震える怖さで、ネットでバズった小説『ほねがらみ』は、恐怖の実話を集めている主人公による、ルポ系ホラー。
第1章に続き、第2章を恐怖の連日公開中。
オカルト雑誌の編集者の友人から、佐野道治のもとに届く「実話系怪談コンテスト」の原稿、3つめは……。
* * *
語 佐野道治
3
佐野道治様:3つめです。早めに読んでくれよな!――――
従姉の富江さんの子供が死んだ。まだ本当に小さくて、ほんの赤ちゃんだった。
ゆずは父親の車の中で悲しい気持ちになった。ほとんど泣いてしまいそうだった。
可愛い赤ちゃん、腕もほっぺもぷにぷにだった。ゆずには下のきょうだいがいないから、とても嬉しかったのに。絶対たくさん遊んであげようと思ったのに。
「富江お姉ちゃんに会っても余計なことを言うんじゃないわよ」
母親が重苦しい空気の中でさらに重苦しいことを言う。ゆずだってもう小学6年生なのだから、それくらいは分かっているというのに。
ゆずでさえこんなに悲しいのだ。富江さんはどんなに悲しいことだろう。
美人で優しくて姉のように接してくれた富江さん。でも昔から体が弱くて、折れそうに細かった。
ラグビーをやっていたという、富江さんとは正反対な感じのお医者さんと結婚して、赤ちゃんを産んだ。
お正月に親戚で集まったとき、意地悪な雅代おばさんが、
「赤ちゃんの頃、富江ちゃんは死にかけたんよ。あの子、富江ちゃんそっくりやねえ。死ぬといかんねえ」
と、嫌味たっぷりの顔で言ったのをゆずは覚えている。雅代おばさんの娘、もう一人の従姉のみやびが、しょーもない(とは雅代おばさんの発言だが)男と17で結婚したので、お医者さんと結婚した富江さんに嫉妬しているのだ、と子供のゆずにもはっきりと分かった。
そのときはゆずの父親が彼女を諫めたが、結局は雅代おばさんの言った通りになってしまった。
父方の実家は典型的な日本家屋で、大きさもかなりのものだ。何度かリフォームをしただけあってそれなりに立派に見えるが、夏は暑くて冬は寒いし、廊下も壁も歩くたびにミシミシいうし、ゆずは全く好きになれなかった。
ゆずたちが到着したときには既に車が数台停まっていて、あらかたの親戚は集まっているようだった。
「だんだん」
玄関に入ると、富江さんの父親、ゆずにとっては伯父にあたる雅文さんが出迎えてくれた。だんだん、とはここの方言で、「ありがとう」という意味らしい。
「なんも、なんもよ」
ゆずの父親はそう言って雅文さんの肩を抱いた。
「とみちゃんは」
父親がそう聞くと、雅文さんは暗い顔をして首を振った。
赤ちゃんのお葬式は、去年祖父が死んだときとは全然違っていた。
小さな、本当に小さな棺がぽつんと置かれている。わざわざ家に坊主が来てその前でお経をあげるらしい。
祖父のときは、まず遺体を棺に入れてセレモニーホールに運び、そこでお通夜をやったのだが。
ゆずは、遺体が埋まってしまう前に、もう一度あの可愛かった赤ちゃんが見たかったのだが、大勢の大人が厳しい顔をしてだめだと言うので、棺に近寄ることもできなかった。
親戚が揃うと、坊主というよりは、山伏のような白装束に身を包んだ男が入ってきて、棺の前に腰を下ろした。
かなり訛った言葉で、お経が終わるまで決して立ったり話したりしてはいけないというようなことを言われる。
もう6年生のゆずは大して不安ではなかったが、ここにはまだ小学校に入ったばかりのみやびの子供もいる。彼らは双子で、いつも悪さばかりしていたから、多分今回も耐えられないだろうなとゆずは思った。立ったり話したり、ましてふざけたりしてしまったらどうなるのだろう、と。
山伏から、下を向いて手を合わせるように指示されたのでそれに従うと、すぐにお経は始まった。
「○! ※□◇#△!! んよ」
突然大きな声が聞こえた。女の声だ。訛っているからか、それともあまりにも早口だからか、全く聞き取れない。
「●○※◆#◉◉! んよね」
また聞こえた。
立ってはいけないと言われた。
話してはいけないと言われた。
でも、振り返るなとは言われていない。
そう思ってゆずは、そうっと声のする方に顔を向けた。
すごい美人だ、と思った。
少しだけ富江さんにも似ているが、もっと美人の着物姿の女性が部屋の隅に立っていた。
その人が、ただ一点、小さな棺だけを見つめて大声で何やら話しているのだ。
「☆! ※●◇#△! よ」
こんなに大声で話しているのだから、ゆず以外にも後ろを振り返る人がいてもおかしくないのに、皆、神妙に手を合わせて下を向いたままだった。
―皆、きちんとあの人の言うことを聞いているんだ。
ゆずは少し恥ずかしくなって再び手を合わせ、棺の方に向き直った。
きっとあの美人は山伏の知り合いの人で(同じように山伏なのかもしれない)、一緒にお経を上げてくれているのだろう。そう思うと、女性の大声も気にならなくなった。
体感で15分ほど経った頃だろうか。案の定、双子がむずかりだした。
双子はゆずの左斜め前に座っていた。最初は体を揺らして足を崩すだけだったが、そのうちお互いに小突き合って、にやにやと笑う。
みやびがその度に怖い顔をして制止するのだが、この手の男児をその程度で止められるはずがなかった。
小突き合いがエスカレートして、とうとう弟の方、そらが立ち上がって叫んだ。
「りくがオレのことぶった!!!!!!」
バーン!!!!!!
