近年、お城に興味を持つ人が多くなってきました。城郭考古学の第一人者である千田嘉博先生にご自身の体験を紹介してもらいながら、お城めぐりの面白さを語ってもらいます。
『城郭考古学の冒険』から一部を試し読みとしてお届けします。
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城の世界へ
ゲームやマンガをきっかけに城の世界へ渋い中高年層だけでなく、若い世代にも城ファンが増えている。それは数字にも表れていて、各地の城の「入城者」数がとても増えていると聞く。テレビのゴールデンタイムに城の番組が放送されるのも、もうめずらしくない。本書を手に取ってくださったあなたは、すでにいくつもの城を探険しておられるだろうか。それともこれから歩こうかと思案中だろうか。
多くの方がウォーキングなど野外で体を動かす活動を楽しんいる。自然のなかで体を動かすのは本当にすばらしい。しかし自然を感じるだけではもったいない。そこに城を加えれば、知的な活動が組み合わせられて、人生はより豊かになる。城の探険は適度に体を動かす運動であり、自然と季節の移ろいを感じる体験である。さらに、城を通じて歴史を探究する好奇心に満ちた知的活動である。城ファンのプロファイルをしてみよう。
(一)心身の自己管理ができていて(適度な運動を欠かさない)、(二)自然に親しむ繊細な感性をもち(城は自然のなかにある)、(三)歴史を熟考する知性を備える(なぜここに堀ほりがあるのか、武将は何を考えたかを城に立って自分で考える)、ということになる。なんと魅力的なことだろうか。
だから城ファンは、ほとんどがすてきな人であるとわたしは主張している。城を深く極めるには現地にただ赴くだけでなく、多くの本を読み進めたくなる。そして博物館に通って、古文書はもちろん刀などの実物資料にも造詣を深めたくなる。アクティブな野外活動が好きであるとともに、読書家で歴史に詳しい城ファンが、すてきにならない方が難しいではないか。
そして城をつくった場所は堅固な山城であっても、多くは町や村に接した里山だった。城は軍事だけでなく政治の場であり、城主とその家族の生活の場でもあったからである。つまり城は当時の人びとが意識した生活圏内にあって、わたしたちもアイガー北壁に登るような決意なしに、気軽に中・近世の城を訪ねられる。
もちろん里山とはいえ、ハイヒールでは支障がある。ときどき刺とげのある草木も生えているので相応の服装が望ましい。暑い季節であれば、ダニも防がなくてはならない。熊が生息する地域では、ある日、城のなかで熊さんに出会わない備えがいる。事前に地図を読図して地形とルートを理解すること、天候を確認することなども大切である。
ひととおりの準備をした上で訪ねた城は魅力に満ちている。城への道中も城そのものも自然と共生して、わたしたちは自然と歴史に包まれる。四季折々の自然に親しみ、本物の堀や土塁・石垣、城門や天守にふれて歴史を体感するのが城歩きである。さらに、江戸時代の城であればまわりの城下に、歴史が育んだ名所・名物もある。温泉に入ったり、おいしい料理や菓子を味わったりするのも、城歩きの醍醐味だと思う。
わたしが城ファンになったのには、決定的な出会いがあった。中学一年生の夏休みに、もう中学生だから大人だと誤解して、わたしは友だちと自分たちで計画を立てて小豆島・淡路島への旅に出た。当時、愛知県の名古屋市に住んでいたので、まずは名古屋から新幹線で姫路を目指した。その後、姫路で船に乗り換えて小豆島に行くという予定だった。
姫路駅に着いて新幹線を降りると、駅の北側に姫路城がよく見える。想像してほしい。新幹線のホームは高架で高くなっていて、そこからまっすぐ伸びた道の先に建つ姫路城は、まだお昼前の夏の日を浴びて耀いていた。訪問する予定がなかった姫路城は何も調べていなかったが、本物が残っていると薄々は知っていた。このときまで城には何の興味ももっていなかったが、姫路城の美しさと強さに完全に圧倒された。
すぐに船に乗り換えなければならなかったので、ホームから姫路城を眺めたのは一分もなかったのではないか。人生にとっては文字通りの一瞬だったが、この一瞬はわたしの人生を決めた。訪ねられなかった姫路城はどうなっていたのだろうかと、旅行から帰って図書館で調べはじめて、わたしはすっかりお城好きになった。そしてそのまま大人になって、城の考古学を研究する人になった。
生きているなかでどれほど感動できる「もの」や「こと」に出会えるかは、とても大切なことだと思う。わたしにとってはそれが城であり、その出会いが姫路城だった。不思議なことに、今のところすべての姫路市民が城郭考古学者になっていないので、感動する「もの」や「こと」は人によって違うらしい。もし、あなたが城に関心をもっていて、一歩を踏み出すことができたら、きっとすばらしい世界が広がっていると思う。城は日本だけでなく世界にあるので、城郭考古学の冒険は、尽きない探求になる。