モテないリケイ男子が、クラスの人気者の女子に、まさかの告白!?
キュンのあとに驚きの衝撃がやってくる、SFラブミステリー『はじめましてを、もう一度。』が、幻冬舎文庫から発売に。
今回の文庫発売を記念して、ためしよみを実施します。前回のイントロダクションに続き、第一章をどうぞ。
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2848──【2017・4・6(木)】
学校や会社は年度という区切りに従って動いており、四月一日をもって俺は高校二年生に進級した。ただ、春休み中はその実感はなく、ひたすらプログラミングばかりをやっていた。
四月六日、午前八時ちょうど。始業式のその日、新しい学年の始まりを渋るような曇り空の下、俺はいつも通りの時間に高校の門をくぐった。
ホームルームが始まるまでまだ三十分ある。普段はがらんとしている時間帯で、俺はその空気が好きなのだが、今朝はすでに結構な数の生徒が登校していた。みんな、クラス分けが気になっているのだろう。
昇降口でスリッパに履き替え、二年生の教室がある二階に向かう。
各クラスの名簿は、階段を上がったところにある掲示板に貼り出されていた。
名簿の文字は小さい。同級生たちが掲示板を取り囲むように集まっていて、その周囲をぐるりと歩いて回ったが、自分がどのクラスなのか確認できなかった。
人垣が途切れるのを待つか、と廊下の壁際まで後退したところで、「おーい、北原くーん」と聞き覚えのある声に呼ばれた。
そちらに視線を向けると、教室の入口から上半身だけを出しながら牧野が手招きをしていた。当たり前だが、今日は白のブラウスとクリーム色のセーターという、我が校の制服に身を包んでいる。
牧野の頭上、廊下に突き出したプラスチックプレートは〈24〉だった。俺は掲示板の方をちらりと見てから、ゆっくり彼女の方に歩いていった。
「おはよ!」
「ああ、おはよう。牧野は四組か」
「そう。北原くんと一緒」
牧野がさらりとネタバレをかましたので、俺はつい「え?」と口走ってしまう。
「あれ、まだ知らなかった? 黒板の名簿で確認してみなよ」
言われるままに教室に足を踏み入れる。席配置と一緒になった名簿が、黒板に無造作に貼られていた。席の割り当ては、苗字の五十音順になっている。先頭から順番に見ていくと、俺の名前は五番目にあった。
「ね、あったでしょ。私はここ」
牧野が嬉しそうに自分の名前を指差す。男子のあとに女子が来るので、〈牧野佑那〉はかなり後ろの方だった。
黙ってその四文字を見つめていると、「私の言った通りになったね」と牧野が勝ち誇ったように言った。自慢の歯を見せつけるような笑顔のおまけ付きだ。
「そうみたいだな。よく分かんないけど、おめでとう」
俺はそう言って自分の席に向かった。
ウチの高校は一学年につき六クラスある。一から三組が文系、四から六組が理系だ。どのクラスになっても構わないのだから、互いに理系である俺と牧野がクラスメイトになる確率は三分の一だ。高いというには低すぎるが、低いというには高すぎる、なかなかいい塩梅の確率ではないだろうか。
牧野の、「同じクラスになる」という予言の裏には何かトリックがあったのかもしれない。
例えば、親しくしている教師からこっそり事前に教えてもらっていたとか、そういう手口だ。
だが、いちいち訊くのも面倒だし、こちらから話し掛けるほど親しい間柄でもない。偶然の産物だったということで納得することにした。
教室の右端、前から五番目の席に腰を落ち着ける。さりげなく教室内を見渡してみたが、牧野の姿はもうなかった。背を向けている間に教室を出て行ったらしい。
ホームルームが始まるまで、まだ時間がある。問題でも解くかと、数学の参考書を出したところで、「──おい、北原」と背後から声を掛けられた。
「……今日は朝から忙しいな」
そうひとりごちて俺は振り返った。妙に眉の太い、坊主頭の男子生徒が近づいてくる。
会話の際に近くに寄りすぎる癖のあるこの同級生の名は、高谷吾郎という。下の名前が谷吾郎だ……というのは冗談で、普通に高谷が苗字だ。
高谷は俺の机のすぐ脇に立つと、「北原は四組か」と腕組みをした。俺は椅子を動かして高谷と距離を取りつつ、「そっちは?」と尋ねた。
「俺は五組だ。教師が気を遣ったのかもしれないな。成績一位と二位が同じクラスだと、クラスの平均点に偏りが生じる」
「そういう意味ならちゃんと分かれてるだろ。っていうか、二位の人に怒られるぞ」
