新型コロナなど感染症予防に力を発揮する、いま注目の「ダチョウ抗体マスク」。
その開発者で京都府立大学学長、獣医学の博士でもある塚本康浩氏の新刊『ダチョウはアホだが役に立つ』が話題だ。
ここでは本書から一部を紹介する。新型コロナウイルスの発生直後、中国から塚本氏のもとに連絡が相次いだ。
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発生後すぐに中国から問い合わせが相次ぐ
2019年12月、中国で新しいウイルスが発生したというニュースが飛び込んできました。それまでも数年に1度は新しいウイルスが登場していたので、どうなるかと思って様子を見ていたら、またたく間に患者数が増えていきます。
感染力も強いようで、このままだと世界中に蔓延(まんえん)する可能性があるのではと心配していたら、中国政府や中国の研究者から、ダチョウ抗体に関する問い合わせが相次ぎました。
一時しのぎですが、似たウイルスであるSARS抗体を備えた「ダチョウ抗体マスク」を中国に送りました。
しかしこれは一日も早く新型コロナウイルスの抗体を作らなあかんと決意しました。
新たな感染症が流行るたびに、時をあけずにダチョウの卵の黄身から抗体を作ってきました。
2009年の新型インフルエンザ、2012年のMERS、その後もエボラ出血熱、デング熱などのダチョウ抗体を作り、世界各地で感染予防に役立ててもらっています。
コロナウイルスそのものに関しては大学生の頃から研究をしていて、遺伝子の構造は似ているので、ウイルスのどこを叩けば感染が防げるということはだいたい想像がつきます。
SARSもMERSもコロナウイルスの一種なので、抗体を作った実績も経験もあったわけです。
ダチョウより先に自分の体で人体実験
2020年1月、尋常ならざるスピードで新型コロナウイルスの遺伝子情報がデータベースに公開されました。それを見ると、基本的にはSARSのウイルスとよく似ています。
1月末、遺伝子情報をもとに、今回の新型ウイルスの作製を開始しました。といっても、「スパイクたんぱく質」だけを培養細胞で作製したもので、感染力はありません。
スパイクたんぱく質は、コロナウイルスが人の細胞に感染する際に使うものです。電子顕微鏡でコロナウイルスを見ると、表面をスパイク状の突起がおおっています。その部分がスパイクたんぱく質です。
スパイクたんぱく質が受容体と結合して人間の細胞膜に融合し、ウイルスの遺伝子を細胞の中に放出することで、感染が始まります。1つのウイルスが細胞内に入ると、1000個ほどに増えると言われています。
ウイルスが行動を開始する場所は、おもに鼻やのどの粘膜の上皮細胞です。ウイルスが入った飛沫(ひまつ)を鼻から吸ったり、ウイルスがついた手で口をさわったりすることで感染するんですね。
そしていちばん多くスパイクたんぱく質がとりつくのが、肺の上皮細胞です。そのため肺炎の症状が出る、というわけです。
スパイクたんぱく質をブロックする抗体があれば、細胞にとり付くことができなくなるので、感染を防ぐことができます。
新型コロナウイルスに対応した抗体をたとえばマスクに配合すれば、感染者と同じ空間にいても、マスクの表面でダチョウ抗体が新型コロナウイルスを不活性化してくれます。一日でも早く抗体を作らねばと思い、睡眠時間を削って取り組みました。
無毒化した新型コロナウイルスのスパイクたんぱく質は、すぐに作製できました。これをいきなりダチョウに注射して、万が一ダチョウさんに何かあったら申し訳ありません。
そこでまずは自分に打ってみることにしました。ダチョウさんのための人体実験です。
というのは大義名分で、研究を進めるために僕自身を感染から守らなあかんかったわけです。すると間もなく体内に抗体が生まれたことが確認できました。自分で作ったワクチンが効いたということです。
世界に先駆けて抗体精製に成功
僕の体でとくに問題は起きなかったので、いよいよダチョウに注射させていただくことに。その2週間後には期待どおり、大量の抗体が含まれる卵を産んでくれはりました。
世界保健機構(WHO)は2月に、新型コロナウイルスの正式名称をCOVID-19と命名しました。ちょうどその頃、研究室ではダチョウ抗体がCOVID-19ウイルスのスパイクたんぱく質と強く結合し、生きたコロナウイルスの感染を抑制することが実証できていました。
こうして世界に先駆けて、新型コロナウイルスを不活性化させる抗体の精製に成功したのです。
抗体の大量生産に関しても、ダチョウパワーのおかげで世界でいちばん乗りできました。
水戸黄門の印籠やないけど、マスクについてるダチョウマークを、「これが目に入らぬか」と掲げたい気分です。もちろん偉いのは、新型コロナウイルスの抗体が入ったええ卵を次々と産んでくれてはるダチョウさまです。
さっそくダチョウ抗体の大量生産を開始し、ダチョウ抗体マスクに配合しました。最優先で納品した先は医療関係者の方々です。
それから一般の方向けのマスクにも配合しましたが、抗体は足りているもののマスク工場の生産力には限りがあるので、2021年春現在、需要に生産が追いつかず面目ありません。
マスクに続き、新型コロナウイルス対応の抗体入りスプレーや抗体入りキャンディーの生産も始まりました。スプレーをドアノブやマスクに吹きかけておくと、万が一ウイルスがついても、そこで抗体がキャッチして不活性化してくれます。
キャンディーは人込みに出かけたり満員電車に乗るときに舐めていると、のど粘膜をウイルスから守ってくれます。
新型コロナはこの先どうなるか
COVID-19などの病原菌や微生物は、危険性に応じて4つのリスクグループに分けられます。いちばん危険性が少ないのはグループ1、もっとも危険性が高いのがグループ4です。
いちばんリスクが高いグループ4には、天然痘やエボラ出血熱が含まれています。そして今のところCOVID-19は、グループ3にカテゴライズされています。
グループ3にはSARSやMERS、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、狂犬病ウイルスなどが含まれています。グループ2である季節性インフルエンザやノロウイルスより危険性が高いということです。
COVID-19は次々と変異しています。短期間に変異するのはウイルスにはよくあることですが、どういう方向に変異していくかが問題です。
感染力が強い方向に行くのか、病原性(病原体が病気を起こそうとする力)が高い方向に行くのか。あるいは弱毒化していく場合もあります。
今までの呼吸器系の感染症の例をみると、あるていど流行が広まったらウイルスそのものが弱毒化していくのが一般的な流れです。そして季節性のインフルエンザとそれほど変わらなくなってしまうケースが多いのです。
なぜそうなるかというと、病原性が強くなりすぎると宿主である人間が動けなくなったり、死んでしまったりするからです。するとウイルス自体が勢力を伸ばして生き延びることができなくなるので、戦略としてはあまりよろしくない、ということでしょう。
ほどよい感じで人になじみ、居場所を拡大していく。それが大方のウイルスが取っている生き延びるための戦略です。
ヘルペスウイルスなどは完璧に人の体に入り込み、普段はおとなしくしているけれど、免疫力が落ちるとガッと増えて悪さをします。これなど、まさにわれわれは「ウィズウイルス」状態なわけです。
ただ、COVID-19が今以上に狂暴化しないという保証はありません。それがウイルスの怖いところです。まだまだ油断はできませんし、個人でもできる限りの対策を取るべきだと思います。
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