モテないリケイ男子が、クラスの人気者の女子に、まさかの告白!?
キュンのあとに驚きの衝撃がやってくる、SFラブミステリー『はじめましてを、もう一度。』が、幻冬舎文庫から発売に。
文庫発売を記念して、ためしよみを実施中。
「私と付き合わないと、ずばり死んじゃう」――!? それって一体どういうこと!?
* * *
「死ぬ? 俺が死ぬのか? どうやって?」
「それは分からないけど、心臓麻痺とか隕石(いんせき)が頭に当たるとか、他の人が関与しない亡くなり方になると思う」
牧野は迷う素振りも見せずに、真剣な口調でそう答えた。とっさの思い付きで喋っているのではなく、「そういうものだ」という確信があるように聞こえた。
「おかしくないか? なんで牧野の呪いが俺に降りかかるんだよ。予知が外れた責任を取るなら、そっちの方だろ」
「私に言われても困るよ!」
ひときわ大きな声と共に、牧野が俺の膝を掴む。指先に込められた力の強さに、俺はぎょっとした。
牧野はゆっくりと手を離し、ため息をついた。
「……申し訳ないって思うよ。だから、こうして正直に話してるんじゃない。……私はまだ北原くんのことをよく知らないけど、君が死んじゃうのは嫌だよ。親御さんはすごく悲しむだろうし、私は確実にトラウマを背負うことになるし……」
「いや、そもそも死なないと思うけど」
高校で理系を選択し、将来は理学部の情報科学科を目指している身としては、そう言うしかなかった。受け入れられるはずがない。
「……試してみる?」
牧野が目に力を込める。外灯を受けて光る彼女の瞳は、得体のしれない凄(すご)みを放っていた。
俺は視線を外し、頭を掻いた。この迫力はなんなのだ、いったい。
「……死なないためには、牧野の予知の通りにすればいいのか」
「そうだね。うん」と嬉しそうに牧野が言う。「難しくないよ。『付き合ってください』に対して『いいよ』って言うだけ。すごく簡単でしょ」
「それ、今ここでしなきゃダメなのか?」
「そう、今すぐ」牧野がスマートフォンをこちらに向けた。画面に表示された時刻は、〈23:55〉だった。「今日が今日であるうちに」
「なんだよそのルール」あまりに都合のいい設定に、俺は思わず笑ってしまう。「くだんの呪いは時間に厳格なのかよ」
「だから、私に言わないでよ。そういう風になっちゃってるんだから」
「だったらもっと早く教えてくれよ。なんでこんなギリギリに……」
「悩んでたの。私の秘密を北原くんに明かすかどうか。考えて考えて、この時間になってようやく決心がついたんだよ」
「俺の命が懸かってるんなら、もう少し早く決断してもらいたかったな」
呆れてみせつつも、俺はこれも牧野の作戦の一つではないかと考えていた。タイムリミットを提示し、じっくり考える暇を与えないように畳み掛ける。その手口は、詐欺師が客に高い商品を無理やり買わせる時の手口によく似ていた。牧野は何が何でも、俺に「付き合う」と言わせたいらしい。その意図は分からないが。
日付が変わるまで俺が沈黙を貫いたら牧野はどうするのだろう。優柔不断な俺に失望して家に帰るだろうか。それとも、ルールに例外があると言って、改めてYESを言うように迫るだろうか。あるいは、俺には予想もつかないような、もっととんでもないことを言い出すかもしれない。どれもありそうな気がしたが、いずれにしても、牧野の機嫌を損ねてしまうのは間違いなさそうだった。
俺は膝に手を置き、ベンチから腰を上げた。
「えっ、帰るの?」
「いや、座ってばっかりだと、頭がうまく働かないからさ」
俺がポケットに手を突っ込むと、彼女は見せつけるようにスマートフォンを前に突き出した。時刻は〈23:56〉になっていた。
「もう時間がないんですけど」
「……確認させてくれ。俺が了承すれば、それで済むのか?」
「ん?」と牧野が美しく弧を描いた眉をひそめる。「もっと、噛み砕いて言って」
「俺がOKを出したあとのことだよ。俺と牧野は、その、『付き合う』に該当する関係にならなきゃいけないのか?」
回りくどい訊き方になってしまった。しかし、「恋人」というフレーズを使うことにはなんとなく抵抗があった。その言葉には、「付き合う」よりも生々しく、強い響きがあるような気がする。
「それは分からないよ」
牧野の答えはシンプルだった。
「分からないって、なんで」
「だって、夢で見るのは次の日のことだけだから。寝てみないと明日のことは分からないんだよ」
「また、勝手なルールを追加して……」
「だから、私が考えたんじゃなくて……」
「分かってる、くだん様の仰せのままに、だろ」
俺は大きく息を吐き出し、肺に溜まっていた空気を新鮮なものに交換した。それで、多少は気分がすっきりした。
予知夢がどうとか、予知に反した行動を取ると死ぬとかいうのは、すべて牧野の空想であり、作り話だ。牧野はそれに付き合ってくれと言っている。正直なところ、どうして俺がそんなことに協力しなきゃいけないんだよ、と思う。
「北原くん。残り三分を切ったよ」
牧野が焦った様子でスマートフォンの画面を指先で叩く。
俺は首を振り、彼女の方に体を向けた。
「……分かったよ。予知の通りに行動するよ」
