前々回の報告では「文字に興味をおぼえる」という内容を書いたのだが、その時点では「い」「た」「み」といった文字を表で指し示すことを所望しても、まだその表の位置で文字を把握していて、それぞれの文字が単独で表記されていても読めなかった息子だが、ついに幾つか文字を把握したようである。
幾つかの文字の代表格は、「も」「と」「ま」「ち」だ。
これは鉄オタの息子らしく、JRの神戸線(山陽線)の「元町」のことである。自分の名前の文字は「もちづきちとせ」なのだが、自分の名前の文字と三文字が共通している。そんなところが気に入ったらしい。そして共通していない文字である「ま」も気に入ったらしい。しばらく神戸線に乗ってたどり着く「すま」の「ま」だけを指さして。
「ま、ま、まがある。まーや」
と主張していた。「ま」が気に入ったんやな。
しかし、自分の名前の中にある「せ」や「き」はあまり注意が向いていないらしい。というか好きじゃないらしい。そして相変わらず濁点は混乱するのか、これも好きではないようだ。
最近は濁点をはずして喋るクセまでついてしまった。これは何かというと、電車の車掌さんのモノマネである。そういえば車掌さんは濁点を適当に発音している。
「とみらが、しまりまーす」(扉がしまります)
「ついは、ひまりがおかはなやーしき」(次は雲雀丘花屋敷)
ついでに言うと、車掌さんの「が」は鼻濁音だったりする。
車掌さんはどうして濁点を置き換えてしまうのか。それはきっと車内放送のマイクの感度や性能に依拠する伝統なのか、それとも一日中しゃべり続けて負担にならないテクニックなのか。あるいは、単に車掌さんが花粉症なのかもしれないが。しかし息子よ、さすが耳がいいというか、単にモノマネがうまいのか?
息子は幼稚園の春休み中、衛星放送で鉄道番組を見て過ごしてしまった。サテライトの無料放送などもあったのだ。録画して繰り返し繰り返し見たものもある。そのせいか「鉄道唱歌」なるものを口ずさむようになってしまった。暖かくなってきたので、実物にも乗せてやろうと思い、本人の希望を聞いたところ「いがにんじゃてつどうに、のりたいです」と希望を出してきた。
伊賀鉄道は、以前近鉄で津に行ったときに通過した「伊賀神戸(いがかんべ)」という駅から出ている第三セクターの単線電気鉄道である。終点は伊賀上野という駅で、こちらはJR関西線が一時間に一本停まる駅である。忍者鉄道はマスコット的な列車で、車体に松本零士さんの描いた忍者の絵があしらわれている。というか、前方はそのまんま忍者の顔だ。
三重県伊賀市。微妙な遠さだが、大阪から特急で一時間、急行で一時間二十分くらい。僕らの住んでいる兵庫から大阪に行くと、梅田までなら四十分、近鉄の出発する難波や上本町、鶴橋まで乗り換えを入れても一時間程度で行けるのだ。ネットで検索すると、忍者電車が運行している時刻表も閲覧できる。十一時半頃忍者電車が伊賀神戸を出発するらしい。それに合わせてスケジュールを組んで、父子は忍者鉄道に乗る旅に出かけた。
毎度のことながら梅田でちょっと迷い、近鉄に乗り換える大阪上本町でもっと迷ってしまった。
乗ろうと思っていた急行が上本町始発なので、地下ホームではなく地上から出発するという基本ルールを認知していなかったのである。東京だと京王線や小田急線の新宿駅で同じような失敗をやらかしたことがある。それで急行を特急に切り替えることにして、特急券を買い足しした。急行はオール自由席のフリートレインなのだが、特急は全席指定で、座席にあぶれることはない。しかし僕らのコンビは一名が未就学児なので、混雑していると息子は僕の膝の上が指定席になる。幸いなことに、この日の特急賢島行きはすいていて、二階建てビスタカーの二階席窓側を獲得することができた。
「つ、つ!」
息子がさっそく、駅名表記を見て叫んでいる。あっという間に三重県に着いたわけではない。上本町の隣の駅「つるはし」で、最初の一文字だけ読めると主張しているのだ。
そんな調子で、近鉄特急はぶんぶん走り、息子は対向の特急とすれ違うたびに「アーバンライナープラス、アーバンライナーネクスト、いせしまライナー」などと叫んでいる。僕にはよくわからないが、すでに近鉄特急の車種をマスターしているらしい。
「やまとたかだ」「やまとやぎ」を通過し、「はいばら」に至る。それから「なばり」だ。
