「本の上にグラスを置いたりしたら私なら死刑よ」
アメリカの作家フラン・レボウィッツは、この春公開の映画「ブックセラーズ」の中で、そのようにまくしたてている。NYブックフェアを舞台にしたこの映画には、多くの書店主やコレクターが登場するが、要所要所でこの作家が語っている、本に対する愛と少しの毒を含んだコメントが、観るものの笑いと共感を誘っている。
本の上にグラスを置くなんて、そんな人は実際にはいないでしょうと思われるかもしれないが、それは案外そうでもない。いまよりずっと前、Titleが開店してまもないころだが、雑誌の取材にきたクルーがイメージカットを撮りたいと、何冊かの本とコーヒーカップを持って、二階のギャラリーまで上がっていった。
ふーん。イメージカットねぇ……
嫌な予感がしたので(本に「イメージ」なんかあるのか)わたしも二階に上ってみると、そのライター兼編集者の指示により、本を何冊か積み重ねた上にコーヒーカップを置いた写真を、いままさにカメラマンが撮ろうとしていた。
思うに彼らは、「ブックカフェ」という写真がほしかったのだろう。しかし自分たちの取材対象である本を自らの手で貶めていることに、はたして気がついていたのかどうか……。コーヒーカップに液体は入っていなかったが、問題はそういうことでもなく、すぐにその写真は撮るのをやめにしてもらった。
ある日、北海道からきたという女性が見せてくれた本には、たくさんの付箋がつけられていた。よく見ると本にかけられたカバーは手垢にまみれ、それを持つ彼女の手によくなじんでいる。
以前、この店のウェブショップで買いました。大切な本なので、いつも持ち歩いています。
確かにその本には見覚えがあり、むかし店でよく売れていたものだった。しかしいま彼女が手にしている本は、かつてこの店にあったことを想像もさせないほど、命が吹き込まれた「彼女だけのもの」となっている。
店に並べている本は新刊本だが、それはお客さんが買った時点でその人のものとなり、〈新刊〉ではなくなる。では、その人が買う前は店のものであったのかといえば、それは必ずしもそうとは言い切れない。
確かに資産という点でそれは店の本なのだが、最終的には誰かの手に渡るため、その本はそこにあるようにも見える(それは店にあるあいだ、一時的に本屋が預かっているだけなのだ)。だからずっと棚にあり、売れていなかった本が売れたときなど、買った人と本を見比べながら、あぁ、よかったと、胸をなでおろすのかもしれない。
店に並んでいるときも、その本には命があったのだろう。しかしそれを手にする人がいてはじめて、本が持っていた命は水を得た魚のように輪郭がはっきりとして見える。たとえ何冊本を売ったとしても、その劇的な変化にはいつも驚かされる。
本は生きている。
だから、本にグラスを置いていいわけなんかないのだ。
今回のおすすめ本
『世界の紙を巡る旅』浪江由唯 烽火書房
世界を探せば、同じ思いをもったソウルメイトは必ずいる。紙が好きという気持ちを胸に旅した、303日の記録。手漉き紙を使った造本が、その内容を余すところなく伝えている
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー
三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念
東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。
※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)
◯【お知らせ】
我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。
毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間
東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。