後をついていく。
僕は、この男の名前を知らない。
ツイッターのユーザーネームが「山崎」だったから、とりあえず「山崎さん」と呼んでいる。だけど僕の名乗っている「ノボル」が偽名なように、間違いなく偽名だろう。部屋を漁れば名前の書かれた書類ぐらいすぐに見つかりそうだけど、失礼だし、何より興味がないのでやっていない。僕は山崎さんの恋人になりたいわけではないのだ。ただツイッターのダイレクトメッセージで連絡をくれて、会ってみたらセックスの相性がよくて、それからちょくちょく呼び出しがあるから来ているだけ。こっちから山崎さんに「会いたい」という連絡をしたことは一度もない。
僕はセックスが好きだ。興奮して硬くなったペニスは、僕のことが必要だと雄弁に語ってくれる。そんなのは若いうちだけなんて説教する大人は何も分かっていない。どうしてそれを僕たちが自覚していないと思っているのだろう。使える武器を使えるうちに使っているだけなのに。
他に何か武器を持っていれば、きっと僕はこうならなかった。顔がいいとか、頭がいいとか、運動神経がいいとか、塚森裕太が持っている武器の一つでもあれば、それで。だから歩く武器庫みたいな塚森裕太は、こんなことはしていないと思う。もしかしたら男とキスをした経験すらないかもしれない。だとしたら僕は、その点では塚森裕太に勝っている。
勝ってどうすんだって話だけど。
* * *
次回に続きます。
#塚森裕太がログアウトしたら
高3のバスケ部エース・塚森裕太は自分がゲイだとInstagramでカミングアウト。それがバズって有名に。
このカミングアウトが、同じ学校の隠れゲイの少年、娘がレズビアンではないかと疑う男性教師、塚森を追いかけるファンのJK、塚森を崇拝しているバスケ部の後輩へと変化をもたらしていく。そして塚森自身にも変化が表れ…。
作り上げてきた「自分」からログアウトしたら、「本当の自分」になれると思っていた――痛みと希望が胸を刺す青春群像劇。
- バックナンバー