「歌は、僕の祈りだ——。僕の心の傷みと、未来への希望……。誰にも言えなかった、そのすべてを、ここに打ち明けよう」。不惑を迎え、デビュー20周年を控えた2020年、グループを勇退したボーカリスト EXILE ATSUSHI。歌に人生を捧げた哀歓を切々と綴るエッセイ『サイン』の一部を試し読みとしてお届けします。
誰もいない世界
「生まれ変わったら何になりたいですか?」
2014年のMusicツアー終盤のミート&グリートのイベントで、一人のファンの方からそう質問された。
僕は一瞬、言葉に詰まった。
いくつかの模範解答が浮かんだけれど、どれもそのときの自分の気持ちとは遠くかけ離れていたからだ。
少しだけ考えて、僕はこう答えた。
「どこかの星の石になって生まれたいです」
言ってしまってから、しまったと思った。
自分の心にふと浮かんだイメージをそのまま口にしただけなのだが、少し正直過ぎたことに気づいたのだ。
「生まれ変わっても、皆さんとまたどこかで会いたいです」
「もう一度、今の自分に生まれたいな」
「大きな鳥に生まれ変わって、自由に空を飛んでみたい」
そんな答えにするべきだったかもしれない。
その場にあふれていた楽しい雰囲気に、わざわざ水を差すことはなかった。
けれど、それができなかった。今その映像を見返して、自分の精神が崩壊しかけていたあの頃のことを思い出した。
その場に居あわせた人たちは、僕がまた何か哲学的なことを言い始めたと、好意的に解釈してくれたようだ。「どこかの星の石」という言葉に、何か深淵な哲学的意味を探す人さえいたかもしれない。
けれど僕の心に浮かんだのは、そんなロマンティックなイメージではない。
地球から何万光年も離れた、草木も生えない荒れ果てた星──。その冷たい風が吹く大地に、ぽつんと転がっている小さな石だ。
誰に拾われることもなく、誰の目に触れることもなく、ただ、そこにある石ころ。
もしも生まれ変わるなら、そういうものになりたいと僕は思った。
誰もいない世界に行きたかった。
僕はなぜそこまで疲弊していたのか。
なぜ、そんなことになってしまったのか……。
今にして思えば、あれはひとつのサインだった。
僕がこの本を書き始めたのは、そういうことがあって、しばらく経ってからだった。
僕の初めての著書『天音。』(2013)の担当編集者から「第二弾を書いてみないか」という提案を受けたものの、時間的な制約があって集中して長い文章を書くことはできない。だから、その時々に考えたことや感じたことを、少しずつスマホにメモをしては、その都度、メールで編集者に送っていた。
言葉が浮かんで止まらなくなることがある。
抱えているモヤモヤした思いが言葉になり、その言葉が文章に紡がれて、僕の心の深い部分から次から次へと湧き上がってくる。
夜中に夢中になって文章を書いていて、ふと気がつくと、夜が白々と明けているということが幾度もあった。
歌詞を書くのとは少し違う。
辛い経験を掘り返して文章にするのは、もちろん楽しい作業ではないけれど、文章を書いているとその痛みが少しだけ和らぐ。
書くことによって辛い経験が整理されて、その辛さの正体を冷静に見つめ直すことができる気がした。
そして、その文章を、いつか誰かが目にしてくれるかもしれないという希望は、迷いの中にいる人間にとっては、ものすごい救いでもあると感じていた。
自分で自分の心のカウンセリングをしているような、心の痛みを思い出す辛さと、それを表現する心地よさが入り混じった不思議な時間だった。
僕にはたくさんのよき友人がいる。現代のほとんどの皆さんと同じように、物質的にはほぼ不自由のない生活をしている。そして何よりも、僕は、自分がいちばん好きな歌うことを仕事にしている。
そんな僕に、そんなに辛いことなんてあるの?と思う人もいるだろう。
普通に考えたら、僕は幸せなはずだ。
何不自由なく暮らしているEXILE ATSUSHIが辛いだなんて、ただの贅沢なんじゃないか──。
それはこの僕自身が、何度も僕自身の心に問いかけたことでもある。
世界には僕なんかよりもっと辛い思いをしている人が、何千万人も、いや何億人もいるに違いない。そういう人たちの苦しみに比べたら、僕の辛さなんて小さなゴミ屑みたいなものなのかもしれない。
いや現実にそうなのだ。
自分の何倍も何十倍も辛い思いをしている人がいると気がついて、そのことがどうにも耐えられなくなって、ほんのわずかでも誰かのためになればと社会貢献活動をするようになった。何億人もの人に手を差し伸べることはできないけれど、自分にもできることはある。
その活動を通じて少しでも誰かの助けになれると感じたとき、僕の心には喜びが湧く。ほんとうに小さなことかもしれないし、まだまだこのくらいでは足りないとも思うけれど、それでも自分が誰かの役に立っていると感じることは、僕の救いにもなった。だから今も続けているし、これからも小さな行動を続けていきたいと思う。
