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ほねがらみ

2021.04.18 公開 ポスト

「読 木村沙織」の章より その4

連日メールで届く不気味な話。読むたびにかかって来る電話…『先生よ、み、ま、し、た?』芦花公園(小説家)

震える怖さで、ネットでバズった小説ほねがらみは、恐怖の実話を集めているという主人公の、ルポ系ホラー。

その怖さを味わっていただくため、第1章を、連日公開しています。
怖かったら、やめてもいいんですよ。やめても……。

*  *  *

読 木村沙織 

私が読み終わるのを待っていたかのように由美子さんからの着信がある。

本当にどこからか監視しているんじゃないのかと考えてしまうほどだ。

無視していても由美子さんは諦めないだろう。嫌だけれど電話を取る。

『先生よ、み、ま、し、た?』

「ええ、三つ目を。ていうかこれ、ブログのリンクじゃないですか。思わず踏んじゃいましたよ。ウイルスだったらヤバいって思って焦りました」

わざとおどけた口調で言っても、何も返答はない。由美子さんは私が感想を言うのを待っているようだった。

「由美子さんが作ったんですか? ブログ形式なんて、リアリティがあってゾクゾクしました。写真も付いてるし。ただ展開が唐突というかよく分からないことも多くて。奈津子が慶一を愛子から奪って結果的に愛子は堕胎することになった、その恨みから愛子はおかしくなってしまって……というのは分かるんですが、姫だるまモチーフの意味が分かりませんし、最後の七つの言葉も」

『本当に分からないの』

背筋を虫がのたうつような、冷たく、それでいて粘着質な声だった。

『子供が持って遊ぶと健やかに育ち、病人が飾ると起き上がりが早くなるといわれ信仰にまつわる心意を示す玩具です』

「ええ、姫だるまの説明でしょうそれ。気になって調べたら、愛媛県の民芸品なんですね。

可愛らしいのもあるけど、確かに不気味と感じるかも」

『豊穣赤ちゃん神様天井医者まびきだるま、これで分からないなんて笑えます』

「ちょっと由美子さん、さすがに失礼じゃないですか」

私は恐怖を怒りで紛らわすかのように、思っていたことをぶちまける。

「思ったことをなんでも言っていいってわけじゃないですよ。由美子さん、空気が読めないし、人が傷付くことを平気で言うところがあるでしょう。私は趣味が合う人が少ないからギリギリ我慢していますけど、正直嫌われてますよ」

『……すいません、先生、許してくださいねぇ』

由美子さんは急にしおらしくなって甘えるように言った。私も少し言い過ぎてしまったかもしれない。人を傷付ける人を、お返しに傷付けていいなんてことはないのだから。

『でも、でもね先生、先生には気付いて欲しいんです。全ての話はひとつなんです』

「なるほど、そういう形式のやつね。ミステリーも好きなので、謎解き頑張ります」

恐らくこれは実話ではなく、由美子さんの創作なのだろう。創作ができるなら、小説投稿サイトで発表するなりしたらいいと思うが、数少ないホラー仲間の私に最初に見せてくれようとしたということなら、悪い気はしなかった。

『分かれば、面白いですからねぇ』

「ですね。じゃあ最後まで読んで、それから答え合わせしたいです」

『待ってますねぇ』

由美子さんは電話を切った。全部読んでくださいねぇ、と言いながら。

(写真:iStock.com/Smitt)

To きむらさおり先生
第四話 ある民俗学者の手記

私は■■県■■にしばらく滞在することとなった。近所の人々とつき合って、土地の観察をすることにしたのである。

最初驚いたのは、病の子供がいないことであった。私にすれば、これくらいの年頃の子供らが病気をするのは当然であって、遺伝的因子にせよ、あるいは外的、栄養的因子にせよ、どういうことなのかと興味を抱いてしまったのである。

(中略)

■■においてもう一つ驚いたことは、どの家もワン・チャイルド・ポリシー(一児制)で、一軒の家には男児か女児どちらか一人ずつしかいないということであった。私が「兄が二人、妹が三人いる」と言うと、人々がざわめくほどであった。

しかし、一児制を採らざるを得なかった事情は、理解できる。農村の人々の間では、人口抑制の必然性の意識が高かったと推測される。飢饉(ききん)もしばしば起こり、農地の不足の意識は強かった。

■■によれば、■■の飢饉では秋口から早くも餓死者が出はじめ、山野の植物がなくなる降雪期になると、食物が無くなり餓死へ追い詰められていったとある。屍肉も食べるほどの飢えの中にあって、間引きは生きる者を残すためのやむを得ない手段であった。

