長い長い夏休みが終わり、また息子が幼稚園に通い始めた。10月に行われる「うんどうかい」に向けて、毎日体操服での登園だ。しかし、9月の頭はまだまだ夏を引きずっていて、なかなかに暑い。朝送っていくときは「すずしくなったねえ」と余裕でスタートするが、正午前や午後二時のお迎えのときは「うわ、あちいあちい」と建物の影を求めて移動する羽目になる。
これが「うんどうかい」の行われる10月頃にはずいぶん涼しくなるのだろう。季節の移り変わりというのは、不思議なものだ。
さて、前回「夏の青春旅」について報告したが、青春はやはり若者のものかもしれぬ。最初の青春旅の当日に四十八を迎えた僕は、青春旅を何度もやった後遺症か、幾つかポカをやり、体調も崩し、今は病院通いの日々である。
長距離移動の旅でやった最大のポカは、三年近く使ったiPhone3GSを、中央本線(塩尻-小淵沢間)の車内のトイレに流してしまったことだ。息子のトイレの手伝いをしているとき、胸ポケットからスルリと落ちていってしまった。そして手前の穴からコトンコトンと流れていってしまった。誰にも止められないiPhone3GSのキラキラした筐体は、さながら、生きているウナギのようでさえあった。何が起こったか頭が把握したとき、キーンとめまいがした。
「た、たいへんだ、たいへんだ。信じられない」
僕はそれしか言うことができなかった。一方息子は。
「パパァ、なにやってんの〜?」
と憎たらしい。キミがこんなところでトイレって言い出すからだろ、と息子のせいにすることさえ思いつかなかった。すぐに車掌室に駆け込んで、顛末を説明した。
車掌さんはもちろん、目を白黒させていた。滅多にあることではあるまい。
そして、あちこちに連絡を取ってくれて、最後に威厳をたたえてこう言った。
「トイレのタンクは、二日間開けられません。もしケータイを回収しても、衛生の観点からご返却することはできませんが、責任を持って処分しますのでご安心ください」
処分かよ、処分されてしまうのかよ。三年分の思い出がいっぱいにつまったiPhone3GS。
僕は相当動揺していたが、よく考えてみるとバックアップは前日取ったばかりだったのだ。困るといえば、移動当日の連絡と、直後の打合せなどの連絡と、そんなところくらいか?
三年も使っていたので、バッテリーパワーが半日くらいしか持たず、制限して大事に大事に使っていたのだ。けっこう不自由だった。だからいいかげん買い換えようと思っていた矢先でもあったのだ。なくなってしまっても大丈夫だったんじゃないか。
考えてみると、財布、切符、カメラ、メガネ、一緒に移動しているリクガメの松井君、息子、そして僕自身、そんなものがトイレに流れたのでなくて良かったのである。それらだったら、もっと厄介なことになっていただろう。一番流れても大丈夫なものをトイレに流したともいえる。
とりあえず乗り換えの際に別行動をしていた相棒と、移動先だった僕の両親宅に、公衆電話を探して電話をかけた。公衆電話を使ったのは、実に十年ぶりくらいだったように思う。
そして、一週間後に宝塚のソフトバンク・ショップに行って、再びiPhoneを購入した。今度の機種はiPhone4Sである。バックアップしてあったデータを戻したら、そっくりそのまま、僕の使っていたiPhoneが手元に戻ってきたように復元した。形はスリムになって、性能は上がっているらしいが、入っているアプリや、壁紙や写真はすっかり前のままだ。購入代金はかかったが、失点を取り戻すことができた気分にはなった。
さて、もう一点の問題は体調である。前回のこの連載で、「ウナギを食べすぎて胆石の痛み再発の兆し」ということを書いたのだが、その後、胆石で出る痛みとは逆側の左の背中が痛むようになり、痛み自体はマイルドなのだが、連続して痛むので気になりだした。
