ノンフィクションライター・小野一光氏が座間9人殺害事件の犯人・白石隆浩と重ねた11回330分の獄中対話と、裁判の模様を完全収録した書籍『冷酷 座間9人殺害事件』が話題だ。ここでは本書の一部を抜粋する。
今回は2020年9月2日、第10回目の面会について。白石は死刑について「正直、痛いのはイヤだなって感じです」と語る。
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差し入れ希望は「ハムスターかインコの写真集」
「小野さん、もう画集はいいです。それよりもハムスターかインコの写真集ってお願いできませんか?」
9月2日の白石との10回目の面会。彼は会うなりそう切り出した。そこで私は問いかえす。
「インコって、大きいのから小さいのまでいると思うんだけど、どういうタイプのがいいってある?」
「小さめのほうがいいですね。セキセイインコとか……。あと、次回の謝礼から差し引くかたちでかまわないんですけど、日用品を買って入れてもらえませんか? これからメモいいですか?」
ここで白石の言う日用品とは、拘置所内の売店で面会者が購入し、勾留されている被告人が手にすることのできる物品のことだ。私はペンを手にうなずく。
「えっと、まずエンピツの赤、青、黒を各1本。それからノートのB5サイズ1冊、歯ブラシの柔らかめのやつ1本、綿棒を1個、つまようじを1個、あと、防寒長袖U首っていうのがあるんで、それの3Lサイズ1つと、同じく防寒長ズボンの3Lサイズを1つ。以上です」
「これって、今日の帰りに入れたほうがいい?」
「そうですね。できればそうしてください」
「了解。じゃあ今日やっとくよ」
「いやーっ、ありがとうございます」
白石は両手を合わせておがむように頭を下げた。これは彼が感謝の際によく見せるポーズだ。
この日は9月30日に始まる初公判を前に、総合的な話を聞いておくつもりだった。そこでまず、裁判にのぞむ心境をたずねる。
「まあ、ついに来たか、という感じですね。1年くらい前に週刊誌の取材を受けて、裁判を簡潔にすませたいという意向があると話したんですけど、そのときに弁護士は(初公判は)昨年末か今年の頭って言ってたんです。だから、やっとかって感じですね」
「死刑判決についての不安は?」
「いろいろ本を読んで、(死刑の)執行内容を知ったんですね。まあ、痛そうなんですよ。正直、痛いのはイヤだなって感じです。ただ、裁判で争いたくないし、かといって、絞首刑痛そうだしってのがあるわけで……」
「9人を殺害したっていうのは、やっぱりカネ目的ということ?」
「まあ、おカネと性欲と、あと、3人目の男性については証拠隠滅のためですよね。前にも話しましたけど、1人目はおカネを借りて、返せない、返したくない。それ以降はただ単に現金を奪うためですよ」
さらに白石は“持論”を展開する。
「自分のなかにフローチャートがあって、出会ってまず、おカネがありそうかどうか判断するんですね。おカネになりそうだったら、付き合っておカネを引っぱって、おカネにならなそうなフローチャートの人はレイプする。ほんと、殺人の理由はおカネと性欲ですよ。まあ、3人目の男性以外はそうです」
2人目以降には「なにも思ってない」
白石は被害者9人を殺害した理由について、そう振り返った。そこで私は聞く。
「亡くなった方への気持ちはどうなの?」
「本音を言うと、なにも思ってないんですよ」
白石は即答する。そしてちょっと間を空けて言いかえた。
「他の事件とかを見ても、(被害者や遺族に)謝る人はいますけど、僕の場合は遺族に対してはなにも思わないですね。まあ、被害者に対しては、少しは思うことがあるんですけど……」
それは連続殺人の現場となったアパートの部屋を借りる費用を肩代わりし、最初に殺したAさんに対してだという。
「初めての殺人でしたけど、一緒に過ごしたのが長かったので、情がうつったというか、かわいそうなことをしたかな、という思いはありますね。ただ、2人目以降については、正直、なにも思ってないです」
部屋から生きて還った3人の女性
そこまで話を聞いたところで、私は以前の面会で話に出た、彼が付き合いながら殺害していない、32歳のマッサージ師の女性・Xさんのことを頭に浮かべた。
SNSで知り合ったという彼女とは、2017年の8月上旬から、逮捕直前の10月中旬まで付き合っていたと聞いている。私は、なぜ殺さない女性がいたのかたずねた。
