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ツレ&貂々のコドモ大人化プロジェクト

2011.10.15 公開 ポスト

その64

映画公開初日のこと望月昭/細川貂々

 二〇一一年十月八日、土曜日。相棒の漫画『ツレがうつになりまして。』を原作にした映画が完成し、全国で公開された。相棒の漫画は、事実を下敷きにしたコミックエッセイというジャンルで、つまりは相棒自身と僕のことを描いたものだったから、僕たち夫婦のことが映画になって公開されたとも言える。
 もちろん、事実を元に漫画が描かれたときにも、現実を作品にはめこむという形での脚色はあったし、さらに漫画を映画化したときには、さまざまな人たちの思いが加味されて再作品化された。そして演じる二人は宮﨑あおいさんと堺雅人さん。現実の僕らと比べても、ずいぶん美貌のお二人だ。ペットのイグちゃんや、周囲の人たちも現実よりもずっとグッド・ルッキング。映画ってそういうものかもしれないが、何もかも美しすぎる?
 だけど、見た目の麗しさはさておいて、僕ら二人が経験したことの根幹にあるようなものは、映画化作品でもゆるぎなく残されていたと思う。言いたいこと、伝えたかったことは映画の中でもうまく表現されている。

 と、そのように原作者夫婦が映画にいわゆる「お墨付き」を与えたので、僕らも全面的に映画公開前の宣伝活動に協力しなければならなくなった。義務ではなく、素晴らしい映画だったので進んでそうしたかったのだが……。
 そんなわけで、九月の後半からあちこちの試写会に足を運んで挨拶したり、地方のイベントに参じて、相棒がサイン会をしたり、二人でトークショーをしたりした。移動手段は常に鉄道にしてもらって、鉄道オタクの息子も連れていくことにした。息子はいろいろ珍しい鉄道にも乗れて大満足だったようです。行く先々のスタッフさんたちにも可愛がってもらえた。親子共々お世話になりました。
 そして、最後の旅程では北陸から特急「はくたか」と上越新幹線を使って首都圏に戻ってきた。ようやくリフォームが済んだ浦安のマンション、現在の通称「東京事務所」に宿泊して、映画の初日を迎えた。

 初日が近づくにつれ、僕たちはどんどん緊張してきていた。むろん映画に関しては脚本を受け取って制作に了承をした三年前から、すでに僕らの手元を離れていたとも言える。それでも、昨年十二月の映画化決定の瞬間に立会い、さらに今年一月の撮影では相棒は一スタッフとして参加していたし、家族でちょこっとだけエキストラ出演もして撮影を終え、二月の編集、三月の震災以後のいろいろな混乱も乗り越え、ようやく公開にたどり着けたということを思うと、本当に感涙ものだったのである。映画公開の前日にまで相棒と二人で「気を抜くな。また大地震がおきるかもわからない。延期になってもがっかりするまい」と声を掛け合っていたくらいだ。

 公開前から宣伝活動に参加していたということもまた、緊張を高める要因だったと言えよう。映画の宣伝スタッフの熱意や、地方の映画館での盛り上がりをすでに目にしていて、それが公開の直前になるに従ってテンションが高くなっていく様子だったのだ。そうした緊張のために、相棒は公開初日の舞台挨拶のために「何を着ていくか」ということに頭を痛め、最終的に一着しか着ていけないにもかかわらず、何着かの服に散財をし、さらに前日に組み合わせを試みる上で、幾つかの服やアイテムを宝塚に置いてきてしまったことに気づいて嘆いていた。僕も初日の舞台に立った自分のことを考えて悩んだが、僕のほうは思考を停止し「いつもと同じ普段着で行く」ということにしてしまった。どうせコドモを連れて行くのだし、僕の服は常にコドモに汚されてしまうことになっている。以前にもそんなことを理由にして、知人の結婚式に普段着で出向いたな。

 そんな調子だったので、初日の舞台挨拶に出向くまでにも、三人で家を出たところから喧嘩などをしていた。僕は移動の日々と急な天候の変化に振り回されて、少し風邪気味だった。そうだ。九州イベントの初日には半袖Tシャツで臨んだのに、富山に着いたとき、周囲の人たちがジャンパーなどを着込んでいるのを目の当たりにして青ざめたものだったんだよな。咳き込んでいる僕の様子を見て、相棒は体調管理がなっとらんと怒り、さらに僕の服のことにも難癖をつけた。極度の緊張から来るものだとは察したが、僕も体調が悪かったし、息子がこれまた時と場所をわきまえずにぐずる。浦安駅に着くまでに、イベントの参加を断念して自宅で静養しようと思って、何度か引き返そうとしたくらいだ。
 それでも、こんな機会は生涯に数えるほどしかない。おそらくこれくらいの晴れ舞台と言えば、十六年前に相棒と結婚式を挙げたとき以来とも言えるだろう。本調子でなくてもその場所に行き、なんとか与えられた役目を遂行せねばならぬ。そう思って、キレまくる相棒の悪口雑言にも耐え、息子をベビーカーにくくりつけ、地下鉄に乗って銀座に向かった。途中乗り換えるときに、茅場町駅のホームに降り立ったら、そこに『ツレがうつになりまして。』の巨大なポスターがあった。ずっと関西圏や地方を回っていたので、目にしたことがなかったのだが、首都圏ではこうやって宣伝されているのだと実感した。