その痛みを抱えたまま、三度目の青春旅をやりとおしたが、背中の痛みがだんだん腹側にも感じられるようになってきてしまったので、かかりつけの医者に行って症状を訴えることにした。
病院では尿検査、血液の検査に加えてCTスキャンというものをやってくれた。エコー検査は受けたことがあったのだが、CTは初めてだ。
その結果を見て、担当医師はこう言った。
「小腸の捻転が見られるので、緊急で入院してもらいます。経過を見て開腹手術ということも」
な、なんと。いきなり入院なのか。家事やりかけで家を出てきてしまった。というか、相棒に息子のお迎えを頼まなきゃ……。
そんなことを考えていたのだが、念のためもう一度「造影剤を使ったCTスキャン」というものをすることになった。今度はCTスキャンの機械に体をセットされてから、腕に針を刺し、点滴で放射性ヨウ素を含む造影剤を体に送り込む。体温以上に温められた造影剤が体に入ってくると、なんだか暑くなってきて気分が良いものではない。
そして、いっそう精緻な体の断面図というものの画像ができあがってきたのだった。
「今度は、腸の捻転は見られませんねえ。間が一時間ほどあったから、解消したかな」
医師はそう言った。当日の入院というのもなくなった。
「しかし、異常な所見が見られたのは確かなので、細かい検査をお勧めします。小腸の内視鏡というのはちょっとタイヘンなので、カプセル内視鏡というものを使った検査をしましょう。その前に胃の内視鏡もしておいたほうがいいかな」
と、翌週に大量の検査を予約され、その日はいったん帰宅ということになったのだった。
検査は翌週、結果が伝えられるのはさらにそれから二週間後。
それまでの間、ただただ痛みに耐えなくてはならないのか。以前、胆石で苦しんだときのことを思い出す。あのときも病院に行ってから約一カ月、理由もわからず発作の痛みに耐えるだけしかない日々で、救急車を呼ぼうと思ったこともしばしば。そのときに比べれば、痛みはずっと少ないが、途絶えることなく続いているというのが精神的にちょっと堪える……。
さて、僕はそんな腹の痛みと闘っているのだが、僕らが住んでいる宝塚の、山にピッタリくっついたマンションの住民たちは、今スズメバチと闘っているのであった。
我が家では、スズメバチに偵察されるベランダの横に仕事場を構えた相棒が、スズメバチと闘っている。我が家の上の部屋と、その上の部屋はお盆休みの間に巣を作られてしまったそうだ。巣が撤去されたものの、巣を作った場所と同じ形の排気塔がある我が家にも、たびたびスズメバチの偵察隊が訪れている。
スズメバチ、なかなか賢そうで油断がならない。
管理人さんも、相棒も、他の住民のみなさんもスズメバチについて勉強して、スズメバチのことで頭がいっぱいのようだ。スズメバチ、ちょっとしたアイドルのようでさえある。
息子はちょっと前まで、スズメバチやアシナガバチを見たとき。
「はちみつが、はちみつがおそってくるんです〜」
と絶叫して、周囲の笑いを買ったものだが、最近は気づいてしまって。
「ほら、ちーとくん、はちみつが来たぞ」
と言うと、
「ちがいます。みつばちです、みつばち」
と訂正されてしまう。でも、スズメバチもアシナガバチもみんな「みつばち」というところは、まだ微妙に修正の余地があるな。
そんなスズメバチ。朝の涼しいうちだけしか活動していない。今のところは夜明けから二時間くらい注意していればいいのだが、涼しくなってくると日中もやってくるのだろうか。我が家は相棒の熱意もあって、今のところスズメバチに巣を作られてはいない。
……そんな秋が、長かった夏の別れとともにやって来る。
ツレ&貂々のコドモ大人化プロジェクト
『ツレがうつになりまして。』で人気の漫画家の細川貂々さんとツレの望月昭さんのところに子どもが産まれました。望月さんは、うつ病の療養生活のころとは一転、日々が慌しくなってきたのです。40歳を過ぎて始まった男の子育て業をご覧ください。