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ふつうの毎日が「わんダフル」!

2021.03.15 公開 ポスト

第三回

愛犬がぐったりしている理由は横関大(小説家)

「ルパンの娘」「K2 池袋署刑事課 神崎・黒木」で話題の横関大さん。最新刊は犬犬犬犬犬だらけのハートウォーミングミステリ『わんダフル・デイズ』。

盲導犬訓練施設で働く歩美は、訓練士の研修生。

たくさんのラブラドール・レトリバーに囲まれて、一人前になるため勉強中。

ある日、盲導犬と暮らす飼い主から「犬の様子がおかしい」と連絡を受け、犬と話せるという、美男子なのに謎多き先輩訓練士・阿久津と一緒に様子を見に行くことになるが……。

お利口に職務を全うする盲導犬たちの姿を通して見えてくるのは、その飼主、家族など、人間たちの悩み、嘘、そして罪。

毛だらけで身も心もあたたまるハートウォーミングミステリの一部を試し読み!

 

前回までのお話はこちら

 向かった先は閑静な住宅街だった。歩美は一軒の住宅のインターホンを押した。表札には『かねまつ』と書かれていた。日本風の木造家屋だった。

 ドアが開き、濃いサングラスをかけた男性が姿を現した。その動きから視覚障害者であることがわかる。歩美は頭を下げた。

「ハーネス多摩から来ました岸本です」

 兼松はげんそうな顔をした。それを見て、歩美は背後を振り返った。

「阿久津を連れてきました。ほら、阿久津さん」

「こんにちは」

 阿久津が頭を下げると、兼松が安心したように顔をほころばせた。「どうぞお上がりください」

 よくこれで盲導犬訓練士が務まるものだ。歩美は不思議に思った。歩行指導をおこなったり盲導犬の扱い方などをユーザーに教えるのも訓練士の仕事だった。阿久津がりゆうちように説明している姿を思い浮かべることができなかったが、兼松という男性の様子を見る限り、彼が阿久津に対して信頼の念を抱いていることは伝わってきた。

 リビングに案内される。窓際にケージがあり、中に一頭の黒いラブラドールが横たわっていた。この犬がジャックなのだろう。ジャックは部屋に入ってきた歩美たちを見て、立ち上がって尻尾を振った。正確には阿久津を見て尻尾を振ったのだ。歩美はジャックとは初対面だが、それほど調子が悪そうには見えなかった。

 阿久津は真っ直ぐにケージに向かい、ジャックの頭を撫でた。「どうぞお座りください」とすすめられ、歩美がソファに座ると、兼松が眉間に皺を寄せて話し始めた。

「ここ三日間くらいなんですが、自宅に帰ってくるとジャックがぐったりとした感じになってしまうんです。ご飯も半分くらい残してしまうんで、気になってご連絡したんです」

 盲導犬の育成だけではなく、アフターケアも盲導犬訓練士の大事な仕事だった。ユーザーから相談があった場合、素早く対応するのがセンターの基本姿勢だ。

 阿久津はジャックの頭を撫でてから、目のあたりや舌の状態などを隈なくチェックしていた。訓練士はドクターの資格を持っているわけではないが、ベテランになれば、犬の様子を見ただけである程度のことは把握できるらしい。

 阿久津がジャックの状態をチェックしている間、歩美は壁に飾られた数枚の写真を見た。どの写真にも兼松とジャックが一緒に写っている。写真の中では兼松は口元に笑みを浮かべていた。

「初めまして、岸本さん。センターの仕事は楽しいですか?」

 兼松に優しい口調で話しかけられ、歩美はうなずいた。

「はい、楽しいです。と言っても掃除ばかりやらされているんですけどね。ところで兼松さん、旅行がお好きなんですね」

 壁に飾られている写真は、すべて国内の景勝地で撮られたものだった。北海道から九州まで、各地の写真が並んでいる。名実ともに兼松とジャックは二人三脚で人生を歩んでいるのだ。

「ええ、ジャックと一緒に歩くようになってから、旅行が趣味になったんです。旅行から帰ってきたら、その写真をブログにアップするんですよ。職場の同僚たちにも好評です」

 キッチンのテーブルの上にノートパソコンが置いてあるのが見えた。音声読み上げソフトを使って、パソコンを利用している視覚障害者の方は数多くいる。兼松もそのうちの一人なのだろう。今度彼のブログを是非覗いてみるとしよう。

「私は普段、図書館で司書として働いているんですが、あと三年で定年を迎えるんです。退職したら、ジャックと一緒に念願の海外旅行に行くのが夢なんですけどね」

 その夢は叶わないかもしれない。どこかそんな口振りだった。仮にジャックに異常が認められたとして、それが確実に治る疾患であるならいい。しかし盲導犬生命に関わる疾患であった場合、ジャックはこの家から去らなければならないのだ。彼の心境が伝わってくるようで、歩美はかける言葉を見つけることができなかった。

 阿久津がこちらに向かって歩いてきたので、歩美は訊いた。

「ジャックの様子はどうですか?」

「うん」阿久津は言った。「僕が見た限り、異常は見受けられません」

 兼松が息を吐いた。少しあんしたような表情だった。阿久津がジャックを見ながら言った。

「兼松さん、少しジャックをお借りしてもよろしいですか?」

(つづく)

関連書籍

横関大『わんダフル・デイズ』

盲導犬訓練施設で働く歩美は、訓練士の研修生。ラブラドール・レトリーバーたちに囲まれ、一人前になるため頑張って勉強中。ある日、盲導犬と暮らす飼い主から「犬の様子がおかしい」と連絡を受け、犬と話せる美男子教官、阿久津と様子を見に行くが……。犬を通して見え隠れする人間たちの事情、秘密、罪。そして阿久津にも、誰にも言えない秘密があった。

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ふつうの毎日が「わんダフル」!

「ルパンの娘」でお馴染みの横関大さんの最新刊『わんダフル・デイズ』の刊行記念特集です。

「犬と歩けば謎に当たる?!」

毛だらけで温かな犬たちが活躍するハートウォーミングミステリをお楽しみください。

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横関大 小説家

1975年静岡県生まれ。武蔵大学人文学部卒業。2010年『再会(受賞時「再会のタイムカプセル」を改題)で第56回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。著書に『グッバイ・ヒーロー』『チェインギャングは忘れない』『偽りのシスター』『沈黙のエール』『K2 池袋署刑事課神崎・黒木』『スマイルメイカー』『マシュマロ・ナイン』『仮面の君に告ぐ』『いのちの人形』、ドラマ化された『ルパンの娘」や同シリーズの『ルパンの帰還』『ホームズの娘』などがある。

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