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ほねがらみ

2021.04.25 公開 ポスト

「語 佐野道治」の章より その2

「これはワタシがある場所で体験した話です」そう繰り返すドミニクさんの体には、手足がついていなかった。芦花公園(小説家)

震える怖さで、ネットでバズった小説ほねがらみは、恐怖の実話を集めている主人公による、ルポ系ホラー。

第1章に続き、第2章を公開している。

『実話系怪談コンテスト』に届く原稿を読む羽目になった佐野道治。いきなり1通目から薄気味悪かったが、2通目はさらに――!

*  *  *

語 佐野道治
2

佐野道治様:前のやつはもう読んだ?(笑)――――

これは先月亡くなった怪奇蒐集者のドミニク・プライス氏と親交があった、中居薫さんが当社の取材班に話したことをまとめたものです。

* * *

ドミニクさんは幼い頃から怪談に興味があり、十五のときに小泉八雲の『知られぬ日本の面影』を読んだことがきっかけで、怪談のみならず日本文化全般に興味を持った。

彼は母国で大学の日本語学科を卒業したのち日本に移住し、様々な怪談を集めた。そしてどこから聞いたのか、ここ■■にたどり着いたのである。

日本語が堪能で気さくな性格だった彼はたちまち気に入られ、東京から出戻った私よりもずっと土地に馴染んでいるように見えた。

(写真:iStock.com/UlrikeStein

この土地には確かに薄気味悪い伝承がある。それもあって、私は故郷が好きになれないのだが。

川沿いをずっと行ったところにぽつんと小屋が立っている。夜にそこへ行くと、見たこともないような絶世の美女が立っていて、「中へお入りなさい」と誘ってくる。小屋の中で振舞われる料理は大層美味しく、また美女との会話も楽しいものなのだという。

散々楽しんだあと、さあ帰ろうというときに、美女は家に引き込んだ者にナニカを告げる。そのナニカを人に話すと大変なことが起きるのだという。

実際にその小屋は存在していて、小さい頃、近所の子供たちと肝試しと称して見に行ったことがあるが、見るからに汚くて、とても中に入る気にならなかった。

さらに誰が言ったのか、小屋を見に行ったことが親にバレて、地元の名士である■さんから私たちは順番にゲンコツを食らった。とても嫌な思い出なので、その後小屋のことは思い出さないようにしていたし、■さんを含めずっとここに住んでいる地元の人々は小屋の話を極端に嫌うので、それ以上のことは知らないが、知る人ぞ知るミステリースポットになっていたようだ。


ドミニクさんもこの話に興味を持った一人だった。集落を一軒一軒回って、根気強くこの話について聞いていた。

前述の通り、地元の老人はこの話をひどく嫌うので、もっぱら祖父母から子供の頃に話を聞いたという三十~四十代の人や、昔ここに住んでいた人などからしか、詳しくは聞けなかったようだが。

そうして一月くらい経った頃、ドミニクさんは「機は熟した」などと言って、深夜に例の小屋に出かけて行った。

翌朝意気揚々と帰ってきた彼は、目を輝かせて「本当にいた」と言った。

私を含め比較的若い連中は、大笑いして全く信じなかった。

彼が熱心に小屋の話を聞いて回っているのを皆知っていたから、大方それを見ていた誰かにからかわれたのだろう。私がそう言うと彼はムキになって、本当に美人がいたんだ、ここの村ではあんな美人見たこともなかった、などと言うので、女性陣は当然面白くない。

じゃあ話してもらおうか、ちょうど夏だし怪談イベントでも開いて、そこでそれを発表したらいい。誰かがそう言った。結局は、イベントといっても比較的新しくこの土地に参入してきた家に、菓子や酒などを持ち寄るというだけのものだったが。


