前回食中毒に苦しんだ僕だが、胃腸のほうはスクスクと回復し、すぐに何でも食べられるようになった。しかし、目下は肩の痛みに苦しんでいます。この文章が掲載される月には、四十八歳になる年男。この肩の痛みは「五十肩」というヤツじゃないだろうか。息子はまだ四歳半なのに。
肩の痛みで夜眠れないとき「僕は息子の成人した姿を見ることができるのだろうか」とつい弱気になってしまったりもする。
まあ、息子が生まれたときから今までの道のりを振り返ってみても、あまりにも遠い道だったので、その数倍にもなろうというこれからの歩みを想像しても、自分の中ではイマイチ現実感がない。それよりは目の前にある、日々の成長を楽しんで、今を生きて行くことの積み重ねをしていくしかないんだろうけど。
僕が相棒と結婚したとき三十歳だったから、そのときから今まで流れた時間と同じだけ経てば、息子は成人し社会人となる年頃になるだろう。しかし、それは遠い遠い彼方だ。
最近の息子の成長は、身長と体重はあいかわらず増えないものの、アセモを作りながら幼稚園の園庭を走り回っているようで、ともかく運動能力が格段に発達した。歩ける、走れる、登れるということで、一緒に散歩に出ても遠出ができるようになった。半年前はまだ抱っこをせがむことが多かったことを思えば、格段の進歩だ。
偏食もまだまだ続いているが、野菜を刻んでチャーハンに入れると、なんとか食べてくれるようになった。ピーマン、ニンジン、モヤシにキャベツ。以前は想像もできなかった食材だ。これも格段の進歩といえよう。
そして、頭のほうもあいかわらず鉄道一直線なのだが、いつの間にかカタカナが読めるようになってきているではないか。「ハチミツ」「パン」「レモン」「プリン」などという食べ物系のカタカナに加えて「キハ」「モハ」「クモハ」など、JRの列車の車両横に書いてある形式(かたしき)を読むことに情熱を燃やしているようだ。
息子の頭の中は、想像するにその八割が鉄道のことで占めている。実際に見たり乗ったりした鉄道のことと、絵本やパンフレット、雑誌などで見た鉄道のこと、そして鉄道番組でに取り上げられている鉄道のことだ。特に鉄道番組は知識の源泉とも言うべき存在で、アナウンサーがもっともらしく語る専門的な用語も丸暗記している。多少まちがったりもしながら、解説をリピートしてくれる。息子の頭の中にある残りの二割は、テレビのアニメーション番組やゲームのことかもしれないな。もっとも、幼稚園に行っている間は別のモードに切り替わっていて、それなりに同年代のコとコミュニケーション取れているようだが。
だから食事のときなど、夢中になって鉄道のことばかり話している。これはいささか、困るんである。ちなみに相棒は宝塚歌劇のことばかり話している。この二人は自分の興味のあることばかり語りたがるという点で実に似ている。僕だけが自分の興味については語りたがらない。というか、語ろうという気にはならない。最近ヴィヴァルディの主要作品全集というCDを買って、コツコツ聴き込んでいるが、古楽器の演奏と現代楽器の演奏がチャンポンで入っているので調律が一貫していなくて気持ち悪い……というような話は食卓ではしないのである。
「みどうすじせんはね、みどうすじせんと、まるのうちせんは、パンタグラフはないのです。せんろのよこから、でんりょくをきょうきゅうするの」
こんなことを言っている人と、
「×××が○○だったから、次の雪組のトップは△△というところが順当だと思うんだけど、まさか組替えで×××が、いやまさか□□ということはあるまいね。△△だよなあ」
というようなことを延々と言っている人との間で、黙々と食事の支度をする僕だ。
僕以外の二人とも主張に熱が入ってくると、食べ物をこぼしたり散らかしたりするのも困る。
概して、息子は食べることには興味がない。僕が作った料理よりはパッケージに入った練り物製品や菓子類などを好む。他人に対しては馴れ馴れしいが、食べ物に対しては保守的で、とても怖がり、人見知り的に未知の食べ物を警戒する。
僕はときどき、息子が僕自身と、あるいは僕のコドモの頃とあまりに似ていないことに苛立ったりもする。
「どうしてそんなことに、いちいちこだわるんだよ!」
そう怒鳴ったこともある。怒鳴りながら、その声が僕の父親(息子にとっては祖父)とよく似ていることに気づいてビックリした。
僕の父は、幼い頃からずっとチビで、長じて中高生の頃には器械体操の選手になってしまい、大学では空手部の主将になり、海運業に就職して世界中を飛び回り、途中で転職して航空会社に入った。海外の観光地に行くたびに、逆立ちをして写真を撮影したものが残っている。中には赤道のラインの上で逆立ちをして、右手が北半球、左手が南半球を押さえているという写真もある。今だったらネット動画の人気者になってしまうようなキャラクターだ。
明るく人好きで、運動が得意な僕の父は、運動が苦手で他人とのコミュニケーションに尻込みしがちな僕のことが理解できず、幼い頃からずいぶんイライラさせたことがあったと思う。僕も、どうして僕と父は似ていないのだろう。父のことが羨ましいと思いながら育ったものだった。
それが「息子のことが理解できないでイライラする」という点で、父とそっくりになってしまったということに、今更ながらビックリする。というか、「明るく人好きで運動が得意」という点だけが似ていなくて、その他の部分は実はソックリだったのかもしれない。短気なところ、方向音痴なところ、クソ真面目で応用が利かないところなど、幾らでも指折り数えられる気がする。
息子は、その性格の多くが相棒に似ているが、もしかすると僕の父にも似ているところがあるかもしれない。チビですばしっこくて、人見知りせずコミュニケーション能力が高いところなどは。そして、理解できないと思って苛立っている僕と、意識していない点はいろいろ共通のものもあるのかもしれない、とも思う。
幼稚園に通うようになって、そして特に年中クラスに上がってからは、抱き上げたりすることもほとんどなくなってきた。最近は手をつないでいる時間も少しずつ減ってきて、通園のときも横断歩道や車道と交差する危険ポイントを除けば手をつなぐ必要もほとんどない。もちろん、大人の都合で引っ張って移動しなければならないときはそうしているのだが。息子もコトバが達者になってきて、そのせいで色々と理不尽な自己主張をすることもあるが、それに対して冷静に説明すると、まあだいたいわかってくれるようだ。
いつの間にか、人間対人間のコミュニケーションが成立するようになってきたのだ。
そんな息子の新しいお気に入りはアニメのムーミン。僕らのコドモの頃に見た岸田今日子さんがムーミンの声を担当しているのじゃなくて、1990年代にテレビ東京系列で制作された『楽しいムーミン一家』というやつだ。ムーミンの声は高山みなみさん。名探偵コナン君じゃないか……。
息子のお気に入りのキャラは「スニフ」である。なんとなくJR車両の側面に書いてありそうな名前にも思える。僕もこの年になって息子と一緒にムーミンを視てみると、違ったものが見えてくるような気がする。僕が発見したのは、キャラクターでは「ミー」。意地悪な小人の妖精といった役回りだが、すごい生命力があって、ワガママで知りたがりでお節介、でも魅力的。なんかとても気になるのでよく考えてみたら相棒に似ているんじゃないだろうか。なんだかなあ。
ツレ&貂々のコドモ大人化プロジェクト
『ツレがうつになりまして。』で人気の漫画家の細川貂々さんとツレの望月昭さんのところに子どもが産まれました。望月さんは、うつ病の療養生活のころとは一転、日々が慌しくなってきたのです。40歳を過ぎて始まった男の子育て業をご覧ください。