「怒られる筋合いなどない。一年最後の模試で、俺の化学の点が学年二位だったのは間違いない事実だ」
「ふーん。で、総合では何位だったっけ?」
意地の悪い質問を投げ掛けると、高谷は目を逸らし、「……八十二位」と小声で答えた。
「っていうか、そんなことはどうでもいいだろ」
「どうでもよくないって。仮に成績重視でクラス分けをするなら、総合点が重要になるはずだろ」
「なんだよ、自慢か?」高谷が味付け海苔のような眉をVの字にする。「というか、ちょっとは遠慮しろよ。他の科目で全部一位なんだから、化学くらいは譲ってくれてもいいじゃないか!」
高谷が顔を寄せながら俺に文句をつけてきた。
「だから近いっつーの」
俺はやつの肩を押し返し、「譲れって言われてもな……テストでわざと間違えろっていうのか?」と首をかしげてみせた。
「勉強時間を減らせばいい」
「減らすもなにも、化学はそんなにやってないけど。あれは勉強の合間の息抜きみたいなもんだから」
事実を伝えると、高谷は天井を見上げて、「きーっ!」と餌を取られた猿の悲鳴のような声を上げた。「これだから天才は!」
「……別に天才じゃねえし」と俺は顔をそむけた。
高谷は常々、「将来は絶対に化学者になる!」と公言している。なんでも、白衣に憧れがあるらしい。変わったやつだと思う。
とはいえ、口だけではない。偏って勉強しているだけあって、化学の成績はトップクラスだ。しかし、二位は取れても一位は取れないという状況が許せないらしく、俺をライバル視してはしょっちゅうこんな風に絡んでくるのである。
「まあいい。だんだん試験の範囲も広がっていくからな。いずれ俺が一位になるのは間違いない。それまで、せいぜいかりそめの王座を楽しむといいさ」
俺は露骨なため息をつき、「分かったから、さっさと自分の巣に帰れ。新しいクラスメイトと交流してこい。そして、新しいライバルを見つけてこい」と手を振った。高谷はいつも無駄に熱血系なので、話に付き合っていると疲れて仕方ない。
「心配はいらない。俺はお前と違って社交性もあるし、友達も多い。いちいち挨拶して回らなくても、ほとんど知り合いばっかりだよ」
「あっそ。おめでとう。友人の数なら俺は完敗だわ」
「ロンリーウルフ気取りか。あれか? 自分は特別だから、凡庸な同級生たちと交わる気はないぜ、みたいな勘違いか?」
「誰が中二病患者だ」と俺はツッコミを入れた。
「そろそろスタイルを変えた方がいいぜ。将来、確実に後悔するぞ。『ああ、高校時代にもっと青春を楽しんでおけばよかったあ~』ってな感じに」
高谷は早口でそうまくしたて、「いや、もう楽しんでるのか」と思案顔で呟いた。
「は? なに調子に乗ってんだよ。悪いけど、俺はお前との会話を青春の記憶に認定するつもりはないからな」
「いや、そうじゃない。さっき、牧野と親しそうに話してただろ」と、高谷が黒板の方を指差す。
「親しそうに? いや、普通に世間話だけど。っていうか、見てたのか」
「珍しい光景だから、こっそり見学してたんだ」と高谷がなぜか得意げに言う。「なかなかの衝撃シーンだったな。少なくとも、俺はお前が女子と話しているところを見たことはない」
「『なんでも知ってるぞ』的な雰囲気を出すのはやめてくれ。話し掛けられたら返事くらいはするっての」
「確かに、誰かさんと違って牧野は非常に社交的だからな。去年、同じクラスだったんだけどな、牧野は全員から慕われてたぞ。担任と副担任も含めて」
「へえ、それはすごいな。お前もか?」
「うん、まあ、俺もその、話ができると嬉しいかな……可愛いし」
高谷がもじもじしながら言う。ちょっとキモい。
それはともかく、どうやら牧野は、「スクールカーストの一軍選手」だったらしい。確かに、彼女は人目を惹く容姿の持ち主だ。それにプラスして明るい振る舞いを身につけているなら、カーストのピラミッドの上位に君臨して当然だ。
なぜ牧野が自分に声を掛けてきたのか不思議に思っていたのだが、何のことはない。彼女は誰とでも仲良くしたい主義者だったのだ。
過度に意識をする必要はない。同じクラスの臣下の一人として、カーストの位に応じた対処を心掛ければいい。俺は自分にそう言い聞かせた。
はじめましてを、もう一度。
「付き合ってください」。高校二年のリケイ男子・北原恭介は、クラスの人気者・佑那から突然、告白された。断ったら、夢のお告げで、俺は「ずばり、死んじゃう」らしい。思いがけず始まった、謎だらけの関係! しかし自然と想いは深まっていく。だが、夢の話には裏が――。彼女が言えずに抱えていた、重大な秘密とは? 泣けるラブ・ミステリー。