「最悪で最高」「寝るどころじゃなくなってた」「読むとダメなやつ!」などなど、悲鳴さえ聞こえた、怖すぎるホラー小説『ほねがらみ』。
小説投稿サイトのカクヨムで連載していたものが、2020年の夏にネットでバズり、”待望の…”なのか、”してほしくなかった…”なのか、とにかく恐怖の中で書籍化、ついに発売を迎えた。
発売を記念して、「はじめに」を公開です。
(注)怖いのが苦手な人は、気を付けないと、眠れなくなります。
* * *
はじめに
はじめにお伝えしたいことがある。
私の趣味は怪談の収集であり、ここでは私が集めたもの、私のもとに集まってきたものを記録している。
そして、今回ここに書き起こしたものには、全て奇妙な符合が見られる。
私は、霊能力者や拝み屋や寺の住職、神社の神主、民俗学者などの研究職―といった怪異に関連するような仕事についているわけではない。普段は大学病院で働く九年目の医師だ。しかし子供の頃からずっと怖い話が好きだった。
父は怪異譚や伝奇の好きな人で、幼い頃、よくそういった話を聞かせてくれた。その影響で私は、「恐怖」にどうしても惹きつけられてしまう人間に育った。
もともとは単に怖い話を読むのが好きだった。勿論映像作品や漫画も好きだったが―幼少期に観たスティーヴン・キング原作の『IT』ドラマ版などは、しばらく眠れなくなるほど怖かったし、日野日出志や伊藤潤二などの描く不気味ながら幻想的で美しい世界にも魅せられた―しかし、私に一番合っていた媒体は書籍だった。
図書室に置いてあった「怪談レストラン」シリーズ、「学校の怪談」シリーズなどを早々に卒業し、そのあとはしばらく「新耳袋」などの実話系怪談を読み漁った。しかし、貴志祐介の『天使の囀り』を読んだことをきっかけに、私の興味はホラー小説に移っていく。プリミティブな恐怖に加えて、巧みに練り上げられた、読んだ後に残る恐怖以外の何か、快感のようなものを欲した。―つまり私の求める恐怖には「実」だけではなく「虚」の部分が必要だったのだ。
数々の素晴らしいホラー小説、平山夢明だとか、恒川光太郎だとか、道尾秀介だとかの作品にも出合い、夢中になった。そういった中でも、私が最も好きだったのは、三津田信三の作品である。中でも、「幽霊屋敷シリーズ」と呼ばれる三作品には強く惹かれた。三津田氏が様々なツテをたどって集めた恐怖譚を担当編集と一緒に考察していく。そのうちに、それらの恐怖譚が行きつく先が一軒の幽霊屋敷であることに気付く―というような内容だ。
三津田氏の卓越した筆力と、幅広い知識によって支えられたこれらの作品は、(小説というジャンルであるため)明確に「虚」であるのだが、全くそう思わせない力がある。まさに「虚実皮膜のあわい」である。
この小説を読んでから、私は変わった。
どう変わったかというと、実話の怪談を集めるようになったのだ。
「幽霊屋敷」シリーズの三津田氏のように、怪談を集めていくと、もしかして何かにたどり着くのではないか、と考えるようになったのである。
最初のうちはネットが主な収集の場だったが、次第に職場のスタッフから集めるようになった。大学病院である。そういった話の宝庫だし、比較的理解がある職員も多い。また、患者からも度々そういう話を聞く。患者と信頼関係を築くために雑談をしていると、自然に趣味の話になり、私のホラー好きに理解を示した患者は、その後もちょくちょく怖い話を持ってきてくれる。
「幽霊屋敷」シリーズにある、ひとつの映画をワンシーンずつ断片的にまったくバラバラのタイミングで見せられているような感覚。この感覚を味わいたくて始めた怪談収集だったが、幸いにも私は今まさにその感覚を味わっている。
私が今書いているこれは、元はネットに放流したネット小説であったわけだから、ネットの話を例に出そう。
これを読む読者の大半、五十より下の世代であろう人は、某巨大掲示板のスレッド、「洒落怖《死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?》」をご存知だろう。
「洒落怖」を知っている人なら誰もが知っていると言っても過言ではない「くねくね」という話がある。おそらく初出はこの書き込みだ。
212 名前: あなたのうしろに名無しさんが……投稿日:2001/07/07(土)01:28
わたしの弟から聞いた本当の話です。
弟の友達のA君の実体験だそうです。
A君が、子供の頃A君のお兄さんとお母さんの田舎へ遊びに行きました。