凄まじい音とともに仏間を囲んでいた襖が全て倒れる。
叫びそうになるが、その前に山伏が鬼のような顔で怒鳴った。
「声を上げるな!!」
皆、必死に手で口を押さえて声を押し殺した。
「○●※●◇●△しき」
あの、着物姿の女性だけは話し続けている。女性のいた方を振り返ると、彼女は顔を棺の方に向けたまま、畳に腹ばいになっていた。
そして、徐々に、徐々に、這い寄ってくる。
「ちしにそまばきやちよふたばのまつのまつかわらじとこそおもしにしもすてはてたもあらうらしやすてられおもいのなみだにひとをうらこちあるときはこいしく」
急にはっきりと女性の声が聞こえるようになった。
―ギシ、ギシ、カサカサ
ふいに、音がする。天井と、壁と、床が、軋んでものすごい音を立てているのだ。
女性はどんどん近付いてくる。逃げたい、大声を出して母親に抱き付きたい。でも、立ってもいけないし話してもいけない。
「いうよりはやくいろかわりいうよりはやくいろかわりけしきへんびじょみえつみどりのかみくろくものなるかみもおもうなかさけられうらみのなっておもいしらせ」
女性が目の前にいる。ゆずの方を見ている。
なんで。なんで。声を出したのはそらなのに。
ゆずの膝をつかんで、
「そこらへんじゅうまがりまわるなや きしょくがわるいんじゃ どろぼう」
そこから先は覚えていない。ゆずは気を失ってしまったのだ。
気が付くと、伯父の大型車の中にいた。横にはあの山伏がいて、必死に何か唱えている。
ゆずが目を覚ましたのに気付いて、山伏の顔がぱあっと明るくなる。
伯父と父親、山伏が話しているのをぼうっと眺めて、また眠くなったのを覚えている。
それから二度と、ゆずが父方の実家に足を踏み入れることはなかった。
双子の片割れ、そらが死んだときも、葬式には行かなかった。
女性の言葉は、意識の奥深くに刻み込まれ、その後もしばしばゆずを苦しめた。
そこらへんじゅう まがりまわるなや どろぼう
(色々なところを 触ってまわるな 泥棒)
8月13日
雅臣は最悪なヤツだ。全く呆れ果てる。
僕は FB(フェイスブック)でも報告したし、会ったときも、
「ユキのお腹には赤ちゃんがいる」
とたしかに説明したはずなのに。
一話目が赤ちゃんを生贄にする話で、二話目は違うけど、三話目も赤ちゃんが死ぬ話じゃないか。
こんな話を赤ちゃんが生まれる予定の僕に送り付けてくるなんて、どういうつもりなんだろう。
それに、僕のことはまだしも、ユキちゃんのことは気にかけないものだろうか。
雅臣は、ユキちゃんの従兄なのに。
前の彼女にこっぴどく振られて落ち込んでいた僕にユキちゃんを紹介してくれたのが雅臣だった。ユキちゃんは本当にいい子で、こうして結婚にまで至ったわけだから、僕は彼に大きな恩義を感じていた。雅臣にしたって、結婚式のときあれだけ祝ってくれたのだから、僕ら夫婦のことは気にかけてくれると思っていたのに。
あまりにも配慮がなさすぎる。
今後の友情や親戚付き合いなどのことを考えると、穏便に済ませたいので直接苦情は言いたくないが、とにかくこの小説はもう読みたくない。雅臣なら友達も多いだろうし、別の人にやってもらえばいいのだ。
そう思って雅臣に電話をかけようとスマホを手に取ると、こちらを見ていたかのようなタイミングで雅臣からの着信が表示される。
『もしもし』
「……雅臣、あのさ」
『おっ。その調子だと読んだな、どうよ』
「どうよって……悪いけど、俺、降りたい。モニター読者は別の人に頼んでくれ。これ、なんとなく良くない感じするし」
『良くないってなんだよ、わたし霊感あるのーってやつか?』
雅臣はガハハと豪快に笑った。
「真面目に聞いてくれよ。ユキちゃんのこと……分かるだろ」
しばらく沈黙が続いた。怒っているのだろうか。怒られる筋合いはない。僕はなるべく丁重に、角が立たないように言ったつもりだ。
沈黙が気まずい。このまま電話を切ってしまいたいくらいだ。
次にどういう言葉をかけようか考えあぐねていると、雅臣の笑い声が聞こえてくる。
『怒ったと思った? 怒ったと思った? 今どんな気持ち? ねえねえ』
「な、なんだよー」
いつもの雅臣だった。雅臣はひとしきり僕をからかったあと、
『分かった。ごめんな、無理に頼んで。道治も忙しいもんな。それとは全然別の話なんだけどさ、懐妊祝いってことでささやかだけど渡したいもんがあるから、都合の良いとき家に行ってもいいか?』
「それは全然いいよ。ていうかありがとな。わざわざ」
僕と雅臣はスケジュールの調整をし、二、三、軽口を交わした。
『ユキによろしくな』
と言って雅臣は電話を切った。僕はなんだかものすごく疲れて、その日はベッドに入るとすぐに眠ってしまった。
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ほねがらみ
大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。
手元に集まって来る、知人のメール、民俗学者の手記、インタビューのテープ起こし。その数々の記録に登場する、呪われた村、手足のない体、白蛇の伝説。そして――。
一見、バラバラのように思われたそれらが、徐々に一つの線でつながっていき、気づけば恐怖の沼に引きずり込まれている!
「読んだら眠れなくなった」「最近読んだ中でも、指折りに最悪で最高」「いろんなジャンルのホラー小説が集まって、徐々にひとつの流れとなる様は圧巻」など、ネット連載中から評判を集めた、期待の才能・芦花公園のデビュー作。
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