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食わず嫌い女子のための読書案内

2014.02.28 公開 ポスト

女子のみなさん、政治を読みませんか?ささきかつお(作家)

 
『絢爛たる悪運 岸信介伝』
工藤美代子/幻冬舎刊 \1,785
59歳で自民党初代幹事長、翌年第56代首相に就任。60年安保改定を単身闘った。情と合理性としたたかさを併せ持った、昭和の怪物政治家の全て。

 

『約束の日 安倍晋三試論』
小川榮太郎/幻冬舎刊 \1,575
明確な理念と果断な実行力で日本を変えようとした政治家が、なぜたったの一年で政権を投げ出すことになったのか。そのドラマチックな挫折と葛藤。


政治を語るのはオジサマの特権?
いいえ、そんなことないですって

「ノダはさぁ、もうダメだよ。民主党も」
「でもよお、自民党だって同じようなモンだぞ」
「だったらハシモト? あれはまだまだ」

 右の会話は某夜、都内の居酒屋で聞いた隣席のオジサマたちの会話であります。上司、家族に対しての愚痴から「最近、身体のココが調子悪い」に話題は移り、最後はお約束の政治批判……でも結局は何の解決策も見いだせないままオジサマたちは安酒を呷(あお)って、終電前に消えていったのでした。
 みなさんも、このような場面に遭遇されたことがあるかと。

「正直言って、政治って興味ないですし、話を振られても困っちゃうんですよね」

 うんうん、そうかも知れません。でもちょっと待ってください。2011年3月11日から、この国の、および私たちの価値観が変わったと思いませんか? 原発の是非を巡って議論が活発化し、首相官邸周辺では毎週末大勢の人々がデモに参加する。自分は動いていないとしても、周囲が3月11日以前と変わったと実感することが多いのではと。また2012年8月には消費税増税法案が可決、成立しました。2015年10月に10%になるのです。生活への影響が大きいことはわかるでしょう。
 わかりにくくて、心なしか遠ざけていた政治が、ここにきて自分たちの生活に、人生に関わってきている。積極的に行動──とまではいかなくても、この国がどうなってきたか、どうなっていくのか、そのくらいは知っておいた方がいいと思うのです。

 でも、こんな声も聞こえてきそうです。
「知ろうとしても、例えば新聞の政治面──あれって○○法案とか、○○委員会とか、○○派とか……堅苦しい言葉ばかりで読む気になれない」
 なるほど。だから池上彰さんのわかりやすいお話がテレビでも本でも大人気だったりするわけです。でも池上さんの解説だけでなく、読書好き女子にオススメの本があるのですよ。今回は2冊、二人の総理大臣経験者の本を紹介しましょう。

「昭和の妖怪」岸信介
日本を動かした男の生涯

 まずは工藤美代子著『絢爛たる悪運 岸信介伝』です。タイトルからして山崎豊子さんの大河小説を連想させると思いませんか? でもこれは小説ではなく、実在する第56・57代内閣総理大臣の一代記です(ちなみに野田佳彦は第95代)。
 岸信介(1896~1987)は「昭和の妖怪」とも称され、戦中戦後の日本政治に大きな影響を与えた人物です。彼の生涯を記した本書は一人の政治家のお話だけにとどまらず、激動の昭和時代を描いた歴史書の風格をも備えているのです。とはいっても、そんな仰々しいものではなく、明治生まれの彼がどのような人生を歩んだか、その足どりが日本をどう変えていったかが丁寧に語られています。

 長州藩士の家系に生まれ、父方の伯父の養子となった彼は東京帝国大学法学部~農商務省とエリートコースを進みます。優秀な官僚として頭角を現してきたものの、政治の駆け引きから満州国へ赴くことに……。このあたりから小説を超えそうな激動の人生になります。近現代史を齧ったことのある方ならおわかりと思いますが、満州国──映画「ラストエンペラー」の舞台です。彼はその地で産業開発五ヵ年計画を打ち立て経済を強化していきます。帰国後、戦時下の東条英機内閣の国務大臣となりますが日本は敗戦。東条らと共に「A級戦犯」として巣鴨拘置所に三年ほど入りました。

