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ほねがらみ

2021.04.21 公開 ポスト

「読 木村沙織」の章より その7

以上が、SNSで仲良くなった木村さん(仮名)の体験した話である――芦花公園(小説家)

震える怖さで、ネットでバズった小説ほねがらみは、恐怖の実話を集めている主人公による、ルポ系ホラー。

第1章を連日公開してきたが、本日で、第1章が終わる。ここまで紹介してきたものは、「私(主人公)」がSNSで仲良くなった木村沙織さん(仮名)の体験した話だったわけだ。

この調子で次の章からは、また別の人から届いた「怖い話」が続きます…。

*   *   *

読 木村沙織 

どれくらい経っただろうか。インターフォンの音がして、私は反射的にマイクをオンにしてしまった。

もしかしたら由美子さんがいて、全て悪い冗談だったのだと言うかもしれない。そしたらストーカーの件は不問にして、またホラーについて語り合えるかもしれない。

しかしそうはならなかった。外は明るくなっていて、今度はただの宅配便だった。震える手でお歳暮のオリーブオイルを受け取ると、「顔色悪いっすよ」と馴染みの配達員に言われた。

次に私はこう考えた。あれは、私が夜に怖い話を読んで見た悪夢だったのだ、と。現にあれだけの惨事があったにもかかわらず、玄関にはシミひとつなかった。ということは、やはり現実にあったことではないのだと私は結論付けた。

次の「まるだいの会」に由美子さんは来なかった。一番親しいと思われていた私に、皆が「由美子おばさんどうしたの」と尋ねてきたが、私も知らないので答えようがない。そのあと由美子さんの悪口で少し盛り上がったが、すぐに他のもっと楽しい話題に移行した。

私はしばらくの間、夜一人で過ごすのが怖くなり、夜間はインターフォンの電源を落とし、弟や彼氏に何度も泊まってもらった。しかしその恐怖も徐々に薄れ、今ではホラー映画を観ながら寝落ちなんていうことも可能だ。

私は結局、あのストーリーを漫画にすることはなかった。もっと言えば、今後漫画を描くことはないだろう。

怪談話は今でも大好きだが、漫画にしようとすると、詳しく調べたり話の由来を考えたり、とにかく怪談が生活に侵食してきてしまう。

怪を語りて怪至る。

私はそれが恐ろしくなってしまったのだ。

そもそも私の漫画はSNS経由で話題になっただけで、本来プロとして活動できるようなレベルにない。これからこの活動で食べていくという気概もなかった。いち消費者に戻ることにする。藪(やぶ)をつついて蛇を出す、と昔の人も言っていたのだから。

あれ以来、由美子さんから連絡はない。ひょっとしてあのストーリー自体が幻だったのかもしれないと思ったが、やはりメールボックスには彼女の書いた物語が残っているのだった。

一週間くらいして、知らないメールアドレスから「ある達磨(だるま)の顚末(てんまつ)」というタイトルのメールが送られてきたが、それも読まずに消去した。
 

最後に、■■旅行のことだが、念のため、場所は伏せる。

(写真:iStock.com/Chainarong Prasertthai)

◇   ◇

これはSNSで仲良くなった木村さん(仮名)の体験した話である。私が彼女の漫画のファンであり、感想を送ったことをきっかけに交流が生まれた。

彼女がホラー漫画を一冊出したことは事実である。そして、もう二度と出さないということも。

「どうせもう描くつもりもないし、これを発表する気もないから、どうしてくれてもいいですよ」

と、ある日彼女が、突然漫画のファイルをネーム(漫画のコマ、構図、セリフ、キャラクターの配置などを大まかに表したもの)の状態で送ってきてくれた。

私はそれをありがたく使わせていただき、いくつかの修正(作中に出てきた「まるだいの会」などは仮名である)を入れて文字に起こした。

しかし、せっかくネームまで切ったのに漫画にしないのは勿もつ体たいない、そう言うと彼女は顔を曇らせて、

「危険ですから」

と言う。

由美子さんが消えてから、ふとした瞬間に壁が軋(きし)む音がするのだという。

「それはきっと、聞いたことや読んだことに引き摺られたんですよ」と言ったが、実際に目の前で人が惨むごたらしく死ぬのを見た人には、なんの慰めにもならなかったかもしれない。

彼女はそれに対して「私の部屋、新しいんです、それなのに毎日どこでもギシギシカサカサ」と答えた。しかし、古い家でなくても、日中と夜間の温度変化で部屋が軋むのはよくあることだ。それにその「ギシギシカサカサ」というのは、例の音を重ねてしまっているだけだと思われる。

