ノンフィクションライター・小野一光氏が座間9人殺害事件の犯人・白石隆浩と重ねた11回330分の獄中対話と、裁判の模様を完全収録した書籍『冷酷 座間9人殺害事件』が話題だ。ここでは本書の一部を抜粋する。
今回は2020年7月15日、第3回目の面会について。白石は「子どもを持ってみたかった」と口にする。
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拙著『連続殺人犯』のページをめくる手が重い
白石はいつも面会室に入ってくるなり、直立不動の姿勢で頭を深々と下げる──。
7月15日、3回目の面会でもそうだった。そして彼は椅子に座るなり、こちらを見て切り出した。
「今日までに『連続殺人犯』を読み終えようと思って、ずっと読んでました」
前回、私は最初の面会で彼に読みたいと言われた拙著『連続殺人犯』を、将棋の戦術書とともに差し入れていた。それを読了したというのだ。同書には、私が取材した10人の連続殺人犯が登場する。
「もう、自分の身に同じことが起きると思うと、ページをめくる手が重くて……」
“連続殺人犯”とタイトルでうたっているとおり、取り上げているのは、複数の人をあやめた犯人ばかりだ。そこに登場する者のほとんどが死刑判決を受け、刑の確定によって面会が厳しく制限されてしまう。そのことを言っているのだろう。
「でも、今日小野さんに会うまでに読んでおかないと、失礼だと思って……」
こういうことに関しては、生真面目なところがある。ただし、これまでのスカウトの仕事で身につけた“処世術”の一つである可能性は否めない。
子どもがほしかった殺人犯
「でも、あの懲役30年の子、もったいないですね……」
白石が切り出したのは、大阪で発生した、自分の幼い子ども2人を自宅に残したまま遊び歩き、衰弱死させた女の事件について。
「自分で育てられないなら、(子どもを)預けちゃえばって思うんですけどねえ。僕なんて子どもを持ってみたかったほうだから……」
そこで私は、事前に新聞記事で読んでいた、彼の両親が離婚していたことに触れる。
「家を出たあと、(家族に)なにが起きたか知らないんですよね。スカウトで捕まったあとに、部屋を借りようと思って住民票を取ったら、僕と父しかいないんですよ。それで両親が離婚して、母が妹を連れて出て行ったことを知ったくらいなので」
かつて東京都内でスカウトの仕事をしていた白石には、2017年2月に、女性を風俗店に紹介して売春させたとして職業安定法違反容疑で茨城県警に逮捕された過去がある。この事件では、同年5月に懲役1年2月(執行猶予3年)の判決を受けていた。
「スカウトで逮捕されたときは、接見禁止がついてたんですね。そうなると会えるのは弁護士だけでしょ。今回、接禁(接見禁止)がずっとついてたら、キツかったと思いますね」
「今回、接禁はいつ取れたの?」
「鑑定留置が終わってから解除されました」
同年10月に今回の事件で逮捕された白石は、18年4月3日から9月3日まで、刑事責任能力の有無を調べるため精神状態を鑑定する鑑定留置がおこなわれ、同年9月10日に起訴されている。たぶん、接見禁止が解除されたのは、その起訴がなされてからだろう。
少々話が脱線したため、あらためて家族と没交渉だったことの理由をたずねると、彼は中学時代から父親と不仲だったことをあげた。
「やっぱ思春期だったこともあって、くだらない理由で父親とぶつかっていたんですよ。それこそ風呂が長いとか、ゲームで“寝落ち”してたり、歯磨き中に水を出しっぱなしで怒られるとか、そんな理由です。それで、もう早く就職をして家を出たかったんですよね」
白石の父親は機械部品のデザイナーを自営でやっており、いつも家にいたという。中学時代の彼が、神奈川県にある某公立高校を選んだ理由も、そんな父親への反発からだった。
「(白石が通った)××高校のパンフを見てたら、就職率100パーセントって書いてあったんですよ。これはスゴイと思って、そこを受けたんです。早く就職して家を出たかったから……」
