ノンフィクションライター・小野一光氏が座間9人殺害事件の犯人・白石隆浩と重ねた11回330分の獄中対話と、裁判の模様を完全収録した書籍『冷酷 座間9人殺害事件』が話題だ。ここでは本書の一部を抜粋する。
今回は2020年7月2日、第1回目の面会について。白石の口からはみずからの死刑の話題が飛び出す。
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殺人犯への取材申し込み
殺人犯との面会は、彼で10人目となる──。
白石隆浩、29歳。
2017年10月31日に、神奈川県座間市のアパートで男女9人のバラバラ遺体が発見された事件の犯人だ。
8件の強盗・強制性交等殺人、1件の強盗殺人、9件の死体損壊と死体遺棄罪で起訴された彼は、東京都内の立川拘置所に身柄を置かれている。
その白石と最初に面会したのは、20年7月2日のこと。
基本的に、「謝礼を支払わない相手の取材は受けない」と公言する彼との面会の約束を取りつけるため、常識の範囲内での謝礼額を提示し、面会にいたったことを、事前に明かしておく。
まず私が手紙でその旨を伝え、返信を待っていたところ、彼はすでに面会していた記者をメッセンジャーにして、私に連絡をとってきた。
どうやら見知らぬ相手に直接手紙を出すことには抵抗があるらしく、私と電話で話したその記者は、「白石さんからの伝言ですが、面会希望の日付を記した電報を送ってから、面会にやってきてくださいとのことです」と彼からの言づけを口にした。
以後、週1のペースで面会を重ねることになるのだが、今回はその1回目について。
事前に拙著を読んでおく如才なさ
立川拘置所の面会室に姿をあらわした白石は、まず両手を体の側面にくっつけて、深々と頭を下げた。
コロナ対策でマスクをしていて口元のようすはわからないが、目元は逮捕前に撮られた写真で見たとおりの、柔和な印象を抱かせるものだ。険(けん)は感じない。髪の毛は伸び放題のくせ毛で、ゆうに肩まである。
服装は私物ではなく、拘置所で支給されるペパーミントグリーンの半そで、半ズボンの上下で、医師の手術着をイメージさせる。
「これ着心地がいいんで」
私が着衣についてふれると、そう口にして目を細めた。さして特徴のない、ごくふつうの青年の声。口調もやわらかい。
「あの、小野さんって将棋やらないんですか?」
質問をする前に、唐突に将棋のはなしを切り出された。
「いや、動かし方を知ってるくらいだけど。白石さんは将棋やるの?」
「ここに来てから官本(かんぽん)を読んで勉強したんです。きっかけは単純にヒマだったからですね。ただ、だれとも対戦できないから、紙に書いて、ひとり将棋をやってるんです」
ノートに将棋盤を描き、自分と先方の手を進めては、消しゴムで消しながら展開しているのだという。官本で将棋にかんする本は10冊ほどあるそうだ。
「なんか研究すると、わかっても受けきれない技があるんですよね。あの、それでお願いがあるんですけど、もし可能なら将棋の戦術書を入れてもらえませんか?」
「いいけど、どれくらいのレベルの本がいいの?」
「もう、めちゃくちゃ難しいものでいいです。そういうので勉強したいんで」
「わかった。じゃあ次回に差し入れるね」
「うわ~っ、ありがとうございます~」
白石はこちらをおがむように手を合わせると、アクリル板越しに頭を下げた。
「将棋以外には、どんなことをふだんやってるの?」
「そうですねえ、ここに入ってからですけど、マンガを描いてます。最初はひどかったんですけど、デッサンを勉強したり、教科書を入れてもらってストーリーを作ったりとか……。あとは写経をしています。それと格闘技の本を読んでいて、空手とボクシング、ジークンドーをやってます」
「それって、ぜんぶ拘置所に入ってから?」