外は、晴れていて田んぼが緑に生い茂っている頃でした。
せっかくの良い天気なのに、なぜか2人は外で遊ぶ気がしなくて、
家の中で遊んでいました。
ふと、お兄さんが立ち上がり窓のところへ行きました。
A君も続いて、窓へ進みました。
お兄さんの視線の方向を追いかけてみると、人が見えました。
真っ白な服を着た人、(男なのか女なのか、
その窓からの距離ではよく分からなかったそうです)が1人立っています。
(あんな所で何をしているのかな)と思い、
続けて見るとその白い服の人は、くねくねと動き始めました。
(踊りかな?)そう思ったのもつかの間、
その白い人は不自然な方向に体を曲げるのです。
とても、人間とは思えない間接の曲げ方をするそうです。
くねくねくねくねと。
A君は、気味が悪くなり、お兄さんに話しかけました。
「ねえ。あれ、何だろ? お兄ちゃん、見える?」
すると、お兄さんも「分からない。」と答えたそうです。
ですが、答えた直後、お兄さんはあの白い人が何なのか、分かったようです。
「お兄ちゃん、分かったの? 教えて?」とA君が、聞いたのですが、
お兄さんは「分かった。でも、分からない方がいい。」と、
答えてくれませんでした。
あれは、一体なんだったのでしょうか?
今でも、A君は、分からないそうです。
「お兄さんに、もう一度聞けばいいじゃない?」と、
私は弟に言ってみました。
これだけでは、私も何だか消化不良ですから。
すると、弟がこう言ったのです。
「A君のお兄さん、今、知的障害になっちゃってるんだよ。」
また、この書き込みの数ヶ月後にこのような書き込みが行われる。
212 名前: あなたのうしろに名無しさんが……投稿日:2002/03/21(木)04:17
『それは小さい頃、秋田にある祖母の実家に帰省した時の事である。
年に一度のお盆にしか訪れる事のない祖母の家に着いた僕は、
早速大はしゃぎで兄と外に遊びに行った。
都会とは違い、空気が断然うまい。
僕は、爽やかな風を浴びながら、兄と田んぼの周りを駆け回った。
そして、日が登りきり、真昼に差し掛かった頃、ピタリと風か止んだ。
と思ったら、気持ち悪いぐらいの生緩い風が吹いてきた。
僕は、「ただでさえ暑いのに、何でこんな暖かい風が吹いてくるんだよ!」と、
さっきの爽快感を奪われた事で少し機嫌悪そうに言い放った。
すると、兄は、さっきから別な方向を見ている。
その方向には案山子(かかし)がある。
「あの案山子がどうしたの?」と兄に聞くと、
兄は「いや、その向こうだ」と言って、ますます目を凝らして見ている。
僕も気になり、田んぼのずっと向こうをジーッと見た。
すると、確かに見える。
何だ……あれは。
遠くからだからよく分からないが、人ぐらいの大きさの白い物体が、くねくねと動いている。
しかも周りには田んぼがあるだけ。
近くに人がいるわけでもない。
僕は一瞬奇妙に感じたが、ひとまずこう解釈した。
「あれ、新種の案山子(かかし)じゃない? きっと! 今まで動く案山子なんか無かったから、農家の人か誰かが考えたんだ! 多分さっきから吹いてる風で動いてるんだよ!」
兄は、僕のズバリ的確な解釈に納得した表情だったが、その表情は一瞬で消えた。
風がピタリと止んだのだ。
しかし例の白い物体は相変わらずくねくねと動いている。
兄は「おい……まだ動いてるぞ……あれは一体何なんだ?」と驚いた口調で言い、気になってしょうがなかったのか、兄は家に戻り、双眼鏡を持って再び現場にきた。
兄は、少々ワクワクした様子で、「最初俺が見てみるから、お前は少し待ってろよー!!」と言い、
はりきって双眼鏡を覗いた。
すると、急に兄の顔に変化が生じた。
みるみる真っ青になっていき、冷や汗をだくだく流して、
ついには持ってる双眼鏡を落とした。
僕は、兄の変貌ぶりを恐れながらも、兄に聞いてみた。
「何だったの?」
兄はゆっくり答えた。
「わカらナいホうガいイ……」
すでに兄の声では無かった。
兄はそのままヒタヒタと家に戻っていった。
僕は、すぐさま兄を真っ青にしたあの白い物体を見てやろうと、落ちてる双眼鏡を取ろうとしたが、兄の言葉を聞いたせいか、見る勇気が無い。
しかし気になる。
遠くから見たら、ただ白い物体が奇妙にくねくねと動いているだけだ。
少し奇妙だが、それ以上の恐怖感は起こらない。
しかし、兄は……。
よし、見るしかない。
どんな物が兄に恐怖を与えたのか、自分の目で確かめてやる!
