新型コロナなど感染症予防に力を発揮する、いま注目の「ダチョウ抗体マスク」。
その開発者で京都府立大学学長、獣医学の博士でもある塚本康浩氏の新刊『ダチョウはアホだが役に立つ』が話題だ。
ここでは本書から一部を紹介する。鳥類はアレルギーにならないというのが定説なのに、ダチョウは花粉症になるという。
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ダチョウも花粉症になる
なんと花粉症にも効くんです、ダチョウ抗体。ことの始まりはダチョウ抗体マスクを売り出してしばらくした頃でした。
「あのマスク着けてると花粉の季節もラクなんや」
「くしゃみも鼻水もあんまり出んようになった」
という声が届くようになったんです。それを聞いて、僕はある不思議な現象を思い出しました。
ダチョウはめったに病気にならへんし、大ケガをしてもすぐに治ります。それなのに、なぜか春先になるとなんとなくまぶたが腫れるダチョウさんがいてるんで、ちょっと気になっていました。
まぶたといっても、人間のまぶたみたいに上からかぶさるものとはちがいます。全力で走るときなんかに、瞬膜(しゅんまく、正式名称は第三眼瞼といいます)という半透明の膜が眼球の上をカバーするんです。
風圧やホコリから目を守るためのシステムなのでしょう。
その瞬膜を腫らしているダチョウさんがいるので、もしかしてと思って血液検査をしてみると、花粉アレルゲンに対する抗体が見つかったんです。つまり花粉症です。普通、鳥類はアレルギーにならないというのが定説なんですが……。
あの丈夫なダチョウも花粉症になるなんて! 森の中で飼っていて、絶えず花粉にさらされているせいでしょうね。
ちょっとした驚きだったし、そんな弱みがあると思うと、ますますダチョウさんがかわいく感じられました。
ダチョウ抗体で花粉症がラクになるしくみ
同時に「これはいけるんちゃうか」とピンときました。
ここ20年ほど、花粉症に悩まされる人の数がずいぶん増えています。大学でも春先になると学生たちが鼻をぐしゅぐしゅ。よう鼻かんでるし、くしゃみもよう聞こえます。
抗アレルギー薬などを処方してもらっている人も多いですが、眠くなるとか喉が渇くとか、副作用がつらいので薬は飲みたくないという声もよく聞きます。
花粉によるアレルギー反応は、こんなふうにして起こります。
花粉という異物が体に侵入した際、「これは敵や!」と免疫細胞が判断すると、IgE抗体というものが生まれます。
その後、ふたたび花粉が体内に入ると、鼻や目の粘膜で門番をしているIgE抗体が花粉アレルゲンと結合することで、ヒスタミンなどの化学物質が分泌されます。
この化学物質が、目のかゆみやくしゃみなどを引き起こすわけです。
そこで、ダチョウ抗体を使ってこんな比較実験をしました。
Aの濾紙(ろし)には、花粉アレルゲンをしみ込ませておきます。Bの濾紙には、花粉アレルゲンをしみ込ませ、さらに花粉症のダチョウの卵から作った抗体を添加します。
花粉症の人の皮膚にAの濾紙を塗布すると、1時間後には皮膚が赤くなり、アレルギー反応が起こります。
ところがBの濾紙を塗布した場合、アレルギー反応が起きないのです。
ダチョウ抗体が抗原である花粉アレルゲンと結合するため、人の皮膚でのアレルギー反応を抑制するんですね。だからダチョウ抗体マスクは花粉症の人にも役に立つんです。
実験結果を公表すると「花粉症がラクになるマスク」として話題になり、ダチョウ抗体マスクはさらに注目されるようになりました。
ふつうのマスクでも花粉はガードできるのでは?
「いやいや塚本先生、花粉はウイルスより粒子が大きいから、一般の不織布マスクでもガードできるんちゃいますか?」
そう言わはるのももっともです。でも一般のマスクには、ちょっとした落とし穴があるんです。
マスクをしていると、口元の湿度が上がりますね。たぶん90%くらいになるんやないでしょうか。するとマスクそのものにも水分が含まれてしまいます。
スギやヒノキの花粉は、水分と接すると被膜が破裂して、中からアレルゲンが飛び出すという性質があります。
そのため一般的なマスクでは、ふよふよと飛んできた花粉が表面につくと、マスクの中の水分に反応して、花粉の被膜が破裂する危険性が高いんです。
これではマスクを着脱する際に、アレルゲンに触れたり吸い込んだりする危険性が高まってしまいます。
ダチョウ抗体マスクの場合、花粉の被膜が破れてアレルゲンが放出されても、フィルター表面に配合されたダチョウ抗体と結合します。するとIgE抗体が反応することがなくなり、ヒスタミンなども放出されません。
ですから、花粉症の症状を抑制できるというわけです。
万病の元・歯周病とも闘ってくれる
近年、歯周病が糖尿病や脳梗塞、心筋梗塞、認知症の原因になることが明らかになってきました。歯周病は万病の元、これはなんとかせなあきません。
虫歯の原因はミュータンス菌、歯周病の原因は歯周病菌です。だからたいていの歯磨き粉には殺菌成分が入っていますが、殺菌というのもなかなか難しいもんなんです。
ミュータンス菌や歯周病菌だけでなく、口の中のいろんな菌もついでに殺菌してしまいます。ええ話のようで、実はそうやないんです。
最近、腸内フローラとか善玉菌、悪玉菌といった言葉をよう聞きませんか?
実は口腔内にも善玉菌と悪玉菌がいて、口内フローラを作っているんです。腸内と同じで善玉菌と悪玉菌がうまいことバランスが取れていると、口内の健康を保っていられるわけです。
だから菌を全滅させてバランスを崩すのは望ましくないんですね。
そこでダチョウさんの登場です。ダチョウから作った抗ミュータンス菌抗体や抗歯周病菌抗体は、ミュータンス菌や歯周病菌にのみ結合して、不活性化してくれます。
ですからダチョウ抗体原料入りの歯磨き粉や口腔ケア用品は、善玉菌を傷つける心配がないんです。
言ってみれば、殺菌ではなく“整菌”といったところでしょうか。そんなふうにピンポイントで狙ったウイルスや菌に効くところが、ダチョウ抗体の大きなメリットやと思います。
この特徴のおかげで、抗生物質の弱点をカバーすることも可能なんです。
世界初の抗生物質ペニシリンが作られたのは1928年。今から100年ほど前です。その後作られたさまざまな抗生物質は多くの人命を救い、感染症から人間を守りました。
ところが近年、抗生物質が効かない耐性菌が問題になっています。
それに抗生物質は有用な腸内細菌も殺してしまうので、いったん菌がなくなったところに悪いヤツが入ってくるとそれが優位を占めて、悪さをしてしまうこともあるんですね。これは菌交替症と言われており、抗生物質の弱点とされています。
ダチョウ抗体は、経口で服用しても胃酸でやられることなく、腸まで届いてくれます。そして悪いヤツだけ叩いてくれるので、有用な腸内細菌を守ることができるわけです。
昨今、腸内フローラについての研究もどんどん進んでいます。この先、ダチョウ抗体を使った治療も進んでいくんやないでしょうか。
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