累計200万部を超える「狩人」シリーズの最新作『冬の狩人』。3年前にH県で起こった未解決殺人事件の真相を、新宿署のマル暴・佐江とH県捜査一課の新米刑事・川村が追う警察小説だ。書評家・杉江松恋さんによる著者の大沢在昌さんへの特別インタビュー第3回目は、シリーズの次回作について迫った。
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登場人物は使い捨て
—今回のヒロインについて伺いたいんですけど、女性の「阿部佳奈」。ヒロイン像としていかがでしたか?書きやすかったですか?
書きにくいですよ。出せば出すほど彼女の正体が見えてきてしまうので、どれだけ引っ張ろうかなと。ただ、あんまり引っ張ると読者はシラケちゃうので、そこはやっぱりどこかで出さなきゃいけない。だからネタバレになっちゃうとまずいけど、謎を二段構えにしています。
—初めからあの構想はあったのですか?
いや全然ない。途中で、いやこれ、このままじゃストレート過ぎてつまんねえなと思って。そうして新しい要素を入れると、後で辻褄合わせねえとまずいぞ、みたいになって(笑)。まあそこらへんは考えていると割と楽しいんですけどね。
ただこういう場合、一人の主人公だと結構煮詰まるんだけど、佐江と川村で視点をキャッチボールしながら物語を進めていくことによって、こっちも一緒になって考えられるのから書きやすかったってところはありますね。
鮫島の場合は一人ですので、書いている方も煮詰まっちゃうんですよね。昔は桃井という話し相手が彼にもいたけど、今は桃井もいなくなっちゃいましたし。
—大沢さんの作品では結構、キャラを使い捨てにすることがあると思います。勿体なくなったりしないんですか?
うーん。あんまり思わないですね。例えば「新宿鮫Ⅰ」に出てきた……、名前覚えてないや。あのヤクザ(※真壁俊三)。『新宿鮫Ⅷ 風花水脈』にも登場しましたけど、あれは読者がとにかくあいつに会いたい、という声があまりに多いので仕方なく出したというか。
—殺してなかったし?
そう。それがありました。あとは仙田とか、ああいうシリーズを通しての悪役は別ですけど、それ以外の登場人物はあまり再利用しないという決め方をしています。今回も野瀬を出してはいるけど、電話で何回か出るだけという。
—その辺のバランスも良かったです。シリーズの読者は、にやりとできるけど、知らない人でも問題はない。
なんかずるいじゃないですか。シリーズが長くなると、「一から読まなきゃいけないんですかね」という人がどうしても出てくる。いや、どれから読んでも大丈夫です、と言うんだけど、まあ読む側からすればハードルは上がるよね。
シリーズとして読者にウケる面と、新しい読者を引っ張り込まないといけない面がありますからね。
—今回の作品でも『北の狩人』から読んでいると、ここまでの変遷がわかる。『北の狩人』と『砂の狩人』の対となっている感じから『黒の狩人』で全く違うものに変わっていく感じなど。基本的にシリーズを追うごとに、エンターテイメントの質が変わってきますよね。
そこは深く考えていないというか。書き手からすればその作品はその作品でもう、いっぱいいっぱいなので。変えていこうとか、そういう気持ちはないんですよね。結果として変わっているのは、書き手としての成長なのか、退化なのか。
たとえば『砂の狩人』ではあれだけの銃撃戦を書いて、『黒の狩人』ではある種のスパイものみたいにしたり。そこから『雨の狩人』では妙なロマンチズムを書いてテイストを変えた。料理で言えば、中華はもういいから次はイタリアンだ、和食だ、という感じですよね。だから料理人としてはそれほどの種類を作れないので、やっぱりそう何本も『狩人』も続けられないと思いますよ。この後の『棺の狩人』というのを書いたらそろそろね(笑)。
そういうこと言うと「またまた。そんなこと言わないで」なんて、担当者は言うけどね。まあこっちも商売として売れるとなれば、おかげさまでこの「狩人」シリーズは非常に読者の支持も多いので、つい、欲望に流されるというかね(笑)
「狩人」シリーズ、次回作は『柩の狩人』
ー次作の構想がもう決まっているんですか!