例によって、車掌さんのアナウンスを聞いていた息子は「つぎは、なまりだって」と報告してきたが、「名張」である。このあたりから三重県だ。名張はなかなか大きくて立派な町である。一つ一つの家がとても大きい。息子がテレビ番組で得た知識によると、伊賀鉄道も昔は名張まで運行されていたらしい。今は近鉄との競合を避け、伊賀神戸から伊賀上野までに縮小してしまったらしいが。
やがて近鉄特急は名張を出発し、伊賀神戸に到着する。伊賀市は平成の大合併で誕生した新しい市だが、伊賀という地域名を共有してきた市町村の合併なので、すんなり名称も決まったようである。伊賀組み紐とか陶器の「伊賀焼き」。そして俳人松尾芭蕉の出生地。さらには伊賀流忍法の使い手(服部半蔵など)が誕生した地としても知られている。そういう由来の「忍者電車」なのである。
近鉄特急を降りた僕たちは、すぐ隣のホームに移動して、忍者電車がやって来るのを待った。平日なので乗降客も少なく、のんびりしたローカル線の雰囲気が楽しめた。やがて巨大な顔が描かれた忍者電車がやってきて、僕らはそれに乗った。忍者の顔は頭巾を被っているので目しか見えないが、その目は「銀河鉄道999」のヒロイン「メーテル」のようにまつ毛が長く、あきらかに女性の顔をしていた。ピンク色の忍者電車には「くの一号」と書かれているので、これは女性であることが確実なのだが、他に青い忍者電車、緑色の忍者電車もある。息子は「おとこのにんじゃでんしゃ」と主張するのだが、僕には全部が女性に思えてならなかったのだが、どうなんでしょう?
それにしても。正統的な鉄道ファンだと、これはちょっと尻込みしてしまうかもしれない。かといって、最近流行している「萌え系」からはずいぶん遠いようにも思える。松本零士さんの絵は僕らの世代には懐かしいが、忍者漫画で売れていた人というわけでもない。
「たとえば白戸三平さんとか、石ノ森章太郎さんだったらどうなんや?」と思ったのだが、前者は「甲賀忍法帳」などを描いているし、石ノ森章太郎さんの代表作の一つは「さるとびエッちゃん」で、猿飛佐助というのも甲賀流に連なる忍者の一人という設定なのだ。なかなか伊賀流としては人物選定に苦労したのかもしれない。
列車の正面に顔が描いてあるという意匠は、少しだけ「きかんしゃトーマス」を思わせないこともない。でもトーマスみたいに可愛くない。なにせ頭巾を被った忍者なのだ。
「ちーとくん、忍者って、なんや?」
思い立って息子に訊いてみると、息子は少し考えて。
「らんたまらんたろー」
と答えた。NHKのアニメでお馴染みで、昨年映画化もされた「忍玉乱太郎」のことらしい。まちがってはいない。でも、乱太郎と忍者電車はずいぶん違うようではないか。
結局のところ、息子は忍者電車にもすぐ飽きてしまって、むしろ到着した先で見たJR関西線のディーゼル列車をお気に召したようだ。関西線は「かも」駅に到着し、大和路快速に乗って大阪に戻ることにした。「かも」駅の次は「きづ」駅で、息子は自分の姓に用いられている二文字なのにもかかわらず、この駅名はさっぱり興味がないようなのであった。
そんな感じで、変わった電車を求め、ひらがなで駅名を読み、車中でさまざまな人と会話をし、のんびりした鉄道旅を楽しんだ春休みだった。でももちろん、出かけずに家で鉄道番組を見せて過ごした日もずいぶんあったけど。
四月になって、息子がまた幼稚園に通う日々だ。息子は年中クラスに上がり、新たに年少クラスのコドモたちが入園してきた。息子は自分なりに進級というものを実感しているのだろうか? 親の目からはほとんど窺えないのではあるが。
今年の桜は開花が遅く、あちこちで入学式・入園式などがあるというのに、まだ五分咲きの様子である。昨年僕らが最初に関西に足を踏み入れたときには、四月の初旬で桜は散り際だったのだ。それでも、日中暖かい日もある。ベランダで冬眠していたヌマガメたちも起きてきて、さかんに餌をついばんでいる。
ツレ&貂々のコドモ大人化プロジェクト
『ツレがうつになりまして。』で人気の漫画家の細川貂々さんとツレの望月昭さんのところに子どもが産まれました。望月さんは、うつ病の療養生活のころとは一転、日々が慌しくなってきたのです。40歳を過ぎて始まった男の子育て業をご覧ください。