(この記事は2021.03.07 に公開されたものの再掲です)
「企業は“本業”だけしっかりやっていればいい」「大学で商売に使う研究をするのはけしからん」――こうした矜持やこだわりが、今の日本の衰退の危機を招いているとしたら? 気づきにくい足枷に気づくヒントをあらためて。
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欧米や他のアジア諸国と比較して、日本のデジタル分野での遅れは深刻です。さらにコロナ禍でその差は広がり、もはや日本は技術後進国だという声まで聞こえるようになりました。『シリコンバレーの一流投資家が教える 世界標準のテクノロジー教養』(山本康正著、幻冬舎)ではこの現状に警鐘を鳴らしつつも、そんな未曽有の危機が日本企業にとってチャンスにも転じることを説いています。このデジタル時代を生き抜く人材になるための方策を収録した、本作の一部を紹介します。
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本業に注力する日本企業は危険
最新テクノロジーを根づかせるために、最も大切なことは実際に使ってみることです。たとえば、テスラのクルマなど使ってみて初めてその良さがわかります。普通の自動車メーカーのクルマに戻れないという人がたくさんいるほどです。
乗ったことがない人は、走行性能や安全性、操作性などでやはり自動車メーカーのクルマのほうが一日の長があるだろうと思っているでしょう。しかし実際に乗ってみたら、それは勘違いだとわかります。それどころか、クルマの価値というのは、実は自動車メーカーが強調していないところにあるのだという気づきがあります。たとえばテスラはスマホと連動して朝のスケジュールを管理してくれますが、これは運転の性能だけを見ていては出てこない発想です。そういう気づきが大切で、本を読んで勉強することも必要ですが、体験して気づくことが、もっともっと重要なのです。
そもそもアマゾンがストリーミング配信を始めたり、アップルが金融業に乗り出したりするというように、同業他社にばかり気をつけていたら、まったく違う業界から流れ弾が飛んでくる時代です。
ゲームチェンジャーほど恐ろしいものはありません。日本には官民を挙げてガラケーのすごく良いものを作っても、結局iPhoneに駆逐されてしまったという苦い経験があります。軸が変わっても、それに気づかない危険があるのです。特に政府主導でテクノロジーを進めていくのは危険です。政府は昔の延長線上でしか認可を出しません。そうするとメーカー側は色々とわかっていたとしても、予算が出ないからできないということになりがちです。
同じことがハイパーループについてもいえます。減圧したチューブの中に乗り物を通すことで時速一二〇〇キロも出すことができる優れた交通手段です。リニアモーターの倍の速度に匹敵しますが、日本はリニア敷設に予算を使っていますから、ハイパーループのほうが速いとわかっても、そちらに舵を切れません。
このような時代なのですから、様々な業界にアンテナを立てて、いつ新しい競合が現れても慌てないようにすることが、今の経営者に求められるのです。そのためにもデータや情報をもっと大切に思わなければなりませんし、それらをもたらしてくれるテクノロジーをもっと取り入れなければならないのです。
日本企業は、「本業」だけやっていればいいという意識がいまだに根強い。しかし、いつまでも本業が同じということはもはやあり得ません。本業が一つということは、それで負けたら終わりということ。今の時代にはリスキーでしかないのです。
馬車から自動車に移行した時代には、まだまだ馬車でいけると思っていた人はたくさんいました。ところが十年ぐらいで交通手段としての馬車は駆逐され、今ではホビーとして乗るものになっています。
ものづくりにこだわる人、誰よりもいいものを作りたいと考える人を私はすばらしいと思います。しかし日本のメーカーにとって、良いものを安く売るというビジネスモデルはもはや崩壊しています。中国や台湾がもっと安く、しかもいいものを作ってしまうので、それに固執しても取り残されるだけです。
それどころか中国や台湾のメーカーは、スマホアプリで製品に付加価値をつけるということにもとっくに取り組んでいます。日本のメーカーは安さでも品質でも付加価値でも負け始めているのです。
日本の研究はビジネスで活きない
世界の中で日本の影響力は年々落ちてきています。どういう指標で測るかにもよりますが、ビジネスのレベルは世界で見ても二十位以下の国というところでしょう。先進国の末席に加えてもらえても、最先進国とは言いがたいレベルです。
これには大学のランキングも関係していると思います。二〇二〇年の世界大学ランキングでは、東大が三十六位、京大が六十五位でした。あとは二五〇位以下で、慶應・早稲田といった私学のトップレベルでも六〇〇位以下です。日本の大学はほとんど上位に入っていません。
アジア大学ランキングでも、東大がなんとか七位でベスト一〇入り。京大が十二位です。それ以外のベスト二〇は、香港を含む中国とシンガポール、韓国で占められています。日本人にとっては、アジアランキングのほうがショックかもしれませんね。
現在、東大や京大の出身者がノーベル賞を受賞できているのは、過去の栄光の名残です。十年も経たないうちに精華大学やシンガポール国立大学、ソウル大学校といった大学の出身者がノーベル賞を次々と受賞する姿を、日本人は羨望とともに指をくわえて見ていることになるかもしれません。このまま何も改革しなければ。
大学がテクノロジーの最先端を担っているのだから、日本がテクノロジーでアメリカやヨーロッパはもちろん、中国、シンガポール、韓国などに比べて見劣りし始めているのは仕方のないことだという気がします。
日本の大学は、研究をビジネスに応用するというところがどうも弱いのです。大学で商売に使う研究をするのはけしからん、邪道だと考える先生もいらっしゃるぐらいです。
その点アメリカは昔から産学が連携しています。たとえばシリコンバレーでは、ヒューレット・パッカード社の創業者であるビル・ヒューレットとデビッド・パッカードは、スタンフォード大学の恩師であるフレデリック・ターマン教授の支援を受けて起業を決意しました。
結果二人は成功し、スタンフォード大学はヒューレット・パッカードの寄付金でさらに発展することとなります。その後時代が進んで、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンが検索に関する論文をスタンフォードで書いていたら、面白い連中がいるとまた大学が出資するわけです。グーグルが成功したことで、その出資がまた大学に返ってくる――このような積み重ねが今のスタンフォードの地位につながっているのです。
ボストンでいえばハーバード大学のキャンパスの隣に、ファイザーの研究所があります。教授がスリッパ履きで行き来できる距離に研究所が存在するのです。こうした環境があるのですから、交流が進まないはずがありません。
日本ではそのようなことをしようとすれば、すぐに大学と企業の癒着だと非難されます。癒着が起こる可能性もありますが、そこはしっかりウォッチしていけば本来なら良い関係を築けるはずなのです。
シリコンバレーの一流投資家が教える 世界標準のテクノロジー教養
2021年を逃せば、日本企業は百年に一度のチャンスを失う。ハーバード大学院理学修士、元米グーグル、元米金融機関勤務、現ベンチャー投資家の著者が、世界で活躍する8人の知見を紹介し、日本の執るべきビジネス戦略を探る。