「そうですね。捕まる前はおカネで美味しいものを食べたり、女の子と遊んだりとかだけでしたから。そういえば、小野さんに手紙をもらってから、小野さんが書いた『人殺しの論理』(幻冬舎新書)を読んだんですよ。そうしたら、殺人犯に肩入れして、被害者の親族から責められたりしてて、面白い人だなって思いました。今日会ってみて感じましたけど、さすが、流れをつくるのがうまいですね」
私の著書についてふれ、さらには持ち上げてくる。こちらとしても、良く言われて悪い気はしない。そうした如才のなさは、逮捕前に新宿でスカウトをやっていた経験が影響しているのかもしれない。
死刑確定“その後”への心配
「いやほんと、小野さんも将棋勉強してくださいよ。そのときはおカネいりませんから」
ふたたび将棋のはなしをしてくる。よっぽど将棋談義がしたいのだろう。
彼から「おカネ」との言葉が出てきたので、貯めている金銭の使い道を知るために、「貯めたおカネで自弁(自分で購入する弁当)とか買ってるの?」と質問した。
「いや、弁当は買わずにおやつだけを買ってますね。だって、弁当を買うとご飯(官弁)が出ないんですよ。それってもったいないじゃないですか」
なかなかにしっかりした金銭感覚を持っているようだ。すると白石は唐突に切り出す。
「あの、ちょっとおうかがいしたいんですけど、これから裁判があって死刑が確定するじゃないですか。そうしたら面会について、なんとかならないんですかね?」
白石がすでに極刑を覚悟しているというはなしは知っていた。とはいえ、みずからそのことを持ち出し、“その後”を気にしていることには驚いた。
私は、死刑確定後には家族や弁護士などをのぞいて、友人についてはほとんど面会が却下されてしまう現実を伝えた。すると彼は残念そうに目をつむり、「ああーっ、やっぱりそうなんだ」と声に出す。
「いま何人かと面会してるなかで、これはと思う人には、面会申込書に自宅の住所を記してもらうようにして、私との関係(続柄)についても“友人”と書いてもらってるんです。刑の確定後にも会えるようにしようとしてたんですけど、やっぱりダメなんですね」
そこで私は、現在とある死刑囚が、友人との面会を求めて裁判を起こそうとしていることを話した。
「いや、そういう話が聞けてよかったです。刑の確定後についての情報がないんで、なんでも教えてください」
死刑の覚悟はできている彼だが、確定後の孤独を恐れていることがうかがえる。
殺人犯に健康を心配される
「たしかかなり前には、死刑囚だけの集まりとかが拘置所であったみたいですけど、そういうのはいまは?」
「いや、いまは少なくとも私が聞くかぎりではやってないと思う。死刑囚は独居房で、周囲との会話はほとんど許されてないから」
「うわっ、そうかあ~」
ここでも白石は残念そうな声を上げ、両手で顔を洗うときのように目をおおう。意外と感情が態度にあらわれることがわかった。
「まあでも、被害者のなかに埼玉の人とかいたでしょ。そっちに行かされなくてよかったですよ」
続いて出てきたその言葉は、埼玉の拘置所に勾留されなくてよかったということを意味しているのだろう。ここ、立川拘置所は施設が新しいこともあり、彼にとってはいい環境だということだととらえた。
その後、次回の面会日について打ち合わせ、私は最初の面会を終えることにした。
「あ、そういえばコロナ大変ですねえ。さっきラジオで聞いたんですけど、今日(東京)は100人を超えたらしいじゃないですか……」
「そうらしいねえ。緊急事態宣言が復活ってことにならないといいんだけど」
「そうなんですよ~。ほんと、それだけが心配なんで……」
緊急事態宣言が出ているあいだ、拘置所での面会はできなくなっていた。白石はそのことを心配しているのだ。
「まあ、拘置所ではコロナは大丈夫だと思うけど、体には気をつけて」
「はい。小野さんも体に気をつけてくださいね」
面会初日は、殺人犯に健康の心配をされて、見送られたのだった。
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