 書名に「悪運」の言葉が使われているのは、彼の運の強さです。東条英機らは死刑の判決を受けて処刑されますが、彼はその翌日に無罪釈放となりました。敗戦色が濃くなり、東条に反旗を翻したことが終戦を早めたと評価されたからです。その後、戦後政治の目まぐるしい変遷のなかで自民党初代幹事長就任。1957年に総理大臣。1960年の安保条約改定後に総辞職……とギッシリと詰まっており、かなりの読みごたえです。
 でも本書はただの歴史の羅列ではなく、「人間、岸信介」の一代記ですから、彼の人となりについてのエピソードも綴られています。女や酒はかなり派手だったようですが、奥さんには頭が上がらなかったようなのです。右翼的、タカ派とコワモテのイメージがありますが、家では孫と鬼ごっこに興じるお祖父(じ い)ちゃんでした。書名に「絢爛」の言葉がありますが、人生以上に華やかなのは彼の一族です。実の弟は佐藤栄作(総理大臣)、娘婿は安倍晋太郎──つまり孫というのは、次に紹介するもう一冊の主人公、安倍晋三なのです。

自民党総裁に返り咲いた
安倍元首相の苦闘を描く

 岸信介は知らなくても、安倍晋三を知らない人はさすがにいないでしょう。小泉純一郎の後を受け、2006年に第90代内閣総理大臣となった方です。最近は自民党総裁に返り咲き、注目されています。
 小川榮太郎著『約束の日 安倍晋三試論』は、一年という短命に終わった安倍政権について、その意義について総括する試みがいままでなかったとして、本人や周辺のコメントから論じていくものです。
 比較的最近の話ですので記憶されている方も多いと思いますが、安倍さん、政権を投げ出してしまったとの見方が多く、その評価は実のところ芳しくありません。祖父に岸信介、大叔父が佐藤栄作、父が安倍晋太郎と政治家の血筋に生まれたエリートとして、戦後生まれ、最年少の総理大臣となり、「戦後レジーム(体制)からの脱却」を唱えて憲法改正、教育基本法改正、公務員制度改革と意欲的に取り組みました。しかし、それらに反対する勢力からのバッシングも相当なものでした。マスコミが執拗に報道する周辺のスキャンダル。参議院選挙での自民党大敗、松岡農水大臣の自殺、年金記録問題──次々と襲いかかる出来事に健康を害して退陣せざるを得なくなったわけです。

 本書では彼の一年間の苦闘を顧みながら、バッシングを続ける新聞を中心としたマスコミの嘘。彼を窮地に追いやろうとした霞が関の抵抗。結果として不祥事となってしまったが、政策実現のために松岡氏を大臣にしたいきさつなどが丁寧に語られていきます。「お坊ちゃん内閣の崩壊」と揶揄(や ゆ)されることの多かった安倍さんですが、本書を読むと、この国をよくしたいという思い、無我夢中で突っ走った純粋な気持ちがよく伝わってくるのです。そして今、彼は再び自民党総裁となって民主党からの政権奪取を狙っているわけです。そう、お祖父さんの岸信介から脈々と続く政治家の血筋は、いまも、これからも私たちが暮らす日本に影響を与えているのです。

政治を知ることは難しくない
まずは身近な本を手にとって

 今回はたまたま近い間に相次いで発行された首相経験者の、それも祖父と孫という組み合わせの2冊を紹介しました。とかく難しく考えられてしまう政治も、人間が成すものでありますから、そこには小説のような、いえ、小説をも超えてしまうドラマがあるわけです。普段読み慣れていない政治関連の本でも、そこにある熱い想いを読み取れば、きっと読み手の心に何かが届くと思います。小説もいいけど、たまには政治本も如何でしょう?

 

『GINGER L.』 2013 SPRING 10号より

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女性向け文芸誌「GINGER L.」連載の書評エッセイです。警察小説、ハードボイルド、オタクカルチャー、時代小説、政治もの……。普段「女子」が食指を伸ばさないジャンルの書籍を、敢えてオススメしいたします。

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ささきかつお 作家

1967年、東京都生まれ。
出版社勤務を経て、2005年頃よりフリー編集者、ライター、書評家として活動を始め、2016年より作家として活動。主な著作に『空き店舗(幽霊つき)あります』(幻冬舎文庫)、『Q部あるいはCUBEの始動』『Q部あるいはCUBEの展開』。近著に『心がフワッと軽くなる!2分間ストーリー』(以上、PHP研究所)。

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