あまりの怖さにネットでバズった小説『ほねがらみ』は、恐怖の実話を集めている主人公による、ルポ形式で始まる。
なぜ、この小説が、ここまで怖がられるのか――。
第1章を読んでまいりましょう。まずは、軽~いジャブから…。
* * *
読 木村沙織
1
「先生は怪談を集めていらっしゃるんですよね」
由美子さんは唐突に「まるだいの会」でそう切り出した。
「集めているというのは言い過ぎですけど、そうですね、興味はあります」
まるだいの会は、SNSの中で出会った大学同窓生のグループだ。三年ほど前に初めてオフ会をして、それからちょくちょくこうして集まって、とりとめのない話をしている。年齢も職業もバラバラだ。
私はたびたびSNSで「怖い話」を落書きのような漫画にして、「きむらさおり」という名前で公開しているのだが、それがネットで話題になったことがあり、そのおかげで書籍を一冊出したために、由美子さんのように私のことを先生、と呼ぶ人もいる。恥ずかしいのでやめて欲しいのだが。
「そんな謙遜して。先生の漫画、いつも読んでますよ。あれってどこかで聞いた怪談の漫画化でしょ」
「ええまあ、そうですね」
私は少しムッとしながら答える。オリジナリティがないとでも言いたいのだろうか。
「あ、ごめんなさーい、気を悪くしないでくださいね。聞いた話でも、画像? 視覚的効果? が付くと段違いっていうか、とにかくファンですから!」
「それはどうも」
私は早く話を切り上げたくなり、机を指で叩く。まあ、こんなアピールで気付いてくれるほど敏感な人ではないだろう。
由美子さんは私より十歳ほど年上の専業主婦で、親切なのだが空気が読めないところがある。私と同じようにホラーコンテンツはなんでも好きらしく、趣味は合うのだが、優しいことで有名なメンバーの一人が、由美子さんのせいでまるだいの会に参加しなくなってから、すっかり皆から距離を置かれるようになった。嫌われ者の由美子さんと話していると、私まで避けられて皆と話せないので、なるべく距離を置きたいところだ。
しかし今日は、いつにも増して挙動不審だ。しきりにあたりを見回して、きょろきょろと落ち着きがない。
「それでね先生、私、先生にネタの提供してあげたいなーと思って」
なんて恩着せがましい。
しかし、最近の私の投稿に対するコメントは「またコピペの焼き直しかよ」「既存のホラー漫画のパクリってどうなの? これだからバズ由来の商業はカス」などの酷評が増えてきていて、正直かなり気に病んでいた。
そう、早い話がネタ切れ。鬱陶しいオバサンでも、ネタの提供はありがたい申し出だ。
「もちろん謝礼とか、頂きませんから、安心してくださいねぇー」
私は再びイラつきながら、
「ありがとうございます、でもこの会、怖い話が苦手な人もいますし。この後どこかでお茶でもしながらお話ししませんか」
「いーえー、とんでもない!」
由美子さんは首を何度も横に振った。そして声を落としてこう言った。
「私、後で先生にメール送ります。作品に昇華させるには、何度も読み返したいでしょう? そう思ってもう書いてあるんです。ファイルにして送りますから。本当に怖いんですよ! 早く読んでくださいねぇ」
由美子さんはお辞儀をすると、まるで似合わない少女趣味の服を揺すりながら、お先に失礼しますと言って店を出ていった。
Toきむらさおり先生
第一話 ある夏の記憶
橘雅紀さんは中学三年生だ。
その日、雅紀さんは、雅紀さんの両親と、高校二年生の姉と一緒に、田舎の祖父母の家に帰省していた。
夜、妙に喉が渇いて目が覚めた。麦茶でも飲もうと起き上がる。夏の夜なのにひんやりとした空気だった。廊下に出ると肌寒さを感じるほどだった。
―ギシ、ギシ、カサカサ
田舎の家はだだっ広い上に、ところどころガタが来ていて、時折こうして家鳴りがするから不気味だ。また、天井に浮き上がった大きなシミが、夜になるとことさら不気味に感じられた。
台所はかなり遠く、ひとりで行くのは勇気が要る。
―ギシ、ギシ、カサカサ
しかし、隣で寝ている姉を起こすのは躊躇われた。姉のことだ。中三にもなってオバケが怖いんでちゅかーなんて言ってからかうに決まっている。
なんとか一歩踏み出した。そのときだった。
長い廊下の先にぼうっと白く光る何かが見える。それは縦に伸びたり、横に広がったりして絶え間なく形を変えていた。
「ひっ」
悲鳴が喉から漏れる。しまった、と思ったときはもう遅かった。その白い何かは猛然と雅紀さんの方に突進してくる。だんだん、人のようなものに姿を変えながら。
逃げたい、逃げなくてはいけない、そう思うのに、足は根が張ったように動かなかった。
「いぬる」
耳元でそう囁いて、白い何かはフッと消えた。そこで初めて、大きな声が出た。
悲鳴を聞きつけて集まった家族は雅紀さんをなだめ、その白い何かが出てきたという場所に向かった。そこは何年もそのままにしていた物置だった。
「うわあ」
姉が悲鳴を上げ、父親が顔を顰めた。食べ物が腐ったような臭いが鼻を突く。
明かりをつけて臭いの元を探る。
徳利、皿、米、鏡―何年も放置していたであろう神棚が出てきた。
それから一ヶ月して雅紀さんの祖母は亡くなり、祖父はボケてしまったという。
雅紀さんはあの「いぬる」の意味を調べて、そして納得した。
ほねがらみ
大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。
手元に集まって来る、知人のメール、民俗学者の手記、インタビューのテープ起こし。その数々の記録に登場する、呪われた村、手足のない体、白蛇の伝説。そして――。
一見、バラバラのように思われたそれらが、徐々に一つの線でつながっていき、気づけば恐怖の沼に引きずり込まれている!
「読んだら眠れなくなった」「最近読んだ中でも、指折りに最悪で最高」「いろんなジャンルのホラー小説が集まって、徐々にひとつの流れとなる様は圧巻」など、ネット連載中から評判を集めた、期待の才能・芦花公園のデビュー作。
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