木村さんには申し訳ないが、私はホラー好きでありながらそういった類のものを完全には信じていないのである。

統合失調症やレビー小体型認知症などの患者は、幽霊などいもしないものが見えるという訴えをすることがよくある(私がホラーが好きだという話をしたら、思いつめた様子で「家に座敷わらしが二十体いる」と告白されたこともあるが、その患者も精神疾患を有していた)。

霊的体験をした人間の全員が精神疾患ではないと思うが、とにかく私は見たことも聞いたこともないので、あまり信じていないのだ。恐怖心がないというわけではないので、怪談を読んだり聞いたりすれば勿論怖いのだが。

だから、木村さんの話も半分くらいしか信じていない。

彼女は私と同じホラー愛好家だが、私よりずっと繊細な心の持ち主なのだろう。医療従事者として言うのは憚られるが、病は気から、というやつである。

そもそもこの話も、霊的な現象そのものよりも由美子さんという女性キャラクターのサイコっぷりの方が恐ろしかった。こういう一方的な性格の厄介な女性はどこにでもいるものだ。そういう女性への忌避感がうまく表現されたキャラクターだと思った。
 

この話の原案(漫画のネーム)を私に渡すとすぐ、木村さんは唐突にアカウントを削除した。私は彼女との連絡手段を失ったわけである。いや、本当のことを言えば、連絡を取る手段なら他にいくらでもあるが、私は連絡する気がない。

彼女の漫画を文字に起こすうち、気付いてしまったからだ。

私が先ほど褒めた不気味な「由美子さん」が、私の職場の通院患者である可能性があるということに。

私は「由美子さん」に直接会ったことはない。しかし思い当たる人物がいるのだ。

木村さんから原案をもらう数ヶ月前のことだろうか、休憩室でくつろいでいると、看護師の中山さんに声をかけられた。

中山さんはショートカットのよく似合う快活な雰囲気の女性だが、意外にも私の同好の士だ。本人曰く、霊感があり、たびたびその手の話を提供してくれる。

「先生、昨日変な患者さんが来たのよ」

中山さんはにやりと笑って小声で言った。彼女は怪談を語るときいつもこの顔をする。

「なんか旅行に行ってから具合が悪い、絶対に何かに取り憑かれてるって言うのよ」

「なんか来るとこ間違えてますね」

私が笑いながら答えると、中山さんは首を振った。

「でも実際、症状は出てるのよ、肩関節周囲炎。腱板が断裂してて」

肩関節周囲炎とは、一般的に五十肩と呼ばれたりもするものだ。四十代以降の中年に発症することが多い。

「完全断裂ですか? おいくつの方です?」

「三十八歳」

「ウーン結構若いな。まあでも中年だし、そんなに不思議なことでは」

「外傷だって診断されてたけどね」

「なるほど。で、その人どうしたんです」

中山さんはコーヒーを一口飲んで言った。

「あんまり熱心に憑かれてる憑かれてるって言うもんだから、私、先生のこと話したのよね。怪談とか不思議な話ばっかり集めてるヘンな先生がいて、その先生なら詳しいかもって」

「ちょっと、ヘンってなんですかもう」

中山さんは明るく笑って私の肩を叩いた。

「ゴメンねー。で、とにかく、その人、担当を替えてくれその人を呼んでくれって騒ぎ出して。先生外勤だったから、今日はいないし、特別な理由がない限り担当医を変更することはできませんって伝えたの」

「まあでも、正直気になりますね」

「でしょ! 結局その人、その日は帰ったんだけど、また明日来ますからとか言ってて怖かったんだから」

「ってことは、今日来るってことじゃないですかもう、怖い!」

「ははは。まあ予約もないのに来られたら迷惑だけど、見つけたら先生に連絡するわ。まあ、患者さんの不安を解消してあげるのも私たちの仕事のうちよ」

中山さんはそう言って出て行ってしまった。

たしかにそういう話は好きだが、ただ集めているだけで、霊能者にパイプがあるわけでも、まして解決する能力を持っているわけでもない。そう知ったら逆上したりしないだろうか。病院に来る患者は基本的には具合が悪いので、精神的に追い詰められており、普段はまともに見えても危ういところがある。仕方がないことではあるのだが、やはり恐ろしいものは恐ろしい。

少しは話が通じるといいのだが、などと思ってあらかじめ心の準備をしていたが、その日、中山さんがふたたび私に声をかけることはなかった。

二週間くらい経ってから中山さんに「五十肩のホラーな患者さんどうなりましたか」と聞いてみたら、「明日来ますから」と言ったのに結局来なかったし、その後、予約の日に読なっても現れなかったのだと言った。