酒もまわってきた午前二時、それは始まった。

ドミニクさんはいきなり本題には入らず、諸国怪談巡りをして聞いたという奇妙な話をいくつかした。

どれもなかなかよくできていてそれなりに怖く、酒を飲んで大騒ぎしていた連中も次第に夢中になり、聞き入っていた。そうして一時間ほど経った頃だろうか、

「■■■■■んよ」

と誰かが言った。

「ワカッタワカッタ、じゃア始めるヨ」

ドミニクさんは立ち上がると、部屋の明かりを消した。わざわざ雰囲気を出すためにロウソクをつけたのだ。

暗い部屋に、ドミニクさんの青い双眸(そうぼう)ばかりがきらきらと光った。

「これはワタシがある場所で体験した話です」

よっ! 待ってました! と沢田がはしゃぐ。

「これはワタシがある場所で体験した話です」

私は思わず横に座っている夏子のうすぼんやりとした顔に向かって、ねぇこれって……

と話しかける。

「これはワタシがある場所で体験した話です」

ドミニクさんは冒頭を何度も何度も繰り返し、そこから一切話が進んでいない。ふざけているのだろうか。

おいおい、真面目にやれや、と誰かが言うが、ドミニクさんは一切声の調子を変えず、

「これはワタシがある場所で体験した話です」

「これはワタシがある場所で体験した話です」

「これはワタシがある場所で体験した話です」

「これはワタシがある場所で体験した話です」

「これはワタシがある場所で体験した話です」

「これはワタシがある場所で体験した話です」

「これはワタシがある場所で体験した話です」

もう、誰も冷静でいられなかった。電気をつけて、と声が聞こえる。つかないんだよ、という怒鳴り声と、スイッチをカチカチと何度も鳴らす音がカチカチと。

ふと、それに混じって、畳を擦るような、ざらざらした音が聞こえてきた。

カチカチ。ガサガサ。色々な方向から、

「これはワタシがある場所で体験した話です」

カチカチ。ガサガサ。何かが近付いてきて、

「これはワタシがある場所で体験した話です」

カチカチ。ガサガサ。私の隣に来た。

フッ、とロウソクの火が消える。同時に、それまでいくらやってもつかなかった電気がついた。

最初に目に入ったのはドミニクさんの顔だった。白い、というか青くさえ見える真っ白な顔をしていた。

誰かが悲鳴を上げている。耳が壊れそうに大きな悲鳴。ドタドタと走り回る足音も聞こえる。どこかへ電話している人もいる。私は何が現実かも分からないから、声を出すこともできないというのに。

「これはワタシがある場所で体験した話です」

そう繰り返すドミニクさんの体には、手足がついていなかった。

(写真:iStock.com/Wako Megumin

8月13日

こういうのってありなんだろうか、と僕は考え込んだ。

「これは実話ですよ」という感覚を読者に与えるため、ルポみたいなスタイルにしているんだろうけど、まとまりがないものを似たようなスタイルで並べられると、短文でもうんざりする。

「洒落怖(しゃれこわ)」みたいに長文でもいいから、ひとつの視点からひとつの話をしてほしい。

作中に出てくる方言から察するに、これは田舎で起こった怖い話をまとめた物語なのだろう。

「まあ、結構怖いけどね」

と呟く。

僕の少ない読書履歴やネットで拾った怖い話を思い返してみても、この二つの話は聞いたことがなかった。不気味で少し興味がそそられたのは事実だ。

雅臣は「なるはやで返信くれよな」と言っていたから、そう長い物語でもないしさっさと読んで感想を書こう。

ワードを立ち上げて、タイトルを入力し、その横に短い感想を書いていく。

ユキちゃんは、僕よりずっと怖い話が好きだ。本もよく読んでいる。子供が無事に生まれたら、ユキちゃんにも読ませてあげたい。

 

関連書籍

芦花公園『ほねがらみ』

「今回ここに書き起こしたものには全て奇妙な符合が見られる。読者の皆さんとこの感覚を共有したい」――大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。知人のメール、民俗学者の手記、インタビューの文字起こし。それらが徐々に一つの線でつながっていった先に、私は何を見たか!? 「怖すぎて眠れない」と悲鳴が起きたドキュメント・ホラー小説。

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ほねがらみ

大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。

手元に集まって来る、知人のメール、民俗学者の手記、インタビューのテープ起こし。その数々の記録に登場する、呪われた村、手足のない体、白蛇の伝説。そして――。

一見、バラバラのように思われたそれらが、徐々に一つの線でつながっていき、気づけば恐怖の沼に引きずり込まれている!

「読んだら眠れなくなった」「最近読んだ中でも、指折りに最悪で最高」「いろんなジャンルのホラー小説が集まって、徐々にひとつの流れとなる様は圧巻」など、ネット連載中から評判を集めた、期待の才能・芦花公園のデビュー作。

バックナンバー

芦花公園 小説家

東京都生まれ。小説投稿サイト「カクヨム」に掲載し、Twitterなどで話題になった「ほねがらみ―某所怪談レポート―」を書籍化した『ほねがらみ』にてデビュー、ホラー界の新星として、たちまち注目を集める。その他の著書に『異端の祝祭』『漆黒の慕情』『聖者の落角』の「佐々木事務所」シリーズ(角川ホラー文庫)、『とらすの子』(東京創元社)、『パライソのどん底』(幻冬舎)ほか。「ベストホラー2022《国内部門》」(ツイッター読者投票企画)で1位・2位を独占し、話題を攫った、今最も注目の作家。

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