それを偽善とか売名とか言う人もいるらしい。けれど、僕にしてみれば、批判はどうぞご自由にという気持ちだ。
全員を救えないからやらないというより、一人でも喜んでくれるなら行動を起こす意味があると信じている。そして何よりも、誰かの助けになることや子どもたちの笑顔は、僕の心に平和をもたらしてもくれる。今では僕の生きる喜びであり、生きる意味のひとつなのだ。
けれどそれでも、人を助けることで自分が救われるという奇跡のような瞬間をいくら経験しても、僕自身が心の中に抱えた辛さが消えることはなかった。
それとこれとは別なのだ。
どんなに恵まれた環境にいたとしても、死んでしまいたくなるほどの辛さや苦しさを経験することはある。
それは、自分を見失う辛さだ。
自分を支えていた土台が根底から崩れ、自分がいちばん大切にしていたはずのものに価値を見出せなくなる辛さは、どんな手段をもってしても癒やすことはできない。
自分を見失うと、自分がこれからどう生きればいいかがわからなくなる。
何を喜びとして生きているのかがわからなくなって、ついには生きる希望を失ってしまう。
以前Dream のために書いた『希望の光 〜奇跡を信じて〜』という曲のテーマでもあったけれど、迷いの中にいても、希望は光になる。しかし、その光が見えなくなったとき、世界は漆黒の闇と化す。自分が今どこにいて、どこに向かって歩いていけばいいのかわからなくなり、人は生きる意味を失ってしまうのかもしれない。
それを経験したことのある方には、この苦しさを説明する必要はないだろう。
命を懸けた仕事が奪われたとき、人生の固い信念が崩れたとき、そして心から愛する人を失ったとき──人はそういう、どうしようもない辛さを経験する。
僕がそうだったからよくわかる。
僕にとってEXILEは、そういうすべてを合わせた自分の中心だった。
しかしある時期、そのEXILEを、どう受け止めればいいかがわからなくなった。そして僕は自分自身を見失い、自分の生きる意味を見失った。
それでも僕がなんとか生きる勇気を奮い起こし続けることができたのは、僕を見出してくださったHIROさんと仲間の存在、ライブ会場で見ることができるファンの皆さんの笑顔、そして社会貢献活動を通して人とつながり、そこに自分の助けを必要としている人がいることを知ったからだった。
そういう意味で、綺麗事でもなんでもなく、人を助けることで自分自身が助けられていた。
これはとても大切なことだから、先に結論を書く。
どんなに辛くても、生きることに意味を見出せなくなっても、生きることがただ苦しいことの連続であっても、それでもなんとか生きてほしい。
自分を見失うのは、新しい自分を見つけるためなのだ。
生きる意味がわからなくなるのは、価値観が大きく変わりつつあるということだ。
そのどうにもならない辛さや苦しさは、自分の古い殻を破って、新しい自分に生まれ変わるための、いうなれば産みの苦しみだ。
新しく生まれ変わるのは、もちろんそんなに簡単なことではない。長い時間がかかるかもしれない。けれど、生きていれば、必ずそのときが来る。
朝の来ない夜はないという。
僕はまさに、それを経験した。
そしてあの辛かった時期が、自分の成長にとってかけがえのない時間だったことを、今はしみじみと感じている。
EXILEが生まれ変わるには、僕自身も生まれ変わらなきゃいけなかったということなのだ。
物語の結末を先に書いてしまうのは反則かもしれないが、この先、もう少し辛い話が続くことになるので、敢えてそうさせていただいた。
さて、話を戻そう。
自分を見失った辛い思いを書くようになった頃の話だ。
あるとき、いつものように編集者に原稿を送りながら、僕は本のタイトルを思いついた。
「この本のタイトル、『精神崩壊』というのはどうでしょう。この本の内容に、いちばんぴったりくると思うのですが」
しばらくして……。
ギョッとした顔の絵文字で、「さすがにそれはファンを驚かせてしまうのでは……?」という、ちょっと困ったようなニュアンスの返信が届いた。
編集者の言いたいことはわかる気がした。
書店の本棚に、僕が書いた『精神崩壊』という本が並んだら、世間の人はどんな反応を示すことか。話題にはなるかもしれないけれど、あまりに不穏なタイトルだ。ファンの方たちを不安にさせるのではないかと心配するのも無理はない。
だけど、その言葉を使わざるを得ないくらい、そのときの僕は辛い思いを味わっていた。
精神崩壊──。
心が壊れそうだった。
そうとでも呼ぶしかない精神状態に、僕は落ち込んでいた。
自分が信じて疑わなかったこと、自分が何よりも大切だと思っていたもの、僕を支えていた信念や哲学、僕があれほど確かだと思っていたもののすべてが、ガラガラと音をたてて崩れ去っていくような気がした。
大袈裟だと思うかもしれないけれど、あの時期の僕が経験したのはそういうことだった。
(第二章のつづきは、書籍『サイン』でお楽しみください)