ダチョウ博士・塚本康浩氏。新型コロナなど感染症予防に力を発揮する「ダチョウ抗体マスク」開発者で、京都府立大学学長でもあるが、その飾らないキャラクターで大人気となっている。
ここでは塚本氏の著書『ダチョウはアホだが役に立つ』から一部を紹介する。はたしてダチョウはどんなふうに「アホ」なのか?
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ダチョウはアホだ
ダチョウという鳥は、ホンマにアホです。どれくらいアホかというと、自分の家族もわからんのです。
生息地であるアフリカのサバンナや砂漠では、ダチョウは10羽くらいの小さな群れを作って暮らしています。
オスはけっこうまめで、繁殖期になると砂地に月のクレーターみたいな巣を作り、卵が孵(かえ)ったらオスとメスが一緒になってヒナを育てます。そこだけ見るとけっこう家族思いです。
ところがちょっとしたきっかけで、家族はお互いのことがわからんようになってしまいます。
たとえばA家のオスが、メスと子どもたちを引き連れて歩いているとします。そこにちがう家族の一団、B家がやってくると、場合によってはオスどうしがケンカを始め、大騒動になります。
あるいは音に対してけっこう神経質なところはあるので、たまたま大きな音が鳴ったりしただけでもパニックになり、両家入り乱れて大騒ぎ。
騒動がおさまり、「やれやれ」と群れに戻るとき、どういうわけかA家とB家はごちゃまぜになり、ちがう組み合わせになっていたりします。
B家の子どもがA家に混じることもあれば、ときにはメスが入れかわっていることさえある。それでもだれも、気がつきません。つまりオスは、自分のヨメさんの顔も子どもの顔も覚えてないわけです。
ヨメさんもヨメさんです。ダンナの顔も覚えてなければ、他人の子どもと自分の子どもの区別もつかない。さっきまでは子どもが5羽だったのが7羽に増えても、あるいは3羽に減っても気がつきません。数の概念もないんですね。
かくして家族構成がぐちゃぐちゃになったA家とB家の面々は、あたかも「もとから家族でした」みたいな顔をして、平然と群れとなって歩きはじめます。神戸のダチョウ牧場で初めてこの現象を見たときは思わず声が出ました。
「そんなアホな……」
これについてイギリスのある動物行動学者は、オスが自分の一族を増やすためにほかの家族の子どもを混ぜる「家族誘拐本能」だと言っています。
でも23年ダチョウを観察しつづけた僕の見立てでは、そんな高尚な戦略とは思えません。要するに、単にアホなんですわ。
コロニー(集団)を作るタイプのペンギンの場合、海から戻ってきた親は、陸でぎゅうぎゅう詰めになっている何千羽のヒナのなかからまちがいなく自分の子どもを見分けると言われています。同じ鳥類やのに月とスッポンです。
常に行き当たりばったり、よく遭難する
ダチョウの行動はとにかく意味不明なんです。たとえば1羽が急に走り出すと、つられてみんなどどーっと走りはじめます。別に理由も目的もないし、先頭を走るのがリーダーというわけでもありません。
たまたま1羽が気まぐれに走り出すと、みんなアホみたいについていってしまうんですね。
その走りの迫力たるや! 脚の長いダチョウたちが羽をふくらませ、すごい勢いで疾走する様子はなかなか見ものです。
ところが勢い余ってカーブを曲がりきれず、フェンスにぶつかるダチョウもいてる。なんやもう、わやくちゃですわ。
先頭のダチョウが行き止まりに突き当たると、後ろのダチョウたちがつかえてきてわらわらと団子状態になってしまいます。しかたないから最後尾のダチョウがまわれ右して後ろにむかって走り出すと、またそのダチョウの後をみんなぞろぞろついていく。
なんの脈絡もなく、なんの方針もなく、ただただ右往左往。「烏合(うごう)の衆」とはこのことです。
ときには勢いよく集団で走っていった先が崖の上だったりします。2時間サスペンスドラマのクライマックスみたいなシチュエーションに、当のダチョウたちがビックリ。
「ええ~っ、なんでこんなとこにおるんやろう?」みたいな感じで急停止し、恐怖で固まってしまう。これまた止まりきれずそのまま崖から落ちてしまうヤツもいてます。
今までそんなふうにして崖上や崖下で遭難したダチョウをどれほど助けたことか。「なに考えてるんや」とツッコみたくなりますが、要はなにも考えてないんですね。アホの上に「ど」をつけたろか? と思います。
人が乗った違和感もすぐに忘れる
鳥はヒナから育てると人間になつくケースが少なくありません。僕は京都府立大学の下鴨キャンパスで、卵から孵(かえ)したエミューを3羽飼ってますが、彼女たちは僕の後をトコトコついてきます。
おっさんがデカい鳥を引き連れて歩いてる様子はちょっとした見ものらしく、おかげで僕はキャンパスでけっこう人気者です。