 そして東映の本社に着いて、宣伝部の人や監督さん、主演のお二人にもお会いして挨拶し、半年ぶりにイグちゃん役で演じていたタレントイグアナの「イグっち」にも再会して触らせてもらった。なぜか東映本社の屋上には神社が設置されているのだが、その「東映神社」でのヒット祈願にも参列し、それから舞台挨拶もこなした。初日の舞台挨拶のあと、ちょっとしたイベントが企画されていて、それは相棒がデザインしたキャンペーン用のアイマスクをお客様がみんなで顔につけて手を振るというものだったのだが、本当に会場一杯にお客様が入っていて、その人たちが相棒の漫画の顔になってしまっているので、それを見た息子はちょっと怖がっていたみたい。そのイベントのときの掛け声が「ツレうつが映画になりまして〜」というものだったのだが、それを聞いて「ああ本当に映画になったのだなあ」と漠然と思った。
 僕ら二人の闘病生活が漫画作品になり、出版されて数万人の読者を獲得したときにも「スミマセンなんか申し訳ない」と思ったものだったが、多くの人の助力を得て映画になって、こんなにたくさんのお客様の前で公開されているというのは、申し訳ないを超えて「恐れ多い」と思ったものの、もう自分たちの手を離れているということも確実なので、そういう意味では気楽だなとも考えた。気楽かもしれないが、でもやっぱり、こんなにたくさんの人たちが「ツレ」というキャラクターを知っていて、「ツレ」というキャラクターは曜日ごとにネクタイを変えているということも知っているというのは妙なものだ。

 映画の公開初日のイベントは無事に終わった。お客の入りは全国的にまずまずで、「大入袋」というものも配られていた。『ツレがうつになりまして。』の映画は、興行的な成績も良く、たぶん映画の制作にかかわった人たちの期待にも応えることができたようだ。宣伝にも携わった僕たちの役目も無事終了で、本当に肩の荷が下りたというところだ。
 午後には解放されて、僕たちはいったん浦安の旧宅に戻ってきた。早くもメールで送られてきたマスコミ共同の取材写真を見ながら、相棒が僕に言ったことは。
「なんか、キミはいつも同じ服でもぜんぜん大丈夫だなあ。キミの顔と動作が、堂々としてるっていうか……。この写真で見ると、キミは堺さんとあおいちゃんと同じ側の人間で、私と佐々部監督が、なんか舞台に出て落ち着きませんって側の人間なんだよなあ。こっち側の人間は埋没しないために、華やかな服を着なきゃダメなんだよ」
 いつもと同じ服でも問題ない、ということをどうやら認めてくれたらしい。でもやっぱり、自分は着飾りたいということらしい。 

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ツレ&貂々のコドモ大人化プロジェクト

『ツレがうつになりまして。』で人気の漫画家の細川貂々さんとツレの望月昭さんのところに子どもが産まれました。望月さんは、うつ病の療養生活のころとは一転、日々が慌しくなってきたのです。40歳を過ぎて始まった男の子育て業をご覧ください。

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望月昭/細川貂々

望月 昭
1964年生まれ。幼少期をヨーロッパで過ごし、小学校入学時に帰国。セツ・モードセミナーで細川貂々と出会う。 卒業後、外資系IT企業で活躍するも、ある日突然うつになり、闘病生活に入る。2006年12月に寛解。現在は、家事、育児を一手に引き受ける。著書に『こんなツレでごめんなさい。』(文藝春秋)がある。

細川貂々
1969年生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、漫画家、イラストレーターとして活動。夫のうつ闘病生活を描いた『ツレがうつになりまして。』がベストセラーに。結婚12年目にして妊娠が発覚。現在は、夫と息子、ペットのイグアナたちと同居中。その他の著書に『その後のツレがうつになりまして。』『イグアナの嫁』(共に小社刊)『どーすんの?私』『びっくり妊娠なんとか出産』(共に小学館)など多数。

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