(中略)

中絶手術ではなく、もっと露骨な方法が採られて来たわけである。所謂(いわゆる)間引きのようなものである。

町医者の元にも、■■の住人が死亡診断書の作成を依頼しに頻繁に訪れたらしいが、医者は多くの場合断ったという。

(中略)

ここに来て、早くも三年になる。

私の印象に最も強く残っているのは、川に沿って歩いてゆくと「お豊ヶ淵」と呼ばれるところに粗末な造りの小屋があり、誰が描いたものであろうか、壁一面におどろおどろしく彩色された絵が描かれてあったことである。

その図柄は、般若のような顔をした女が黒髪を振り乱し、嬰児の四肢を引き毟(むし)りはらわたを啜っているという残酷なものであった。夜になるとその女の絵がぼうっと映り、なにやら腐臭のようなものまで立ち込め(この川には硫黄含有量の多い水が流れている)、ひどく肝を冷やしたものである。

この図柄の意図は推察できるので、もの悲しい気持ちになるのだが。

また、小屋の中に入ってみると、意外にも奥行きがある造りをしていて、板張りもしっかりとしていた。

さらに奥には、神棚があった。

ふと見上げると、天井に大きな染みが広がっている。そこで連想したのが伏見城の血天井(ちてんじょう)である。

落城の折、最後まで残った鳥居元忠ら三百八十余名の兵が伏見城の「中の御殿」という場所に集まり自刃した。

その自害の現場は凄惨を極め、床板にはそのときに流れた血が染み付き、その後いくら洗っても、削っても、血の痕が消えることはなかったという。

それを知った徳川家康は、元忠をはじめ兵たちのための供養として、その床板を外し、「決して床に使ってはならぬ」と命じた上で、養源院などのいくつかの寺の天井板として使わせたということだ。

またも憶測となるが、この場所は飢餓により間引かれた嬰児だけではなく、何かそういった悲しい理由でこの世を去った者への供養の場を兼ねているのかもしれない。

私は思わず神棚に手を合わせていた。

(中略)

私はとんだ思い違いをしていた。

死者のための供養などではなかった。

病気の子供らがいないのではない。いなくなるのである。

私はそれに気付いたとき、科学的、いや倫理的根拠を以て人々に道徳を説いたが、それもまた思い違いであった。

淵から這い寄る彼女は、私の長年信奉していた(と表現せざるを得ない)実地調査に基づくプラグマティズムを打ち消した。

あの壁画は弔いではない。起こったことありのままである。

(中略)

私は■■を去ることにする。

人々の温かさ、ようやっと馴染んだ牧歌的生活への未練がないわけではない。

しかし彼女は、もはやお豊ヶ淵に収まらず、屋敷を訪ねてくるようになった。嬰児では足りぬということなのかもしれない。

私の手記を読み、何かの折にここを訪ねようと思う者があってはならない。

場所は伏せる。

関連書籍

芦花公園『ほねがらみ』

「今回ここに書き起こしたものには全て奇妙な符合が見られる。読者の皆さんとこの感覚を共有したい」――大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。知人のメール、民俗学者の手記、インタビューの文字起こし。それらが徐々に一つの線でつながっていった先に、私は何を見たか!? 「怖すぎて眠れない」と悲鳴が起きたドキュメント・ホラー小説。

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ほねがらみ

大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。

手元に集まって来る、知人のメール、民俗学者の手記、インタビューのテープ起こし。その数々の記録に登場する、呪われた村、手足のない体、白蛇の伝説。そして――。

一見、バラバラのように思われたそれらが、徐々に一つの線でつながっていき、気づけば恐怖の沼に引きずり込まれている!

「読んだら眠れなくなった」「最近読んだ中でも、指折りに最悪で最高」「いろんなジャンルのホラー小説が集まって、徐々にひとつの流れとなる様は圧巻」など、ネット連載中から評判を集めた、期待の才能・芦花公園のデビュー作。

バックナンバー

芦花公園 小説家

東京都生まれ。小説投稿サイト「カクヨム」に掲載し、Twitterなどで話題になった「ほねがらみ―某所怪談レポート―」を書籍化した『ほねがらみ』にてデビュー、ホラー界の新星として、たちまち注目を集める。その他の著書に『異端の祝祭』『漆黒の慕情』『聖者の落角』の「佐々木事務所」シリーズ(角川ホラー文庫)、『とらすの子』(東京創元社)、『パライソのどん底』(幻冬舎)ほか。「ベストホラー2022《国内部門》」(ツイッター読者投票企画)で1位・2位を独占し、話題を攫った、今最も注目の作家。

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