くだらないごっこ遊びはやめてくれ、と拒絶することはできた。それでも俺は、違う道を選んだ。理由はシンプルだ。悲しむ顔より笑う顔を見ていたい。そう思ってしまったからだ。
それは間違いなく、彼女の偏差値九十超えの笑顔の功績だった。
「ホントにOKなの? よかった。じゃあ、そっちに立ってくれる?」
牧野が、いそいそと指示を出して立ち上がる。言われた通りに動くと、俺と彼女は、ベンチの前で向き合う格好になった。
白い歯を見せながら、牧野が言う。
「じゃあ、もう一度言います。北原くんのことが大好きです。私と付き合ってください」
「……ん?」俺は首をひねった。「昼間とセリフが違わないか?」
「アドリブだよ、アドリブ。雰囲気出さなきゃ、くだんが納得してくれないよ」と牧野が周りを窺いながら小声で言う。「それより北原くん、お返事は? 早くしないと日付が変わっちゃう」
「ええと……じゃあ」
「あ、『俺も好きだよ』とか言ってもいいよ」
「時間がないんだろ。余計な口出しはしないでくれ」
睨みつけると、牧野は「ごめーん」と笑いながら手を合わせる。どう見ても俺の命が懸かっているとは思えない軽さだ。
「じゃあ、もう何も言わないよ。張り切ってどうぞ!」
「……。えっと……」
所詮は芝居にすぎないのだと分かっていた。それでも、俺は鼓動がどんどん速くなるのを止めることができなかった。
夜の公園は静かすぎた。通行人も車も飛行機も野良猫も、俺たちに遠慮して近づかないようにしているんじゃないかと思うほどだった。
この心音が聞こえやしないかとはらはらしながら、「……まあ、別にいいけど」と俺は言った。
「え? なんて?」
牧野がにやにやしながら耳に手を当てる。
「聞こえただろ」
「声が小さくてよく聞き取れなくて。もっともーっと大きな声でお願いしまーす」
完全に遊んでやがる。俺は舌打ちをかろうじてこらえて、拳(こぶし)を握り締めながら叫んだ。
「喜んで付き合わさせていただきます!! ……これで満足したか?」
「最後のが余計だけど、まあまあ上出来だね。じゃ、目を閉じて。もう一つ予知があるから」
「え、なんだよそれ。そんなの言ってなかっただろ」
「いいから早く! 時間がないんだってば!」
「……分かったよ」と俺はしぶしぶ目をつむった。
地面を踏む音が微(かす)かに聞こえた、と思った次の瞬間、唇に柔らかいものが押し付けられた。
慌ててまぶたを持ち上げる。睫毛(まつげ)と睫毛が触れる距離に、牧野の顔があった。その近さの現実感のなさに、俺は軽いめまいを覚えた。
二秒ほど唇を押し当ててから、牧野はそっと体を離した。
「な、なにするんだよ!」
「だから予知だってば。事故みたいなものだからお互いノーカンってことで」
牧野は平然と言って、左手に持ったスマートフォンをこちらに向けた。俺の目の前で、時刻が〈23:
59〉から〈00:00〉に変わった。
「間に合った……ってことでいいんだよな」
「たぶんね。さーて、それじゃあ帰りますか。親にバレたら大変だし」
そう言って、牧野は大きく伸びをした。
俺は袖で口元を拭いて、「警官に気をつけろよ。時間が時間だし、見つかったら補導されるぞ」とアドバイスした。俺の声は震えていなかったが、心臓は爆発しそうなくらいに激しく動いていた。
「そういう予知は見てないから大丈夫だと思うけど、分かった、注意する」
「あと不審者にも」
「えー、なにー? 彼氏みたいなこと言うじゃん」
「……常識的な忠告だろ」と俺は言い返した。
「常識的な男子なら、『送っていこうか』って言うかも」
「それは下心があるやつが言うことだな」
「え、ないの? 下心」
「皆無だよ。言っておくけど、今夜のことは他のやつには内緒にしておいてくれよ。学校では今まで通りで頼む」
「なにそれ、ツンデレ?」
「断じて違う。無駄に波風を立てたくないだけだ」
「分かってるよ。北原くんに迷惑は掛けないつもり。予知がなければ、だけど」
「くだん様によく言い聞かせておいてくれ」と釘を刺してから、「じゃあな」と俺は牧野に背中を向けた。
「はーい、おやすみなさいー。明日以降の予知をお楽しみにっ」
不穏なことをさらりと付け足して、牧野は走り去った。
しばらくしてから、俺は足を止めて振り返った。
牧野も同じように、こちらを見ていた。
にこっ、と彼女が薄闇の中で笑った瞬間、体が熱くなった。俺は「ふん」と呟き、踵(きびす)を返して歩き出した。
角を曲がってから、唇をなぞってみる。キスの感触は生々しく残っている。今でもまだ触れ合っているような感覚さえある。体のその部分だけ時間が止まってしまったかのようだった。
鼓動は、まだ収まる気配はなかった。
ほてった頬に、五月の夜の風が心地よかった。
* * *
ぜひ続きは、本書でお楽しみください。喜多喜久さん著『はじめましてを、もう一度。』
はじめましてを、もう一度。
「付き合ってください」。高校二年のリケイ男子・北原恭介は、クラスの人気者・佑那から突然、告白された。断ったら、夢のお告げで、俺は「ずばり、死んじゃう」らしい。思いがけず始まった、謎だらけの関係! しかし自然と想いは深まっていく。だが、夢の話には裏が――。彼女が言えずに抱えていた、重大な秘密とは? 泣けるラブ・ミステリー。