●『首都崩壊』、迫り来る危機を描いた超リアルノベル
高嶋哲夫は恐ろしい作家である。原発を占拠して(『スピカ 原発占拠』)炉心を溶融させ(『メルトダウン』)、地震を起こして(『M8』)津波を発生させ(『TSUNAMI 津波』)、都庁を爆破(『都庁爆破!』)し、東京をパンデミックの恐怖に陥れた(『首都感染』)。日本人にとって恐ろしい話ばかり書きたがる、なんとも物騒な作家なのである。
恐ろしいのは、作品のテーマだけではない。そこに描かれていた悪夢が、時ならずして実現してしまったという事実、つまり作者がそれを予見していたということがもっと恐ろしい。東日本大震災が起こる前に『M8』と『TSUNAMI』を政府関係者に読ませたかったと思うのは、たぶん私だけではないだろう。
この作家の恐るべき先見性を支えているのは、原子力科学者としての知見もさることながら、綿密な取材に裏打ちされた情報量の豊かさと、長い作家生活のなかで培われた文学的な想像力だろうと思われる。あるいはもっと端的に、この作家の内なる科学と文学の理想的な融合の成果だといってもいい。いずれにしろ確かなことは、この作家がいま日本の、いや世界の危機管理シミュレーション小説の第一人者だということである。
その高嶋哲夫が、またまた東京を舞台に恐ろしくも壮大な悪夢を描き出した。近い将来に関東大震災を上回る首都直下型地震が起こるといわれて久しいが、若手地震学者の研究によって、その発生確率が五年以内、九〇パーセント以上に高まったというのだ。この事実が公になれば、東京がパニックに陥り、日本経済が破綻し、世界恐慌にまで発展しかねない。皮肉なことに、この極秘情報はアメリカ大統領の特使によって日本にもたらされる。
日本で最初にこの情報に接したのは、国土交通省のキャリア官僚、森崎真である。地震学者は高校時代の同級生、大統領特使はハーバード大学留学時代の友人だったからだ。「日本の昔ながらの美男子。今風じゃないけど、古いタイプの女とおばさんにはモテる」と先輩の女性記者に評されたこの男が、物語の主役をつとめることになる。
もし冬の夕方六時にマグニチュード8以上の首都直下型地震が起これば、死者一万三千人、負傷者二十万人、経済損失は百二十兆円、国家予算の一・四倍に及ぶ。その結果、世界中の株価が暴落し、失業者が増大し、食料・水・エネルギーが不足し、餓死者が続出する。場合によっては戦争が勃発するかもしれない。
日本はこの二十年間に、阪神・淡路大震災、東日本大震災という二つの巨大地震に見舞われた。国家存亡の危機ともいうべきこの災厄をなんとか乗り越えることができたのは、首都東京が無事だったからだ。もし東京が被災地になれば、今度こそ破綻は免れない。それを見越したかのように、アメリカのヘッジファンドと格付け会社が動き始める。
このように、首都直下型地震を単なる国内問題としてではなく、国際情勢の一環として描き出すところに、高嶋パニック小説のめざましい特長がある。おかげで私たちは、居ながらにして国際政治や国際経済の生々しい実態を知ることができる。
地震による国家崩壊の危機を回避するためには首都を移転するしかない。日本はこれまで危機に直面するたびに遷都によって国難を回避し、新しい時代を切り開いてきた。ハーバード大学で都市経済と遷都を研究してきた森崎の進言によって国交省にプロジェクトチームがつくられ、移転計画は具体的に動き始める。
ここで物語は一転して新首都建設の話に移るのだが、この計画がまたすばらしい。新首都は政治に特化したシンプルな都市で、国会と行政機関のみが置かれる。東京はアメリカにおけるニューヨークのように経済と文化の中心都市となる。新首都は最新のICTとインターネットを通じて世界に情報を発信し、最寄りの空港とはリニア鉄道によって結ばれる。
たとえ首都直下型地震や富士山大噴火が起こらなくても、日本はいま、経済的、社会的に行き詰まり、国家も国民も疲弊しきっている。こうした時代閉塞の現状を打破するためには、明治維新に匹敵する大改革を断行しなければならない。首都移転はその最後の方途だという主人公の述懐には、日本人なら誰しも納得せざるをえない理論的な説得力がある。
そうした日本の危機的状況とその打開策をリアルに、そしてアクチュアルに描ききった高嶋哲夫は、やっぱり恐ろしい作家だといわなければならない。
(「ポンツーン」2014年3月号より)
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