実は、この『冬の狩人』を書いている間に、次のタイトルが思い浮かんじゃって。えっ、てことはまだ書くの俺?と思って。
そう言ったら幻冬舎の人間はみんな大喜びしてたんですけど、今度は『柩の狩人』というタイトル。
ーおお。いいですね。
うーん。これ勿体ないから書くかみたいな。中身はともかく置いといて、先にタイトルだけ思いついちゃうとね。前もね『新宿鮫』のⅠを描いているときに『毒猿』というタイトルを思いついてね。全然意味がない言葉なんだけど、なんかこれ使えそうだなって。
そういう意味では、この『冬の狩人』の後、いつになるかわかりませんけど、『柩の狩人』を書きたいなと思ってますけどね。
—「狩人」シリーズもかなり長寿ですよね。
鮫島は三十年だけど、佐江ももう二十年以上か。でもまあ、たかだか六作だからね。
さっきも本のカバーを見て、えっ六年も経ってる?と思ったけど、そうか。もうそれぐらい経っているのかって。そうすると『新宿鮫Ⅺ 暗約領域』が八年ぶりだし、まるで俺が全然仕事してねえみたいだな。
—ははは(笑)。サボっている人みたいですね。
サボってないしな(笑)。毎年毎年、新刊出しているけどシリーズがそんなに続々出ていないだけでね。知らない人はすげえサボってると思われるかもしれないけど。
—ちなみに『冬の狩人』の主な連載は東京スポーツだったんですか?
いや違いますね。最初は地方紙で、東スポには後から掲載を始めたんですよ。
色々な新聞で連載をしていたので、本にするまで時間がかかってしまった。
—連載前の東スポのweb記事見ましたよ。全然作品に触れずにクラブなどの話をしている内容ですよね?
あのばかばかしいやつ。ミニスカートがどうのってね(笑)。なんで俺が東スポで連載始めるって話が、あんなのになったのか。東スポらしいわとは思った。
—見出しが凄かったですね。作家をなんだと思っているんだと(笑)
北方謙三の話も出てきて、一応こういう記事になったけどって本人に言ったら笑っていた。どんどんいいよ。やってくれとか言ってたね。肝心の小説の話がほとんど入っていなかったからな(笑)
短い言葉で説明するのが、小説における心づかい。
—毎回大沢さんの作品を読んでいると思うことがあります。事細やかな小説だなと。
不適切であってはいかんと思うんですよね。とはいえ、うるさいのもダメ。説明が過多で「わかってる。しつこいんだよ」というのもいけないし、と言っても「え、なにこれどうなってんの?いきなりこんなやつ出てきたよ」というのもダメ。僕の中ではこのレベルが当然、変わってきていると思うんです。親切さというかね。若い時はもっと丁寧じゃなかったかもしれない。
—『冬の狩人』でいいなと思ったシーンがあって、佐江が銃撃戦の中で「熱くなると死ぬぞ」と言った場面。そこから少し後のページで銃撃戦が終わると、現場の指紋を川村が消さないように「手袋をしろ」って冷静に言う。ああいうところでキャラの場数、経験値がわかるようになっている。
そういうことは染みついているのかな。あまり考えてないです。
—キャラクターの凄みって出そう出そうと思っても出ないですよね。でも大沢さんは必ずどこかで出ると思って書いてらっしゃるから、あそこで出たんだと思っています。
出来上がっているキャラなんでね。そんなものは心配していないです。佐江ならこの場面でこうするだろうっていうのがもうすでにある。逆に、もしもそれを佐江がしなかったら僕のミスです。自分の中にいるキャラクターとして佐江を書いているので、彼がそうすることは必ずそうする。
—それでも初めの頃は手探りでしたか?
手探りです。でもそこは説明しちゃうとダメじゃないですか。ベテランっていうことを説明してどうするんだって話だからね(笑)
「佐江はベテランの刑事だ」と書いたら、お前それは作家として放棄だろって読者も思うからね。そこはやっぱり直接書かないで、所作一つで「あっこいつベテランなんだ」って読者に思わせるのがプロの作家だと思うのでね。
写真/庄嶋與志秀
お知らせ
『冬の狩人』の発売を記念して12月17日(木)19時半より、大沢在昌さんのオンライントークイベントを開催します。書籍購入者は参加費無料、未購入者もホームページから書籍を購入いただくことで参加が出来ます。詳細・お申し込みは幻冬舎大学のページからどうぞ。
さらにTwitterでは「あなたが大沢在昌作品のキャラクターになる! #冬の狩人 キャンペーン」も開催中です。詳細はこちらから。
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