「終身雇用は崩壊した」と言われて久しい今、60歳を過ぎても会社から必要とされるのはどんな人なのでしょうか。キヤノン電子の代表取締役社長・坂巻久さん著『60歳から会社に残れる人、残ってほしい人』より、中高年からの働き方・生き方のコツをご紹介します。
専門の知識を核として裾野を広げる
年をとるととかく「最近の若いやつは」という言い方をしたくなるものです。自分の若い頃を振り返れば、軽々しくそんな言葉は口にできないはずですが、それでも長く技術の現場で生きてきた私の目から見ても、たしかに「若い設計者の質が落ちた、創造性がなくなった」という意見には「そうなのかな」とうなずくところもあります。
では、なぜ若い設計者の質が落ちたと多くの人が感じているのでしょうか。理由は2つ考えられます。
1つは技術や経験の継承といった「人づくり」がうまくいっていないこと、そしてもう1つは幅広い教養が不足していることが挙げられます。
よく「ゼネラリストよりスペシャリストを目指せ」という人がいます。もちろん専門を持たないゼネラリストは使い物になりませんが、同様に小さな分野の専門家に甘んじて、知識の裾野を広げる意欲がない人も、いずれは特定のその分野においてさえ使い物にならなくなってしまいます。
私がキヤノンに入社したのは1967年のことです。当時のキヤノンは東大や京大などの一流国立大の理系出身者が多く、私のような私大出は少数派でした。周りを見れば、みんなが優秀に見えたし、知識という点でもとても太刀打ちできませんでした。
直属の上司からも「お前はそう優秀じゃないんだから」といわれるほどでしたが、だからこそ入社して数年は、家に帰ると必死になって自分の勉強をして、土日も遊びたいのを我慢して専門書に向かいました。特に苦手分野については一からやり直したお陰で、やがてエリートたちとも対等に議論ができるようになりました。そこからさらに心がけたのが歴史や哲学、芸術や音楽といったあらゆる教養を取り入れ、知識の裾野を広げていくことでした。
一見すると仕事とは何の関係もなさそうに思えますが、実際にはこうした勉強を地道にコツコツと続けていくと、その蓄積があるレベルに達したところでぱっと花が開き、成果となって表れるのです。
技術の世界で生きる人間であれば、誰しも専門知識は持っています。問題はその深さと幅の広さなのです。専門知識だけでは発想に限界がありますが、その先に幅の広い教養があれば、その人だけが持つ独創性を生み出すことができます。
「会社と仕事」以外に目を向ける
クリエイティブな製品を生み出すためにはつくる側の人間もクリエイティブでなければならず、そこに幅広い教養と卓越した専門知識があってこそ素晴らしいものを生み出すことができるのです。
豊かな発想は多彩な知識、幅広い教養から生まれます。幅広い教養は技術者だけでなく、海外との交渉などでも絶対に必要です。私はこれまで多くの外国人と交渉を行い、仕事をしてきましたが、彼らはよくジョークを交えながらいろいろなことを聞いてきます。それに応えることができないと、「何だ、この男は? こんなことも知らないのか?」とあきれられてしまいます。
だからこそ、文学でも音楽でも絵画でも、基礎的な教養を身につけておかないと、交渉に入る前の段階でつまずいてしまいます。どんな話題が出ても、少しは会話が成立するような知識や感性、そして自分なりの意見を持つことが大切なのです。
幅広い教養は技術の世界や交渉事で必要なだけではありません。会社人間が定年を迎え、会社を離れた時に一般社会にすんなりと溶け込めないのは、会社と仕事のことしか知らず、それ以外の知識や教養がそもそも欠けているからではないでしょうか。
会社以外の人と話をする時に「仕事」の話しかできないのではあまりに寂しいし、「この人はつまらない人だなあ」と思われておしまいになってしまいます。人生をより豊かに生きるためには専門知識以外に幅の広い教養が不可欠です。幅広い教養があるからこそ人は独創的な発想ができるし、会社を離れてもさまざまな人と出会い、そしてよい関係を築くことができます。
そして「幅広い教養」には決してゴールはありませんから、いくつになっても「教養の裾野」を広げる努力を続けることで人はいつまでも成長し続けることができるのです。
60歳から会社に残れる人、残ってほしい人
「終身雇用は崩壊した」と言われて久しい今、60歳を過ぎても会社から必要とされるのはどんな人なのでしょうか。キヤノン電子の代表取締役社長・坂巻久さん著『60歳から会社に残れる人、残ってほしい人』より、中高年からの働き方・生き方のコツをご紹介します。