「おカネになりそうだったからですね。その女性のオゴリでご飯を食べたり、ホテルに行ったりしてましたから。部屋に入れて殺してないのは、彼女をふくめて3人います。1人目は2カ月付き合ったその女性(Xさん)。2人目は部屋に10日間泊めて、飯をオゴってもらったり、生活費を出してもらったりした女性(Yさん)。3人目は口説いたけど、私に魅力がなくて、口説く力が足りなくて、そのまま帰ってもらった女性(Zさん)です」
「3人目の人のときは、なんでダメだったんだろう」
「総合力じゃないですか? 足りないのは。部屋とかもたいしたことないし……」
この3人目の女性については、白石がレイプをして殺してしまうこともあり得たのではないかと思ったが、そのときはすんなり帰してしまったのだという。
ただ、1人ではなく3人の“生還”した女性がいたというのは、初めて聞くことだった。この件については、次回もう少しくわしく聞こうと心に決める。そして話題を変えた。
「ターゲットを見つけるために、ツイッターを使ったのはどうしてだったの?」
「スカウト時代にツイッターを使ってスカウトをやってて、その結果がよかったんですね。だからです。実際、それでうまくいったし」
裁判にのぞむ心境
「さっき、裁判で争いたくないって言ってたけど、それは本心?」
「争うつもりはないですね。証拠と調書がガチガチにかたまってるじゃないですか。いまの状況を冷静に判断すると、争っても変わんねえんだろうなって。それなら、いさぎよくやろうかな、と……」
そこまでを口にしたところで、白石は身を乗り出してきた。
「もうね、弁護士がほんとにひどいんですよ。前に弁護士を変えたときもおなじ理由なんですけど、こっちが『争わずに進めていただけますか?』と聞いて、むこうが『わかりました』というから任命したんですよ。で、時間が経ったら、手のひらを返したように、『白石さん、争わせていただきます』って……。で、解任請求をしたんですけどダメで、差し入れだけをしてもらってるけど、信用はしてないですね。本当に卑怯だと思いますよ」
弁護人としては、依頼者の利益を考えてそのような選択をしたのだと思うが、白石にしてみれば、自分の意に沿わないということが、とにかく気に入らないようだ。しかし、そこまで言う相手からの差し入れについては受け入れるというのが、いかにも彼らしい。
「そういえば、いまでもテレビでよく流れるんだけど、送検のときに顔を両手でおおって隠してたじゃない。あれはどうして?」
「外に出る前に刑事から、『外にめっちゃ記者いるよ』と教えられたんですね。それでどうしようかな、と。他の事件を頭に浮かべて、表情を撮られたらイヤだなって思ったんです。それで顔を隠したんですよ」
どこかの週刊誌で、白石が顔を隠した理由について、「カネをもらわずに顔を出すのがイヤだった」との内容で、面会時に本人が語っていたという記事があった。そのことを思い出した私が指摘すると、彼は、ああ、あれね、という顔をした。
「あれは、逮捕からけっこう時間が経ったときに会った記者から、『あのとき(送検時)、カネを払ったら(顔を見せても)よかったの?』と聞かれ、『あ、いいですよ』って答えたんですね。それであんなふうに書かれたんです」
本の整理、筋トレ、マンガの模写に時間をついやす
そろそろ残り5分になることから、まとめとなる言葉として、最近の心境を聞く。
「いまは裁判と、すごい現実的な話ですけど、どの本を捨てようかなって……。整理をしながら。裁判については、日程を見ながら、うーん、どうしようかって……」
この日、私が彼に差し入れたのは橋本環奈の写真集『NATUREL』(講談社)だ。この本が入ることで、かわりにどの本が捨てられるのだろうか……。私は続いて聞く。
「日常に変化は?」
「筋トレはやってますけど、将棋は完全に飽きてきましたね。やっぱ、相手がいないとね」
「それもそうだ。あと最後に、世間に伝えたいことってある?」
「うーん、そうだなあ。起訴事実について、私本人は、一切争うつもりはありませんってことですね。被害者側はみんな弁護士をつけて、争う気マンマンなので、それを伝えたいですね」
次回の面会日を取り決め、引き上げようと立ち上がる直前、私はふいにたずねた。
「そういえば最近はマンガは? 前にストーリーものを描いてるって言ってたよねえ」
「ああ、いまはあきらめて、日本のマンガの模写に戻りました」
「模写ってなにを?」
「『NARUTO─ナルト─』(岸本斉史著)とかですよ。では」
そう言い残し、一礼すると肩の下まで伸びた髪をなびかせて、面会室をあとにしたのだった。
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