1. Home
  2. 生き方
  3. 本屋の時間
  4. 本にグラスを置いてはならない

本屋の時間

2021.04.01 公開 ポスト

第107回

本にグラスを置いてはならない辻山良雄

「本の上にグラスを置いたりしたら私なら死刑よ」

アメリカの作家フラン・レボウィッツは、この春公開の映画「ブックセラーズ」の中で、そのようにまくしたてている。NYブックフェアを舞台にしたこの映画には、多くの書店主やコレクターが登場するが、要所要所でこの作家が語っている、本に対する愛と少しの毒を含んだコメントが、観るものの笑いと共感を誘っている。

 

本の上にグラスを置くなんて、そんな人は実際にはいないでしょうと思われるかもしれないが、それは案外そうでもない。いまよりずっと前、Titleが開店してまもないころだが、雑誌の取材にきたクルーがイメージカットを撮りたいと、何冊かの本とコーヒーカップを持って、二階のギャラリーまで上がっていった。

ふーん。イメージカットねぇ……

嫌な予感がしたので(本に「イメージ」なんかあるのか)わたしも二階に上ってみると、そのライター兼編集者の指示により、本を何冊か積み重ねた上にコーヒーカップを置いた写真を、いままさにカメラマンが撮ろうとしていた。

思うに彼らは、「ブックカフェ」という写真がほしかったのだろう。しかし自分たちの取材対象である本を自らの手で貶めていることに、はたして気がついていたのかどうか……。コーヒーカップに液体は入っていなかったが、問題はそういうことでもなく、すぐにその写真は撮るのをやめにしてもらった。

ある日、北海道からきたという女性が見せてくれた本には、たくさんの付箋がつけられていた。よく見ると本にかけられたカバーは手垢にまみれ、それを持つ彼女の手によくなじんでいる。

以前、この店のウェブショップで買いました。大切な本なので、いつも持ち歩いています。

確かにその本には見覚えがあり、むかし店でよく売れていたものだった。しかしいま彼女が手にしている本は、かつてこの店にあったことを想像もさせないほど、命が吹き込まれた「彼女だけのもの」となっている。

店に並べている本は新刊本だが、それはお客さんが買った時点でその人のものとなり、〈新刊〉ではなくなる。では、その人が買う前は店のものであったのかといえば、それは必ずしもそうとは言い切れない。

確かに資産という点でそれは店の本なのだが、最終的には誰かの手に渡るため、その本はそこにあるようにも見える(それは店にあるあいだ、一時的に本屋が預かっているだけなのだ)。だからずっと棚にあり、売れていなかった本が売れたときなど、買った人と本を見比べながら、あぁ、よかったと、胸をなでおろすのかもしれない。

店に並んでいるときも、その本には命があったのだろう。しかしそれを手にする人がいてはじめて、本が持っていた命は水を得た魚のように輪郭がはっきりとして見える。たとえ何冊本を売ったとしても、その劇的な変化にはいつも驚かされる。

 

本は生きている。

だから、本にグラスを置いていいわけなんかないのだ。

 

今回のおすすめ本

世界の紙を巡る旅』浪江由唯 烽火書房

世界を探せば、同じ思いをもったソウルメイトは必ずいる。紙が好きという気持ちを胸に旅した、303日の記録。手漉き紙を使った造本が、その内容を余すところなく伝えている

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

{ この記事をシェアする }

本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP