モテないリケイ男子が、クラスの人気者の女子に、まさかの告白!?
キュンのあとに驚きの衝撃がやってくる、SFラブミステリー『はじめましてを、もう一度。』が、幻冬舎文庫から発売に。
文庫発売を記念して、ためしよみを実施中。
クラスの人気者の女子から告白されたのに、断ってしまった恭介は――。
* * *
その夜。俺は自室のベッドで時間を持て余していた。趣味のプログラミングに取り組む気にはなれず、さりとてすんなりと眠れるわけでもない。放課後のあの一件は、未だに尾を引いていた。
牧野からの突然の告白──ごっこ。
俺はあれを悪ふざけの一種だと即断した。その対応が間違っていたとは思わない。しかし、こうして時間が経つと、どうしても「ひょっとしたら」という気持ちが浮かんできてしまう。
つまり、あれがイタズラではなかった、という可能性だ。
牧野が、本気で俺と付き合いたいと望む。そんなことが果たしてありうるだろうか。
春休みに近所の歯科医院で知り合ってから今日まで、何度か牧野とは言葉を交わした。どの会話も短く、当たり障りのない内容だった。勉強の仕方がどうとか、成績がどうとか、そんな話だ。そこに、色恋の気配はなかった……と思う。
去年のうちから牧野が俺を気にしていた、というパターンも考えられる。自分の容姿が異性を惹きつけるものだとは思わないが、その辺のセンスは千差万別で、個々人の資質に拠るところが大きい。何が起きてもおかしくない。
牧野は人知れず、俺に片思いをしていた。しかし、晴れてクラスメイトになったものの、すぐには想いを伝えられず、また、恥ずかしさからろくに話し掛けることもできず、ひと月が経過した。そして、今日、とうとう一大決心をして、牧野は俺に告白することを決意した──。
「……いや、ないな」
そう呟き、俺は寝返りを打った。こんなの、推測じゃなくて妄想だ。全然現実味がない。
あれはやっぱりイタズラだと考えるのが妥当だろう。
悶々と余計なことを考えていると、本格的に眠れなくなりそうだった。とにかく布団に潜り込めば、そのうち朝がやってくるだろう。俺は部屋の明かりを消すために、いったんベッドを降りた。
壁のスイッチを押す前に、時計に目をやる。午後十一時半を過ぎていた。
異音を耳にしたのは、その時だった。
かちん、と、何かが窓にぶつかる音がした。
気のせいかと思ったが、十秒ほどして、また同じ音がした。
──まさか……?
俺は唾を飲み込み、カーテンを開けた。
ガラス窓に顔を近づける。家の前の道に、人影が見えた。スポットライトのようにアスファルトに落ちる街灯の光の中、こちらをじっと見上げているのは、緑色のパーカーを着た牧野だった。
……俺は、幻覚を見ているのだろうか?
窓を開けると、初夏の夜気がふわりと首筋にまとわりついてくる。俺は窓枠に手を掛け、顔を外に突き出した。
牧野は間違いなくそこにいた。真顔でこちらに向かって手招きをしている。出てきて、ということだろう。
「……今、そっちに行く」
俺は小声で答えて窓を閉めると、ジーンズに穿き替えて部屋を出た。
階下はしんとしている。両親はもう寝室に引っ込んでしまったようだ。俺は家の鍵を持ち、ドアの開閉音に気を配りながら慎重に外に出た。
牧野は電信柱にもたれて俺を待っていた。やはり、表情は明るいとは言い難い。末期癌であることを患者に告げようとしている、医療ドラマの女性医師のような顔つきだ。
「どうしたんだよ、こんな時間に」
「うん、だいたい分かると思うけど……今日の放課後の、あれの話の続き」
牧野はうつむきがちにそう言った。風呂上がりなのか、彼女の髪は少し湿っていた。いつもと違い、微妙にウエーブした髪は、彼女の印象を大人びたものにしていた。
「まあ、そうかなって気はしたけど」
「ついてきて。もう少し、話がしやすい場所に行こ」
牧野が俺に背を向けて歩き出す。まるで、今日の放課後の出来事の繰り返しだった。ただ、その背中は不思議とあの時よりも親しみやすいものに感じられた。緑地に白文字で〈LOVE&PEACE〉と書かれたパーカーが、よそよそしさを軽減しているのかもしれない。あるいは俺が慣れただけか? そんなことを考えながら、俺は黙って牧野の後ろを歩いていった。
「ここにしようか」
牧野が立ち止まったのは、俺の自宅から一〇〇メートルほどのところにある、鉄棒と滑り台くらいしか遊具が置いていない小さな公園の前だった。
そのほとんどが闇に包まれた公園に、人の気配はない。俺の返事を待たずに、牧野は外灯の下のベンチに向かった。
「座って話そうか。ちょっと長くなるかもしれないし」
三人掛けのベンチの真ん中に牧野が腰を下ろす。
「なんでもっと端に座らないんだよ。スペースがないじゃんか」
「近い方が話しやすいでしょ」
「離れてても聞こえるって。ほら、そっちに行ってくれ」
「えー、なんなのもう、細かいなあ」
文句を言いつつ、牧野が座ったままずりずりと右端に移動する。
俺は小さく息をついて、ベンチの左端に座った。
「……で、長い話っていうのは?」
腕を組み、隣にちらりと目を向ける。牧野は思案顔で指の背を唇に当てていた。
「どこから話をすればいいのか……っていうか、話すべきかどうか、まだ迷ってるんだ。本当のことを言うと」
「俺に関わりがあることか?」
「あるね。たぶん、ものすごくある」と牧野が小刻みに頷く。「とりあえず、告白のことから説明するよ。北原くんはイタズラだと思ったみたいだね」
「そりゃそうだろ。唐突すぎたし」
「唐突なのは自覚してた。でも、イタズラなんかじゃないの。でも、普通の愛の告白かって訊かれたら、それも違って……なんていうのかな、義務? やらなきゃいけないと思って、頑張ってやったの」
意味不明だ。何をどこからツッコめばいいのかさえ分からない。「悪い。何言ってるのか、ぜんっぜん伝わってこない」と俺は首を振った。
牧野は目を細めて、すっと視線を上げた。建ち並ぶマンションの輪郭の向こうに、星のない真っ暗な空があった。
「……昨日の夜ね、夢を見たんだ」
夢、という言葉に脳が勝手に反応する。牧野の葬式──遺影の中の笑顔。まざまざとその光景が蘇った。
動揺を気取られまいと、「どんな夢だよ」と俺はぶっきらぼうに尋ねた。
「放課後、校舎の四階で北原くんに告白する夢。『付き合ってください』って」
「……夢を見たから、それに従って行動したってことか?」
「そう。そうしなきゃと思って」
「それは……えっと、牧野の気持ちと合致してる行動なのか?」
「変に期待を持たせちゃ悪いから、はっきり言うね」牧野がこちらを向いた。その目は真剣だ。「北原くんのことは、クラスメイトの一人だと思ってる。片思いはしてない」
「なるほど」と俺は視線を逸らした。「はっきり言ってもらって助かるよ。ただ、牧野の行動は理解できないな。夢で見たからって告白するなんて……率直に言うけど、普通じゃないな、明らかに」
「……だよねえ」
ぽつりと牧野が呟く。ちらりと窺うと、彼女は苦笑していた。私も困ってるの、とその表情が語っていた。
「牧野って、なんていうか、オカルト関連の趣味があるのか?」と俺は尋ねた。
「趣味……というより、生活の一部、かな。病気みたいなものだから」そう言って、牧野は俺の方に一〇センチほど体を寄せた。「北原くんは、『くだん』って妖怪のことを知ってる?」
「くだん……?」
「そう。その妖怪は、人の顔と牛の体を持ってるんだって。普通に人の言葉を喋れてね、未来のことをズバズバ言い当てる能力があるらしいの」
「……あ、ああ、そうなんだ」
ドン引き状態に陥った俺には、それしか言えなかった。牧野は自分の空想を得意げに語る趣味の持ち主──いわゆる「電波系」だったのだ。
俺の内心を知ってか知らずか、牧野が話の続きを始める。
「今から八年前……私が八歳の時に、母方の祖母が亡くなってね。お祖母ちゃんの家は兵庫県にあって、お葬式のために私は家族とそこに行ったの。兵庫って聞くと、神戸のイメージが浮かぶけど、お祖母ちゃん家はすごい山の中にあるんだ。車もすれ違えない細い山道が延々と続いてて、その道の両側には、何メートルか分け入っただけで戻れなくなりそうなくらい、たくさん木が生えてるの」
「ふーん」と俺は適当に相槌を打った。今度は昔話か。
「お葬式が終わって、私は親戚の子たちと遊びに出掛けたの。他にすることもなかったからね。それで、たぶんかくれんぼをしたんじゃないかな。私は一人で森の中に入って、細い獣道を進んでいったの。どのくらいかな、十分くらいだった気もするし、もしかしたら一時間だったかもしれない。道に沿って斜面を上がっていったら、開けた場所に出たんだ。そうだね……半径一〇メートルくらいの、円形の草地になってたと思う。その草地の真ん中に、小さな祠(ほこら)があったの。祠っていうか、三角屋根のついた木箱って感じかな。高さは当時の私の背丈と同じくらい」
牧野が自分のつむじの上に手をかざす。
「それで、祠に近づいたのか」
「子供だったからね。怖いって気持ちより、好奇心が勝っちゃった」と牧野が頷く。「祠の扉は閉まってたけど、鍵はついてなかった。中に何があるんだろうと思って、取っ手をつまんで開けてみたの。……そこに祀られてたのは、猫くらいの大きさの石像だった。顔は人で、体は牛で、頭には角(つの)があって……」