「カワイイ~ッ」という女子大生の声に、まんざらでもない気分になります。僕がカワイイわけやないのは、ようわかってますけど。
エミューさんたちは学生にも慣れて、校舎の間を歩いています。ちゃんと人間の個体識別もしているようです。
ときどきサッカーフィールドに乱入して、人間といっしょにサッカーしたりしてますよ。エミューはボールを蹴ることができるんです。いつかゴール決めるんやないかと期待してます。
ところがダチョウは、自分の家族の顔さえ覚えられへんくらいやから、当然、人間の顔も覚えません。毎日お世話しても、毎回「だれやコイツ?」みたいな表情をしています。ツンデレやなく、ツンツンです。
ただ、なかなかなつかないのに、背中には乗せてくれるんです。僕は最近ではあまり乗りませんが、僕の片腕でダチョウの世話をいちばんしている足立和英君は上手に乗っています。
ダチョウは人に乗られると、「あっ、なんかが乗った」と気づき、ちょっと迷惑そうな様子を見せます。
ところがすぐに忘れてしまうようで、人を乗せたまま平然と群れに戻っていきます。記憶力がとんでもなく弱い上、状況を理解する能力もあまりないんですね。
おかげでカウボーイのようにカッコよく乗りこなすことも夢じゃないんです。
最大の特徴は鈍感さと、類いまれな回復力
鳥は一般的に清潔好きです。羽は空を飛ぶための大事な道具だからしょっちゅう羽繕(はづくろ)いをしてきれいにするし、水浴びや砂浴びなどでメンテナンスを欠かしません。
ダチョウはこの点でも鳥らしからぬ鳥と言えます。羽繕いはほとんどしないし、羽が泥だらけでも気にならないようです。自分のウンコをつけたまま平気で走っているし、どんだけ無精者なのか。
空を飛ばないせいで羽にそれほど神経質にならないのかもしれませんが、この鈍感さはダチョウの大きな特徴です。
ダチョウは2羽以上で飼うと、ときどき仲間どうしで羽をむしり合ったり、お尻をつつき合ったりします。
ダチョウの毛根は人間の小指の先くらいの太さがあるので、そうやって羽をむしられると穴があいて血が出ます。
鳥はケガに弱く、ちょっとのケガで死んでしまいます。セキセイインコなんて数滴血が出ただけでも貧血になって、命の危険に瀕してしまうほどです。
ところがダチョウは血が出るくらいどうってことないようです。痛みに対してケタちがいに鈍感なんですわ。
「三歩歩けば忘れる」とかいって、ニワトリはアホの代表みたいに言われています。
たしかにニワトリも大概アホやけど、ああ見えて意外に繊細で、注射をすると卵を産まなくなることが多いんです。注射されて痛いのと、とっ捕まえられたことのストレスでしょうね。ちがう鶏舎に移しただけでも卵を産まなくなったりします。
そこへいくとダチョウは注射をしてもなにも感じないようで、おかげで抗体を作る上でごっつ助かってます。
仲間内でつつき合うのは、縄張り争いか? はたまた集団内の順位をめぐる争い?
観察していると、どうやらそういう意味がある行動ではないようです。単にヒマやからだと思います。「ほかにすることもないし、ちょっとアイツをイジメたろか」といったとこでしょう。
そのうち血のにおいを嗅ぎつけてカラスがやってきます。ダチョウの背中に舞い降りて、図々しく肉をついばみ始めても、ダチョウは知らん顔。尻の肉がえぐれ、かなり出血しても平然とエサのもやしを食べ続けます。
いくら痛みに鈍感やとしても、自分の身ィが食われてんのにもやしを食うとるなんて!
「自分のそのデカい目ェは節穴か! カラスを追っ払わんかいッ」
そうひとこと忠告したくなります。
でも、驚くのはここからです。
ぼこっと体に穴があいて骨まで見えるひどい重傷を負っても、ダチョウは死なへんのです。
傷に薬をスプレーしておけば数日で傷がふさがり、1ヶ月もすれば皮膚が再生されて元どおりになります。これほどの回復力のある生き物は、そうはいません。
なんでこんなに早く傷が回復するんやろう。
不思議に思ってダチョウの傷口の組織をホルマリン漬けにして大学に持ち帰り、顕微鏡でのぞいたところ、ダチョウの細胞はほかの動物の細胞よりはるかに速く動くことがわかりました。
ケガをすると、傷口をふさごうとして細胞が傷口のまわりで動きはじめます。ダチョウの場合、その動きがごっつ速いわけです。
だから大ケガをしても、カラスに尻の肉を食われても、驚異的な速度で回復するんですね。
傷口から感染症にかかることもないのは、免疫力が並外れて高いからでしょう。それだけ抗体を作る能力が高いとも言えます。
ダチョウがとてつもない生命力と免疫力の持ち主であることは間違いありません。
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