予約をしても来ない、少しよくなったらトンズラする、そのような患者はよくいるので、そのままその患者のことは頭から抜け落ちてしまった。

この話を読めば読むほど、あの患者は「由美子さん」なんじゃないか、と感じた。

中山さんによると、その女性は「由美子さん」と同じように少女趣味の服に身を包み、語尾を伸ばす独特の話し方をするというのだ。さらに、プライバシーの問題でここでは伏せるが、「由美子」に似た音節の本名だった。

私は、木村さん含めごく数人だけが見られる状態にしてある非公開アカウントを所有しており、そこでは職場であったことなども呟つぶやいている。由美子さん疑惑のあるその患者の話も呟いたはずなので、木村さんはそれを見ていた可能性がある。

それを見た木村さんが私に漫画のネームを渡し、アカウントを消した。この行動の動機は二パターン考えられる。

まずひとつは、この怪談が事実である場合。

怪異の原因となる作品を他の誰かに見せて呪いを伝染し、解決を押し付けるホラーと言えば『リング』が有名だが、木村さんはそれを私にやろうとしたのではないか。さらにアカウントを消すことで、呪いが返ってこないようにしているのかもしれない。

この場合、彼女は私のことを「どうなっても構わない人間」と判断したことになる。

もうひとつは、この話が完全に創作である場合。

こちらの場合、わざわざ例の患者の特徴に寄せた登場人物を出して、読者巻き込まれ型の怪談を作り、私に読ませるという行為は嫌がらせに近いと思う。

どちらの動機にせよ、このようなことをする人は私に対して悪意があると思われるので、今後付き合わない方が良さそうだ。


こうなってくると、「怪をテーマに創作すること」自体について考えてしまう。

私は創作するにあたって、「必要以上に怖がらないこと」が重要な気がする。

ハワード・フィリップス・ラヴクラフトも「恐怖心のない人間に限って想像を絶する恐ろしい物語を作る」と言っているし、良い創作をするという観点でなくても―読者の皆さんは「稲生物怪録」をご存知だろうか。江戸中期、現在の広島県三次市(みよしし) の住人である、

当時十六歳であった稲生平太郎が一ヶ月間に体験したという怪異を、そのまま筆記したと伝えられている物語だ。肝試しにより妖怪の怒りを買った平太郎の屋敷に、さまざまな化け物が三十日間連続で出没するが、平太郎はこれをことごとく無視。最後には化け物の親玉である山本五郎左衛門から勇気を称えられ木槌を与えられる、というストーリーだ。

(由美子さん関連の話が事実であるとするならば)木村さんのように家鳴りごときで騒ぎ戸惑い心乱すのは、逆に悪い影響を受けやすいと私は思う。


そういうわけで、読者の皆様にはあまり怖がりすぎず、創作だと思って読んでいただき読たい。

そして私はさらに数ヶ月後、木村さんが私にあの漫画のネームを送った動機は「呪いを伝染す」ことだったのではないか、と思うようになった。

精神疾患を持つ患者の診療をしているときにふと、思い出したのである。

 

次に記すのは、私が数年前に読んだ先輩医師の症例研究資料を、創作に落とし込んだものである。

関連書籍

芦花公園『ほねがらみ』

「今回ここに書き起こしたものには全て奇妙な符合が見られる。読者の皆さんとこの感覚を共有したい」――大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。知人のメール、民俗学者の手記、インタビューの文字起こし。それらが徐々に一つの線でつながっていった先に、私は何を見たか!? 「怖すぎて眠れない」と悲鳴が起きたドキュメント・ホラー小説。

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ほねがらみ

大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。

手元に集まって来る、知人のメール、民俗学者の手記、インタビューのテープ起こし。その数々の記録に登場する、呪われた村、手足のない体、白蛇の伝説。そして――。

一見、バラバラのように思われたそれらが、徐々に一つの線でつながっていき、気づけば恐怖の沼に引きずり込まれている!

「読んだら眠れなくなった」「最近読んだ中でも、指折りに最悪で最高」「いろんなジャンルのホラー小説が集まって、徐々にひとつの流れとなる様は圧巻」など、ネット連載中から評判を集めた、期待の才能・芦花公園のデビュー作。

バックナンバー

芦花公園 小説家

東京都生まれ。小説投稿サイト「カクヨム」に掲載し、Twitterなどで話題になった「ほねがらみ―某所怪談レポート―」を書籍化した『ほねがらみ』にてデビュー、ホラー界の新星として、たちまち注目を集める。その他の著書に『異端の祝祭』『漆黒の慕情』『聖者の落角』の「佐々木事務所」シリーズ(角川ホラー文庫)、『とらすの子』(東京創元社)、『パライソのどん底』(幻冬舎)ほか。「ベストホラー2022《国内部門》」(ツイッター読者投票企画)で1位・2位を独占し、話題を攫った、今最も注目の作家。

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