人気シリーズ『化学探偵Mr.キュリー』ほか、リケイ男子が活躍する作品を多数出している著者・喜多喜久氏による、SFラブミステリー『はじめましてを、もう一度。』が、幻冬舎文庫から発売に。
成績はいいけどモテない高校二年の理系男子が、”彼女”に出会ってから、衝撃的な運命を進むことになる―ー。
この春、幻冬舎文庫のキャラクターは長濱ねるさん。帯にいる長濱ねるさんが、思わず、カバーイラストの祐那とかぶってしまう…!
今回の文庫発売を記念して、ためしよみを実施します。イントロダクションからどうぞ。
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イントロダクション
「くだん」という単語をご存じだろうか。漢字だと、「件」と書く。
国語辞典を見ると、「前に述べたこと」とか「例のこと」とか、そういう用法が出てくる。
「くだんのことで相談がある」といった具合に使われる。
でも、俺が言いたいのはそっちじゃない。
「くだん」という名の妖怪のことだ。
そいつは、人の顔と牛の体を持つ。人間の言葉を話し、生まれてから死ぬまでの数日の間に、戦争や洪水、流行病などの重大事に関する予言を残すという。そして、それらの予言は見事にすべて的中するそうだ。この妖怪は西の方で活躍(?)していたらしく、山口や長崎、香川などで目撃談が残っているらしい。
俺がこの妖怪のことを知ったのは高校二年生の時だ。二〇一七年の五月に、牧野佑那からその話を聞かされた。
言っておくが、俺は当時も今も、くだんに関する伝承そのものは信じていない。特定の地域で生まれた物語や噂がいびつな形で根付き、奇妙な妖怪が誕生したのだろうと思っている。
ただ、牧野が俺に奇跡を見せてくれたことは、事実として認めなければいけない。それは確かに、くだんの能力そのものだった。
いや、それを奇跡と呼ぶのは違う。それではあまりに綺麗すぎる。
あれは呪いだったと俺は考えている。牧野は予知という名の呪いに縛られながら生きていたのだ。
そんなものにまとわりつかれる人生が、いい人生だとは思えない。
それなのに、俺の記憶の中の牧野は笑っているのだ。いつでも、楽しそうに、白い歯を見せて。
ありえないことだ。常に笑顔だったわけがない。悲しんでいた時もあったはずだ。しかし、なぜか彼女の明るい表情しか思い出せないのだ。相手の心に悪い印象を残さないというのは、牧野の才能の一つだったのかもしれない。
たぶん、彼女は運命を受け入れていたんだろう。そして、呪いとうまく付き合いながら、あるいは闘いながら──ひたすら自分の生き方を貫いた。
彼女のしたことを、俺は褒めたい。本当に尊敬している。
でも、「すごいな」って言うチャンスは、一度もなかった。
だから、俺は決めた。
どんな手段を使っても、もう一度彼女に会ってみせるって。
そう。どんな手段を使っても、だ。
はじめましてを、もう一度。
「付き合ってください」。高校二年のリケイ男子・北原恭介は、クラスの人気者・佑那から突然、告白された。断ったら、夢のお告げで、俺は「ずばり、死んじゃう」らしい。思いがけず始まった、謎だらけの関係! しかし自然と想いは深まっていく。だが、夢の話には裏が――。彼女が言えずに抱えていた、重大な秘密とは? 泣けるラブ・ミステリー。