作り上げてきた「自分」というアカウントからログアウトしたら、「本当の自分」になれると思っていた――
ゲイも、少年少女も、おじさんも、自分を生きるために明日への一歩を踏み出していく。痛みと希望を詰め込んだ一冊『#塚森裕太がログアウトしたら』。その冒頭を試し読みとして公開いたします!
前回「若いうちだけなんて説教する大人は何も分かっていない。ーー同族、清水瑛斗(3)」
* * *
僕と山崎さんのセックスは、いつも山崎さんが先に射精する。その後、山崎さんが僕のペニスをしごき、射精させてセックスは終わる。いかにも事後処理って感じだけど、耳元で「ほら、イケ。変態小僧」とか囁いてくれるから義務感はあまりない。そういうところに僕は山崎さんとの相性のよさを感じているのだと思う。
出した後はシャワーを浴びる。山崎さんの部屋の風呂場は汚い。ボディソープの容器の表面がうっすら黒ずんでいて、逆に汚れそうな気さえしてくる。それでも尻の谷間にこびりついたローションとかを落とさないとどうしようもないから、シャワーを浴びないで帰ったことはない。
風呂場から出ると床にバスタオルが用意されているので、それで身体を拭く。それからリビングに戻り、眼鏡や下着や制服を身に着ける。僕がそうやって帰る準備をしている間、山崎さんはいつもスマホをいじっている。別の相手を物色しているのかもしれない。僕より上玉を見つけたら連絡は来なくなるだろう。まあこっちも同じことをしているから、文句は言えない。
「山崎さん」学生鞄を担ぎ、床にあぐらをかいている山崎さんに声をかける。「そろそろ帰ります」
山崎さんが「ん」と鼻を鳴らした。それから財布を取り、千円札を二枚抜き出して差し出す。名目は交通費だけど、ここに来るのに二千円もかからないから、実際はおこづかいだ。安く見られている気もするけれど、ありがたく貰っておく。
「じゃあ、良かったらまた連絡ください」
「おう。あ、そうだ。一つ聞きたいことあんだけど」
「なんですか?」
「塚森裕太くんってどんな子? 同じ学校だよね?」
脳髄に、楔が打ち込まれた。
思考の歯車がピタリと止まる。頭が真っ白になる。なんで山崎さんの口から、塚森裕太の名前が出てくるんだ。分からない。分からないなら、聞くしかない。
「塚森さんのこと、知ってるんですか?」
「さっき知った。バズってるから」
山崎さんが自分のスマホをつきつけてきた。僕は眼鏡の鼻あてを押さえて目を凝らす。開かれているアプリはツイッター。映っているのは、知らない人のツイート。
『このカミングアウトを読んで、年甲斐もなく泣いてしまった。少年に伝えたい。君の勇気を心の底から讃たたえたいと。そして君の仲間は、たくさん、本当にたくさん、あちこちにいるんだということを』
ツイートに添付されているスクリーンショットは、間違いなく塚森裕太のカミングアウトだ。併記されているアドレスは例のインスタグラムへのリンクだろう。リツイート数もいいね数も四桁後半。文句なしにバズっている。
僕も一度だけバズったことがある。電子書籍で読んでいた古い漫画にツッコミどころ満載のシーンがあったから、表のアカウントの方でスクリーンショットを撮ってツイートしたらバズった。SNSで話題になることを意味する「バズる」というスラングは、蜂が飛び回る羽音を示すbuzz という英単語から来ているらしい。確かに、次から次へとひっきりなしにリツイートやいいねの通知が飛んでくる感覚は、飛び回る蜂の群れに放り込まれたようなものがあった。
世界に見つかった。
一言で言うと、そんな感じだ。
「ノボルくんは塚森くんと話したことないの?」
「……ないです。学年も違いますから」
「ふうん。でも彼すごいイケメンだね。女の子にもモテそう」
山崎さんがにへらと笑い、タバコで黄ばんだ歯を見せつけた。
「どうにかして連れてこれない?」
できるわけねえだろ。
ツイッターで高校生をナンパする小汚いおっさんのお前が、あの塚森裕太とヤれるわけないだろ。あいつと僕たちは住む世界が違うんだ。お前には僕ぐらいがお似合いなんだ。それぐらい、言われなくても察しろよ。
「無理ですよ」
困ったように笑ってみせる。山崎さんは「そっか」と呟き、またスマホをいじり出す。床にあぐらをかいてスマホをいじる山崎さんを見て、僕は小さな頃に動物園で見た、餌のりんごを大事そうに抱える猿を思い出した。
* * *
次回につづきます。
#塚森裕太がログアウトしたら
高3のバスケ部エース・塚森裕太は自分がゲイだとInstagramでカミングアウト。それがバズって有名に。
このカミングアウトが、同じ学校の隠れゲイの少年、娘がレズビアンではないかと疑う男性教師、塚森を追いかけるファンのJK、塚森を崇拝しているバスケ部の後輩へと変化をもたらしていく。そして塚森自身にも変化が表れ…。
作り上げてきた「自分」からログアウトしたら、「本当の自分」になれると思っていた――痛みと希望が胸を刺す青春群像劇。
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