「……くだん、ってやつか」
そう、と牧野が囁き声で言う。
「その時はくだんのことは知らなかったから、変なのがあるなって思っただけだった。そこでおとなしく扉を閉めればよかったんだけど、角だけ色が違ったんだよね。体は灰色の石で、角は黒飴(くろあめ)みたいな、つやつやした黒い材質だった。それがあまりにつるつるで、手触りがよさそうだったから、私、つい触っちゃったんだ」
「子供だったから」
「うん。子供だったから」牧野が小さく笑う。「そうしたら、あっさり角が取れちゃったんだ。ポロッて。そんなに力を入れたつもりはなかったのに」
「……それはビビるだろうな」
「そうだね。すごく驚いたし、すごく怖くなった。誰の持ち物か知らないけど、壊しちゃったわけだし。私は必死に角をくっつけようとした。でも、うまくいかなかった。根元から完全に折れちゃってたんだ。断面がはっきり見えた記憶があるから」
「硬い材質なんだよな? ちょっと触ったくらいで、そんな簡単に折れるか?」
「普通は折れないよね。だから、物理的にじゃなくて……それこそ、呪い的な力で壊れたんだと思う」
「呪い?」
「くだんの像に触れること自体、許されざることだったんだよ、きっと。それで、その、神様的な存在が私のやったことを見てて、『お前、触ったな』っていう合図のつもりで、角を折ったんじゃないかと思う……」
ああもう、と牧野がそこで頬をさする。
「……どうした?」
「馬鹿みたいな話をしてるなって思って、恥ずかしくなったの!」と牧野が横目で俺を睨む。
「北原くんがおとなしく『付き合うよ』って言ってくれたら、こんな説明せずに済んだのに」
「なんで怒られなきゃいけないんだよ。俺、別に理不尽なことしてないだろ」
「分かってるよ、分かってる。でも、できればこのことは秘密にしておきたかったんだよー。今まではうまくいってたのに、なんでーって気分なの!」
牧野は両手で頬を挟み、ひょっとこのように唇を尖らせた。子供っぽいその仕草に、少し気分が和んだ。電波なことを喋っていても、やはり牧野は牧野なんだ、と思った。
「話はそれで終わりか?」
「そうだったら、よかったんだけどね」牧野が頬から手を離した。「角を折ったことで、私は呪われちゃったんだ。くだんの呪いだよ」
「……呪いねえ。つまり、悪いことが起きるようになったと?」
「そう。その日から時々、夢を見るようになったの。必ず現実になる夢をね」
牧野は闇の中に佇(たたず)む鉄棒を見つめていた。怖いくらいに、まっすぐに。
俺は逃げるように地面に目を落とした。こんな夜中なのに、二匹だけ蟻(あり)がいる。隊列を組み、何かを探すように蛇行していた。
「とりあえず、話は繋がったな。牧野は俺に告白する夢を見た。それは呪いだから、必ず現実にしなきゃいけない……そういうことだな」
「理解が早いね、さすがに」
「理解というか、辻褄(つじつま)が合っただけだけどな」
牧野が自分で言った通り、呪い云々(うんぬん)なんてものは、荒唐無稽以外の何物でもない。しかし、夢を見るのは本人だけだ。客観的な証拠はない。それを本物だと思い込み、夢の通りに行動すれば、的中率一〇〇パーセントの予知は作り出せる。くだん様の一丁上がり、だ。そこに超科学的な要素は一切ない。
「……でも、分からないな。なんで俺にこの話をしたんだ? 告白の夢を見て、ちゃんとその通りに告白した。それで完結してるじゃないか」
素朴な質問をぶつけると、「予知と違ったの」と牧野が首を振った。髪が揺れると、俺のところまでシャンプーの匂いが届いた。熟した赤いリンゴのような、甘酸っぱい香りがした。
「私が見た夢では、北原くんは『付き合う』って言ってくれたんだよ。それなのに、現実の君は、これ以上ないってくらい冷静で冷酷で残忍だったじゃない」
「言いすぎだろ。常識的な対応だよ」と俺は反論した。血の通っていない人間のように扱われるのはさすがに不本意だ。
「……予知が外れると、困るの」
また牧野が、俺との距離を少し詰めた。最初は三〇センチは離れていたはずなのに、俺と牧野の体の間には、もう拳一つ分の隙間しかなかった。
俺はその近さを意識から追い払い、「外れたら何か問題が起きるのか?」と訊いた。
「そうだよ。……いい、よく聞いて。予知が外れると、『予知を外す原因を作った人』に不幸が襲い掛かるの」
「不幸って、どのくらいの不幸だよ」
「ずばり──」牧野が至近距離から俺の顔を指差した。「死んじゃう」
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