携帯に親の電話番号を入れなかった
そこで私は気になったことを聞く。
「お母さんって、どんな人だったの?」
「もう、お母さんはめっちゃイイ人だったですね。料理がうまいし、話を聞いてくれるし、わがままを聞いてくれるし……。いま思うとひどいことをしたなと思いますよ。高校時代にパチスロにハマって、おカネを無心して50万円くらい借りちゃって、返せずにそのまま家を出てますから。優しくて、頼めばすぐに貸してくれてたんです……」
ただ、そこまで話してから、やや考えて次の言葉を口にした。
「普通の親子としてはおかしな話なんですけど、僕、携帯に親の電話番号を登録してなかったんですよ」
「どうして?」
「自立して全部自分でやりたかったから。もうほんと、親に頼りたくなくて……」
白石は高校を卒業後、高校時代にバイトをしていたスーパーマーケットチェーンで正社員になった。
バイト時代は座間店にいたが、社員になってからは研修で立川店に、続いて登戸、戸塚、中央林間などの支店をまわっていた。このスーパーマーケットチェーンには約2年半勤めて辞めている。
「給料が手取りで15万円くらいで、安いなと思って辞めたんです。当時は実家を出て横浜の戸塚に住んでました。ただ、辞めてほかの仕事を始めてから、××(スーパーマーケットチェーン)は保険がしっかりしてたってことに気づいたんですね。ああ~っ、失敗したなあって、あとで気づいたんです」
聞けば、白石は次に通信会社の訪問販売の仕事につくが、合わずに3カ月で辞め、その次に携帯電話販売店の窓口業務の仕事についたが、そこも合わずに半年で辞めていた。彼は苦笑する。
「どっちも社員になったんですけど、ここまで(保険などが)しっかりしてないのかって思いましたね。で、それからヒモになって、相手の部屋に転がり込んでたんですけど、2カ月くらいして浮気がバレて、追い出されちゃったんですよ」
相手の女性は15歳年上だったそうだ。白石は戸塚の部屋を出て、彼女が住む相武台前駅(神奈川県座間市)のアパートにいたという。
私がその女性との出会いについてたずねたところ、「うーん、これは言っちゃってもいいのかなあ……」と逡巡する姿を見せた。
「あの、出会いはネットってことでいいですか?」
悩んだ末に、そう提案してきた白石に私は言う。
「いやいや、本当でないなら無理して答えを出さなくてもいいよ。そういうときは『言えない』って言ってもらったほうがいいから」
「あ、じゃあそういうことでお願いします」
なぜ遺体を室内に放置したのか
ここで彼の背後の刑務官から「あと5分です」との声がかかる。そのため話題を切りかえて、次回の面会日や差し入れを希望する物品について話すことにした。
この日は前回とは別の将棋の戦術書を差し入れていたが、白石の口から出てきたのは「将棋(の本)をいっぱいください」との要求だった。
そのときにふと、面会第2回の対話のなかで、警察が自宅に現れたとき、彼がすぐにあきらめて、被害者の遺体の所在を明かしたという場面が頭をよぎった。
そこでつい、“最後の5分は事件の話はしない”という、みずからに課した禁をやぶって、次の言葉が口をついていた。
「あの、この前の話で出てたけど、なんで室内の遺体を処分しなかったの?」
「ああ、あのときですか。携帯で処分方法をいろいろ調べたんですね。そうしたら、遺体の見つかるリスクが高いのが、“捨てに行くときの職質”と“穴を掘って埋めようとしているとき”、あと“埋めたのを犬に掘り出されて”だったんですよ。だから、いずれレンタル倉庫を借りようと思っていました。その矢先だったんです」
「でも、遺体を部屋に保管してたら臭ったでしょ」
「いや、それは今度言いますけど、いろいろ調べて、完璧に処理をしてたんです。それでぜんぜん臭わなかった」
刑務官が「そろそろ終わりに……」と言わんばかりの表情でこちらを見ている。
「わかった。では次回ね」
そう告げて、私は席を立った。
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