デザイナーの考え方や技を、若いデザイナーはもちろん一般ビジネスパーソンに向けてわかりやすく語った『勝てるデザイン』(前田高志著、3月17日発売予定)。発売前から話題の本書より、本日放送(2020年2月27日23:30〜)「所さんの世田谷ベース」で所ジョージさんが紹介した、茄子の形をした不思議な本の制作過程を試し読みでお届けします。
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僕は印刷会社さんや紙会社さんとつきあう中でデザインの新たな面白さに気づきました。
印刷と紙の魅力を知れば知るほど、デザインが良くなっていったのです。印刷物のデザインはいろんな選択肢を検討しますから。印刷会社さん、紙会社さんとのやりとりで育ててもらったと言っても過言ではありません。
だからこそ印刷会社さん、紙会社さんとのつきあいは今でも大事にしています。最近では、3㎜の極厚で変態的な名刺の印刷立会いのために、東京の印刷会社を訪問しました。
では、良い印刷会社さん、紙会社さんとはどういうところでしょうか? これは良いデザイナーの定義と同じことが言えます。「良くする気持ちがあるかないか」「良くすることに妥協しないかどうか」これに尽きます。
デザインをする人は、良い印刷会社さんと紙会社さんを探してみてください。会社かもしれないし、もしかすると担当者さんという感じで人に紐づくかもしれません。良くなるための提案をしてくれてともに作り上げてくれるパートナーは必要不可欠です。
組織やチームのやり方によるかもしれませんが、デザイナーとは別に印刷だけの担当者を置いてすべて任せるやり方は、あまりおすすめしません。総合的な成長を目指すなら、デザイナーにはデザインだけではなく印刷会社さん、紙会社さんとのやりとりも絶対に経験してほしいです。
僕がたずさわったプロダクトの事例の中でも、紙や印刷にこだわったものを一部ご紹介します。
画期的な印刷技術「NDP(Nissha Digital Printing)」を採用
2019年に、『NASU本 前田高志のデザイン』という僕の名刺代わりの本を作りました。自費出版で、企画・クラウドファンディングによる資金調達・編集・デザイン・ライティング・販売など制作流通のすべてをコミュニティ内でやりました。
本の特徴は何と言ってもその形状です。
僕の会社は「NASU(ナス)」という名前で、「為せば成る」から由来しています。またNASUのロゴは、ダジャレの意味もあって茄子型のロゴなのですが、この本もそれにちなんで茄子の形をしています。屋号にちなんでいることはもちろんですが、茄子型の本にすれば「何、これ?」って興味を持ってもらえるかもしれない。そんなところが発想のきっかけでした。
『NASU本』は300万円以上のご支援をいただき、500冊刷った分はほぼ完売しました。
デザイン書籍が豊富でアンテナ感度が高い人が好んで通う、青山ブックセンター本店の山下店長にも気に入っていただき、彼の推薦もあってユニークな装丁の本を集めた『ブックデザイン365』にも掲載されました。また、伝統ある世界のデザイン雑誌『アイデア』や、共同通信社さんにも取材していただくことができました。
さて、この本の肝でもある茄子の形状、そしてアートブックとしての完成度の高さを実現するのにご尽力くださったのが、日本写真印刷コミュニケーションズ株式会社(以下、NISSHA)の浅野さんです。
NISSHAさんはちょうどこの頃「NDP( Nissha Digital Printing)」という、少部数でもオフセット印刷以上のパフォーマンスを出せる印刷技術を作り、広めようとしているところでした。『NASU本』はコミュニティでの出版で、多く流通するものではありませんから好都合。というわけで、『NASU本』はNDPを用いて印刷しています。
デザインしない人にとっては少々専門的な話になってしまい恐縮なのですが、通常デザインデータを印刷する時は、CMYKという方法で印刷データを作成します。CMYKとは、シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックのことで、このインクの4成分による色の表現法のことです。
対してRGBという表現方法があります。RGBはレッド、グリーン、ブルーの頭文字で、3つの光の原色を混ぜて幅広い色を再現する方法です。主にディスプレイ、デジタルカメラなどで画像再現に使われています。
このNISSHAさんのNDPという印刷技術は、CMYKではなくRGBで印刷データを作ることができ、それでいてRGBに近い色域を再現することができます。これがどれだけ画期的なことか、デザインする人ならおわかりいただけると思います。
最後は職人技!「茄子の形」を作り出せ!
それから、この独特な茄子の形状は、ブッシュ抜きといって、金型を使って型抜きする加工法によるものですが、これもNISSHAの浅野さんが提案してくださいました。しかし最初サンプルを作ってもらったところ、本の角部分がきれいに切り抜けなかったり、角が滑らかにならないことがわかりました。
そこで試行錯誤を重ねた結果、表紙のみ1枚ずつトムソン加工という別の方法で型抜きし、職人さんにひとつひとつ手で中身と貼り合わせて仕上げてもらいました。これにより、プロダクトとしての完成度もさらに上がりました。
情報は文字や絵だけじゃない。紙へのこだわり
『NASU本』は紙にもこだわっています。
表紙には「クロコGA」を選びました。クロコGAは名前からも推察できる通り、ワニ皮のような手触りの紙です。『NASU本』は本としてだけではなく一プロダクトとして手に取ってほしかったので、まず、徹底的に文字を排しました。一般的な書籍に必須のタイトル文字や帯回りの文字はもちろん、価格や流通用のバーコードさえ入れていません。
一方で、高級感やアート感は伝えたかった。
そこで、分厚さと加工の凹凸によって触感と視覚にダイレクトに訴えかけるクロコGAを選んだのです。結果的に、書店等に並んでも、立体感があり、他の本にはない存在感を出すことができました。
情報を伝えるのは、文字や絵だけではありません。時には文字や絵を排した方がよりダイレクトに情報(ここで言う情報=僕が伝えたかった高級感やアート感)を他人脳に送り込むことができるのです。
こんな特殊な本を作ることができたのは、NISSHAさんの粘り強い提案のおかげです。
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いかがでしたか。茄子の形の本は3月16日に行われる青山ブックセンターでの刊行記念イベントで手にとって見れるそうです(3月上旬予約開始予定)。次回は「モザイク柄のパンツ(とそのアートブック)」制作のおはなしをお届けします。3月13日公開予定です。
勝てるデザイン
デザインはデザイナーだけのものじゃない。ビジネスマンはデザイナーの思考と技術を知れば、より売れる・刺さる・勝てるコンテンツを作ることができる。人気クリエイティブ集団「前田デザイン室」を率いる元・任天堂デザイナーが書く、デザインのすべて。