任天堂のデザイナーとして14年半を過ごし、独立。現在はオンラインコミュニティ「前田デザイン室」代表としても活躍する前田高志さんは、入社した直後、周りの先輩社員、同期社員との能力差がありすぎて衝撃を受けたそうです。そんな厳しい状況の中で「自分の仕事」をするためにどのような方法をとったのか。予約殺到で発売前重版となった話題の書籍『勝てるデザイン』から一部をお届けします。
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「いいや、勝手に作っちゃおう」がすべての始まり
僕のデザイナーとしての転機になった仕事の一つが、入社4年目で作った任天堂の採用ポスターです。
マリオにリクルートスーツを着せ、文字は最小限に。これは様々な意味で、僕にとって画期的な仕事になりました。
どういうことか。順序だてて話しましょう。
まず僕は、デザイナーなら誰しも思う「ポスターを作りたい」という願望をどうにか実現しようと思っていました。しかも消費サイクルが早い広告ポスターではなく、アート寄りのものを……。ですが、そんな案件がまだ駆け出しの僕に降ってくるわけがありません。
そんなある日、小さなチャンスの芽を見つけました。
僕がいたチームは、任天堂の会社案内や、投資家向けに配るマニュアルレポートなどを作っていました。僕も毎年、会社案内の案を考えプレゼンしました。
そのため、毎年時期が来ると「さて、今回の学生はどういう年に生まれてどういう世代なのか」を毎日考えます。すると、2005年に入ってくる学生は、ちょうどファミコンが世に出た頃に生まれた世代だということがわかりました。
そこで、マリオがリクルートスーツを着ていたらどうだろうかと考えました。ただ、会社から求められた仕事はあくまで、会社案内の制作でした。しかもすでにコンセプトはあって、リクルートスーツマリオはマッチしていなかったのです。
でもせっかくいいデザインを思いついたのだから絶対に出したい。
「いいや、採用されなくてもいいから勝手に作っちゃおう。誰かに見せたい」
僕はそう決心し、秘密裡にポスター制作を進めました。
そして迎えた社内会議の当日、僕はその場で、その年の会社案内をプレゼンした後に、実は……と話を切り出しました。その結果採用されることに。
世界で最も歴史ある国際的な広告賞を受賞
ものづくりに興味がある人に刺さってほしいので、自由度も高くし、印刷にもこだわりました。
バフン紙というザラザラした和紙のような紙を使い、オフセット印刷でしたがとにかく濃く刷ってもらうと、ポスターカラーのように鮮明な色が出て、一枚の絵のように仕上がりました。
このポスターは、まず掲示した美大から「参考作品としてあと数枚いただけませんか?」とわざわざ会社に連絡があるほど好評でした。
さらに、ニューヨークADC賞(The ADC Annual Awards)で、入賞ですが賞を獲りました。ADC賞は、デザイナーなら誰しも憧れる、世界で最も歴史ある国際的な広告賞です。「美術品同様に厳しい基準で広告が審査される」ことで知られ、非営利団体「Art Directors Club」(アート・ディレクターズ・クラブ)が1920年に創設しました。現在は非営利団体「The One Club」と「ADC」が合併し、「The One Club for Creativity」が運営しています。
30歳までに獲りたかった賞なので、心から嬉しかったのを今でも覚えています。やっと自分の仕事ができた、と思えた瞬間でした。
このポスターに関しては、僕がもともとやってみたかったデザインから発想が始まりましたが、そういうものじゃなくても、「こういうものがあった方が便利じゃないか? もっと売れるんじゃないか?」という目線で提案してみるのもいいと思います。
ゲームキューブの売り場を見て「これじゃだめだ」
例えば僕が作ったCDサイズのミニパンフレット。入社してすぐは目の回るような忙しさでしたが、程なくしてそのピークが過ぎました。しかし僕はじっとしていられない性格です。ある日、電気屋さんのゲームキューブ売り場を見に行きました。そこで見たのは、ホームページの画像を家庭用のプリンターでプリントアウトした、解像度が粗い画像で商品が魅力的に見えないPOPでした。
「なんだこれ……これでいいのか? デザインすることはまだまだたくさんあるじゃないか!」
そう思った僕は、会社に帰りCDサイズのミニパンフレットを勝手に作って、提案しました。電気屋さんで見た状況も話して。
結果は、採用。すぐに制作スタートとなりました。
自分で勝手に提案して通った仕事は、やりたいことだから、最高の自分ごととして進められます。仮に人から依頼されたことだとしても、自分ごとにしてしまえば自分の企画になります。
仕事は「いかに自分ごとにできるか」で面白さが変わるのです。
だからこそ、どんどん勝手に提案して、仕事を最高の自分ごとにしていきましょう!
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「どうせダメだろう」「自分なんて」と思わずに、とにかく作ってみる。やってみる。その「ちょっと」の勇気が、その後の人生を変えるかもしれません。前田高志さん『勝てるデザイン』好評発売中です!(編集部・か)
勝てるデザイン
デザインはデザイナーだけのものじゃない。ビジネスマンはデザイナーの思考と技術を知れば、より売れる・刺さる・勝てるコンテンツを作ることができる。人気クリエイティブ集団「前田デザイン室」を率いる元・任天堂デザイナーが書く、デザインのすべて。