僕は、落ちてる双眼鏡を取って覗こうとした。
その時、祖父がすごいあせった様子でこっちに走ってきた。
僕が「どうしたの?」と尋ねる前に、
すごい勢いで祖父が、
『あの白い物体を見てはならん! 見たのか! お前、その双眼鏡で見たのか!』
と迫ってきた。
僕は「いや…… まだ……」と少しキョドった感じで答えたら、祖父は「よかった……」
と言い、安心した様子でその場に泣き崩れた。
僕は、わけの分からないまま、家に戻された。
帰ると、みんな泣いている。
僕の事で? いや、違う。
よく見ると、兄だけ狂ったように
笑いながら、まるであの白い物体のようにくねくね、くねくねと乱舞している。
僕は、その兄の姿に、あの白い物体よりもすごい恐怖感を覚えた。
そして家に帰る日、祖母がこう言った。
「兄はここに置いといた方が暮らしやすいだろう。
あっちだと、狭いし、世間の事を考えたら数日も持たん……うちに置いといて、何年か経ってから、田んぼに放してやるのが一番だ……。」
僕はその言葉を聞き、大声で泣き叫んだ。
以前の兄の姿は、もう、無い。
また来年実家に行った時に会ったとしても、それはもう兄ではない。
何でこんな事に……ついこの前まで仲良く
遊んでたのに、何で……。
僕は、必死に涙を拭い、車に乗って、実家を離れた。
ずっと双眼鏡を覗き続けた。「いつか……元に戻るよね……」そう思って、兄の元の姿を懐かしみながら、緑が一面に広がる田んぼを見晴らしていた。そして、兄との思い出を回想しながら、ただ双眼鏡を覗いていた。』
◇ ◇
これは明らかに同じ話を、前者の投稿の中に出てきた「A君」の視点から書いたものだろう。
掲示板の住人がこの怪異を「くねくね」と名付けると、くねくねは、ネットの怖い話の象徴的な存在になっていく。
これ以降、様々な人が「田舎の田や川向こうに見えるくねくねと動く人影のような存在」を見た体験談を書き込み、掲示板の住人達は地域の特定や、神話に絡めた考察まで行い、大層盛り上がった。くねくねの話のルーツを探るとひとつの地域にたどり着くのである(今回はくねくねの話が主題ではないので明記しない。興味があれば調べてみると楽しいだろう)。
これが「ひとつの映画をバラバラに見せられているような感覚」である。
ネットから紙の本になっても変わらない。
私は、読者の皆さんとこの面白い感覚を共有したいのである。
ほねがらみ
大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。
手元に集まって来る、知人のメール、民俗学者の手記、インタビューのテープ起こし。その数々の記録に登場する、呪われた村、手足のない体、白蛇の伝説。そして――。
一見、バラバラのように思われたそれらが、徐々に一つの線でつながっていき、気づけば恐怖の沼に引きずり込まれている!
「読んだら眠れなくなった」「最近読んだ中でも、指折りに最悪で最高」「いろんなジャンルのホラー小説が集まって、徐々にひとつの流れとなる様は圧巻」など、ネット連載中から評判を集めた、期待の才能・芦花公園のデビュー作。
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